番外編7 出現! 巨大カピバラ!
「なんだ……?」
だんだんと大きくなる地響き。
そして。
ドゴォォォ!!
岩壁を突き破って、巨大なモンスターが登場した。
毛むくじゃらの体躯に、間抜け面。
というか、それはどう見ても、カピバラだった。
二足歩行の……カピバラ!
> なんだこいつ!?
> カピバラ……?
> やたらデカいな
「モンスター!?」アンリが立ち上がる。
もちろん、裸にバスタオル一枚の姿だ。タオルがずれないように胸元で押さえながら、念のために温泉のそばの岩に立てかけておいた槍を拾い上げて、巨大カピバラへと向き直る。
白銀の少女は、すでに騎士の顔だった。
槍をしっかりと両手で握り、真剣な表情で構えを取る。
それは見惚れるほど美しい姿だった。
「アンリ……」
俺は……どう対処したらいい?
いつもの秘密兵器は鞄の中で、ここからは遠い。
何か使えそうなものは……。
迷っている間に、アンリが槍を手にカピバラへと突撃した。
「いきます……!」
裸足のまま、不安定な岩の上を見事に駆けていく。
対する巨大な魔物が吠える。
「カピバラァァ――!」
いや、おまえ……カピバラって鳴くのか。
ピ◯チュウか? ポ◯モンなのか?
直後、カピバラは無数の泡を吐き出した。
地面を伝い、アンリの足元へと広がっていく。
これは石鹸?
石鹸攻撃!?
「ひゃあッ!」
アンリが足を滑らせて転倒する。
拍子に剥がれるバスタオル。なめらかな肌、細く美しい肢体が見えてはいけないところまで露わになる。
瞬間、発動する湯けむりモザイク。
そのままアンリは床を滑り続け――。
「はぅ――!」
岩壁に激突した。
> アンリ様が……
> 放送事故すぎる!
アンリはよろけながら、何度も足を滑らせながら、なんとかバスタオルを拾って立ち上がる。
「ううっ……こんな……あられもない姿を、師匠に……」
瞳に涙を浮かべながら、アンリは巨大カピバラを睨みつけた。
両者睨み合い。
その均衡を打ち砕くように、後衛である黒乃と理子が魔法で援護をする。
「アンリをよくも……ダークショット!」
「アンリ様が傷付いたらリスナーが黙っていない……ファイアボール!」
二人の少女の手のひらから、暗黒弾と火の玉が発射される。二人の身にまとったバスタオルをはためかせながら。
「カピバラァ!」
だからその鳴き声はなんだ!
直後、飛来した火球と暗黒弾を、カピバラは片腕を振るって弾いた。
…………。
え、待って。こいつ強くね?
カピバラの足元。恥辱で真っ赤になりながらも、巨大な敵に正面から向かい合うアンリ。
悪意の表情を浮かべるカピバラ。奴が取り出したのは、橙色の果実だった。
……柚子?
「カピィ! バラァ!」
独特な鳴き声ともにカピバラは巨大な柚子を押し潰し、その果汁をアンリへと噴射した。
まるで高圧ポンプのような勢い。
それを浴びたアンリは……。
「……っ。ああああっ! 目が……!」
顔を押さえながら、悶絶する。
「目潰しかよ!」
俺は思わずツッコミを入れる。
ふざけた奴だが、このままではアンリがあまりにも可哀想すぎる。
こうなったら、多少強引でも、手近なものでやるしかない。
パンダ頭にバスタオル一枚を巻いただけの俺は、ざぶんと温泉から立ち上がった。
◆
さて。電磁グレネード(ガチャガチャのカプセル)も、スタンバトン(鉄パイプ)も……それに冷却水発射装置(水鉄砲)も手元にはない。
俺は頭の中で、即興で言い訳を考えた。
温泉から出て、黒乃と理子の前に立った俺は、巨大カピバラを指差して言い放つ。
「おい。カピバラ!」
「カピィ?」
「お前……さては強いな?」
俺は騙されない。
さっきから殺傷力のないふざけた攻撃ばかりしてくるが、こういうやつが一番厄介なんだ。
「よって俺は油断しない。全力でやらせてもらう……!」
宣戦布告。それに応えるように、カピバラはアンリから俺へと向き直る。
「カピバラァ!」
やってやらぁ! みたいな鳴き声とともに、巨大カピバラが突っ込んできた。
「……さっきの意趣返しだ」
温泉の脇にある岩の上。そこに並べられていたボトルのうちの一本を手に取った。
半透明の、高級感のある、おしゃれな外装のボトルだった。
「あ……私のヘアオイル……」黒乃がぼそりとつぶやく。
蓋が開いたボトルを、俺は思い切り押し潰して、カピバラの足元目掛けてオイルを噴出させる。
「カピ?」
ぬるぬるになった地面。これで準備完了だ。
「転べ! ハーラ・ゾネア」
小声で呪文を唱えると、転倒魔法が発動。完璧なタイミング。まるでオイルで足を滑らせたように、巨大カピバラはすっ転んだ。
「カピィィ!?」
ふと手元のボトルを見ると、値札が貼ったままだった。
『ナチュラル・オーガニック・ヘアオイル ¥40,000』
…………。
まあ、ミミズク嬢のスパチャ一回分よりは安いな。
高級オイルを一瞬で使い切られた黒乃は、泣きそうな顔でこちらを見ている。
……後で埋め合わせしておこう。
「どうだ、これが『すべすべオイルトラップ』だ!」
> そうはならんやろ
> 自分の撒いた泡で自滅したのか?
巨大カピバラは起き上がるのに苦労しているようで、仰向けのままジタバタともがいている。
泡とオイルにまみれた地面だ。どうやら手足の肉球にはヌルヌル耐性があるようだが、そのモフモフの毛皮は泡を吸収してよく滑るらしい。
奴が暴れたことでシャボン玉が辺り一面に舞い踊る。美しい光景だ。
「カピバラァ……!」
起き上がることを諦めたカピバラが、恨めしげに俺のことを睨みながら、どこからともなく巨大な柚子を取り出した。
「カピバラッ!!」
高圧柚子果汁ショット(仮名)か。たしかに驚異的な技だ。
――だが、俺には効かない。
「耐衝撃タクティカル・ブロック!」
押し潰された巨大柚子。すさまじい威力の柚子果汁を、俺はアンリの持ってきた木製の桶で防ぐ。
まあ、例によって結界魔法を張っているだけなのだが。
> 木の桶で果汁を防いだ!?
> すごいのか、すごくないのか、よくわからないな……
「カピ!?」
「さあ、覚悟しろ」
お湯でしっかり湿らせたバスタオルを手に、俺は悠然とカピバラへと近づく。
そして――。
「お仕置きの時間だ」
バシーン! バシーン! と濡れバスタオルを鞭のように巨大カピバラの腹へと叩きつける。
「カピッ! カッピッ!! バララ!!」
痛みでのたうち回る巨大カピバラ。
「おら! どうだ! きついだろっ!」
ビシーン! バシーン!
やばい。なんか、いけない快感が……。
「……パンダくん、なんだか楽しそう」
「あ、あんな悪い顔した師匠、初めて見ました」
「これはまずい。動物愛護団体に怒られる」
少女たち三人が口々にそんなことを言う。
> パンダの動物虐待シーン
> ……キュートアグレッション?
「サ、サディスティックな師匠も素敵……です」
うーむ。たしかにTesting_Roomのパンダのイメージを悪くするようなことは慎むべきか。
ならば、次はこれだ。
「秘孔突きスティック!」
小顔ローラーだ。
> 小顔ローラーじゃん
「覚悟しろ、魔物め」
「カ、カピバラ……」
俺はローラー部分をカピバラのお腹へと押し付ける。
「スイッチ・オン!」
俺は小さく呪文を唱えた。
追随する雷撃、ル・ヴェルデ(極小)。
「カ、カピ、カピバラァィィン……ッ!」
「経絡秘孔に微弱電流を与えて動きを鈍らせる科学兵器だ(適当)」
つきまとうような微弱な雷撃の刺激に悶えるカピバラと、その元凶である俺を、黒乃とアンリがなんともいえない表情で眺める。
「なんか……ちょっとえっちかも?」
「師匠……」
そんなアンリたちを眺めながら、理子もまた微妙な顔でつぶやく。
「……我らが白銀の騎士アンリが、物欲しそうな顔をしている」
「し、してません!」
> お、俺、変な気分になってきたかも……
> ケモナーになりそう
> パンダ様……わたしにもください
コメント欄がまた変な雰囲気になってきた。
流れを変えるために、俺は雷撃の威力を高める。
「出力最大!」
「カ、カピバァァ、アッ――!!」
絶叫するカピバラ。
> あ、絶頂した
ちげーよ!
温泉での望まぬお色気シーン(?)を切り上げるため、俺は次の手を考えることにした。




