番外編5 魔法のちから
高原ダンジョンの奥へと進んでいくと、前方の壁沿いに泥溜まりが見えてきた。
迂闊に足を踏み入れるのは危険だろう。靴や脚が汚れるだけならまだしも、底なし沼の可能性もある。
なにせ、ここはダンジョンの中。いっさいの油断ができない。
「……ここは迂回して進むか」
俺の言葉に、黒乃とアンリと理子が同意を示す。
そうして四人は泥沼を避けて反対側の壁沿いに通り抜けようとした。そのとき。
「キー!」
ざぶん! と、泥沼の中から何かが飛び出してきた。
泥まみれの猿に似た動物――いや、魔物だ。
> マッドエイプだ。泥の中に潜んで近くを通りかかった生物に襲いかかるモンスターだ
ばしゃん、ばしゃんと泥まみれの猿が、次々と姿を現す。その数は五匹。
そしてマッドエイプの群れは、泥の塊を次々と投げつけてきた。
「先輩!」
とっさにアンリが身を挺して黒乃をかばう。
普段より軽装な少女騎士の体に、すさまじい勢いの泥の塊が叩きつけられる。
「ご、ごめん、アンリ……大丈夫?」
「はい……し、しかし、なんとか反撃の隙を見つけないと……」
俺のほうは、理子に向かって飛んでくる泥を鉄パイプで叩き落とす。
泥だけに殺傷力は低いが、かなり重い攻撃だ。それを受け続けているアンリの体力は、じわじわと削られてしまうだろう。
「先輩……その岩の陰に隠れてください」
「う、うん。……アンリは」
「わたくしは、打って出ます!」
黒乃を安全地帯に隠したアンリは、盾を構えて泥猿たちへ突撃していく。
泥にまみれることも辞さない勇猛果敢な姿に一瞬だけ見惚れてしまうが、それどころではない。
「待て、アンリ! 何か嫌な予感が――」
呼び止めるが、一瞬だけ遅かった。
泥沼へと近づいたアンリの足元から、すさまじい蒸気と熱湯が噴き出す。
「きゃあっ! あ、熱い……っ!」
間欠泉だ。
吹き飛ばされたアンリは、そのままドシャッと地面に激突。蒸気で濡れた体が土まみれになる。
「キー! キキキッ!」
泥猿たちが、手をパンパンと叩きながら、嘲笑するような鳴き声を発する。
こいつら……。そこにトラップがあることをわかって誘い込んだんだな。
> アンリ様が泥まみれに……
> マッドエイプたち、明らかにバカにしてる
> 頭にくるな、この声
同感だ。大切な友人であるアンリをこんな目に遭わせて、許しておけるはずがない。
さて、どう蹴散らそうか。近寄ると泥沼に足を取られそうだから、ここは――。
「……電磁グレネードを使うか?」
俺がガチャガチャのカプセルを取り出そうとしたところで、理子が言う。
「ここは、わたしに任せてほしい」
理子が大きなリュックサックの中から、一本のステッキを取り出す。
先端は美しい宝石で装飾されている。ダンジョンで見つかることがあるという、マジックアイテムの一種だろうか。
「燃えろぉ」
ステッキの先端が光り、真紅の炎が集う。
「……ファイアボール!」
高圧縮された炎の玉が、笑い転げている泥猿たちへと飛翔――。
地面に着弾した瞬間、激しい爆発が巻き起こった。
「キー!?」
巻き込まれた泥猿たちが燃えながら吹き飛ぶ。
> ミミズク女史、魔法も使えるの!?
> 彼女も探索者だったんだ
> すごい爆炎
> 今のはエクスプロージョンではない、ファイアボールだ!
「ぶいっ」
我らがミミズクこと理子が、無表情のままカメラに向かってピースサインを送った。
聞いた話によると、この世界ではダンジョンを攻略していると、魔法を「思いつく」ことがあるらしい。
自然とその使用方法が頭に浮かんでくるとか。
それらの魔法の多くは、アルトヘイムのものと違って呪文の詠唱は必要ない。念じてイメージし、魔力を集中させて放てばいいらしい。
「すごいね、ミミズクちゃん……。じゃあ、私も……!」
今度は黒乃が動いた。
爆炎を耐え抜いて生き残った泥猿へと、黒乃は手のひらを向ける。
「この前、覚えた魔法、さっそく試してみるね。……ダークショット!」
光を吸収する、暗黒の塊。それが同時に二つ、少女の手から放たれた。
それは逃げ回る二匹の泥猿を追尾して、命中。
すると、二匹とも目を回して倒れてしまった。
どうやら、相手の生命力を奪う魔法らしい。
――魔王の転生者らしく、なかなか恐ろしい魔法を習得したな。
「やるな。理子、黒乃」
泥猿は五匹とも倒せたようだ。撃墜数は、理子が三匹、黒乃が二匹。
俺の出る幕はなかったな。
「えへへ。私も、いつまでも足手まといは嫌だからね」
いっしょに戦えたことがうれしいのか、黒乃の声が弾んでいる。
「それから、アンリも……黒乃を守ってくれてありがとう」
災難だった、というほどに被害を受けたアンリが苦笑する。
「……泥だらけになってしまいました。早く温泉に入りたいです」
「そうだな。先に進んで、温泉でゆっくりしようか」
◆
マッドエイプの群れを倒した俺たちは、さらに高原ダンジョンの奥へと進む。
「パンダの三歩先、右側から熱源反応。間欠泉が来る」
道中、理子がコンピュータでダンジョンの地形を分析し、トラップの箇所を言い当てていく。
なかなかに優秀なシーフ担当だ。見た目は魔法使いだが。
そうやってトラップを回避しながら進んでいくうちに、前方に大きな水場が見えてきた。
水――違う。湯気が立っているから、お湯だ。
そう、ここは――。
「温泉だぁ!」
黒乃が、ぴょこんと飛び跳ねた。
広い空間の中に立ち込める、かぐわしく温かな湯煙。
そう、俺たちはついに『ダンジョンの秘湯』へとたどり着いたのだ。
> 待ってた
> 温泉だぁぁぁ!
> 助手ちゃんたちと入れるパンダがうらやましい
「本当にあった……」アンリが感動に震えながらつぶやく。
俺はだいぶ蒸れて暑くなったパンダの着ぐるみのまま、汗をぬぐうポーズをする。
「思ったよりも広いな……。本格的な温泉だ」
コメント欄も、黒乃たちも、次々と感想を語り合う。
苦労したぶん、うれしさもひとしおだ。
そして、秘湯を映すカメラの画角に入り込んだ理子が、ぼそりとつぶやく。
「おまたせ。それじゃあ、サービスシーン……開始」




