番外編3 ドキドキ!? お弁当タイム
黒乃のおへそ騒動もなんとか落ち着き、俺たちは山奥を目指して獣道を進んだ。
もちろん配信をしながら。たしかに撮れ高はあった。アンリが蛇に襲われそうになったり、黒乃が足を滑らせそうになって俺のパンダ着ぐるみに抱きついたり……。
> パンダ、そこ代われ
> 美少女に囲まれるパンダ
> 羨ましい
> よく着ぐるみで登山できるな……
そんな小さなアクシデントがありながらも、山頂に俺たちはたどり着いた。
山頂部は、すり鉢状にくぼんだ地形になっている。その中央に、地下へと下っていく形の洞窟が、ぽっかりと口を開けていた。
「ようやくたどり着いたな」
俺は額の汗をぬぐう仕草をする。パンダ着ぐるみは暑い上に、汗も拭くことができなくて、なかなかにつらい。
「師匠、そろそろ休憩にいたしますか?」
アンリの言葉に、俺はうなずく。
「そうだな。腹も減ったし」
「はい。お昼にいたしましょう」
黒乃も「賛成」と、少し疲れた表情で言った。
「じゃあ、いったん配信はここまでにするか。少し休んだら後半も配信するから、ぜひ見てほしい――」
「待った」
割り込んできたのは理子だった。
「各員の個性的なお弁当が見られるシーン。ここも撮れ高」
なるほど。俺の昼食はコンビニおにぎりというつまらないものだが、女性陣の持ってくる弁当は、たしかに動画として絵になるかもしれない。
だけど。
「いや、休憩中くらいは配信を切ってゆっくりしよう。プライベートの時間も大切だ」
なぜか、全力でうなずく黒乃とアンリ。
理子は少し残念そうに頬を尖らせる。
「……わたしの推しである、あなたがそう言うなら」
◆
俺たちはレジャーシートを敷き、そこに集まって腰掛けた。
休憩だ。俺はやっとパンダ頭を外すことができた。吹き抜ける風が心地いい。
ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、ふと黒乃とアンリのほうを見ると、なんだか二人はやけにもじもじとしていた。
「ねぇ、真央くん――」
「あの、師匠――」
かと思えば、二人同時に声をかけてくる。
「えっと……なに?」
ちょうど、コンビニで買った塩むすびをバッグから取り出したところだった。
黒乃とアンリは遠慮がちに互いに顔を見合わせる。
「あ、アンリ……先にどうぞ……」
「あ、はい……」
どうやら、アンリから要件を伝えることになったらしい。
銀髪の少女が少しだけ距離を詰めてくる。
「……その、わたくし、師匠のためにお弁当を作ってきました」
――。
マジか。
「え!?」驚いたのは黒乃だった。「えっと……真央くん……実は、私も……」
……マジか。
すると、理子が眠そうな目を俺たちに向ける。
「おおー。これはもったいない撮れ高のシチュエーション」
などと理子は言っているが、配信しなくてよかったと心から思う。
そうでなければ、俺はリスナーに刺されていたかもしれない。
「ど、どうしよう」黒乃の目が久しぶりにぐるぐると回る。「真央くん、さすがに二人分は食べられないよね……?」
泣きそうな黒乃の顔を見て、アンリも申し訳なさそうに視線を落とす。
「わたくしは……大したものは作っていないので……どうか、先輩の作ったお弁当を食べてください」
「いや……なんか悪いし、両方食べさせてもらうよ」
その切なげな美少女二人の顔を見て、食べないという選択ができる男がいるだろうか。……否。
◆
というわけで、俺はまず黒乃の持ってきた弁当を食べることになった。
それにしても、実はずっと気になっていたが、黒乃の綺麗な指には絆創膏が貼られていた。もしかしたら、慣れない料理に挑戦したために負った傷だったりするのだろうか。
「じゃあ、真央くんのお口に合うといいけど……」
黒乃が弁当箱を取り出した。高級感のある、質の高そうな弁当箱だ。
そのときは、少しだけ期待感を感じたのだが。
「……これは?」
弁当箱の中から出てきたのは。
どろりとした漆黒の沼に沈んだ、謎の物質だった。弾力に富み、色は黒紫。それはどこか、深淵を思わすデザインだった。
……ダークマター?
「……これは、なに?」
「えっと……『自家製デミグラスのふわとろスフレ・オムライス』……です♪」
「おい。……最後の『♪』が、だいぶ投げやりなんだが」
じゃあ、この黒い沼がデミグラスで、中央の謎の物質が卵か。
……卵って焼きすぎるとこんな色になんの?
なんとも言えぬエグみの中に、ほのかなアルコール臭と、スパイシーな香りも混ざっている。
そこから原材料を想像するが、何を使ったのか理解できない。
そして卵(仮)に血のような赤で描かれた謎の魔法陣はなんだ? デミグラスの黒と混ざり合って呪術みたいなことになってるけど。
「ケ、ケチャップで模様を描こうと思ったんだけど、うまくいかなくて……」
言われてみれば、この『呪いの魔法陣』はハートマークに見えなくも……ない?
そんな中、我らがミミズクこと理子は「そちら、ドローン・デリバリー? そう。ご馳走ハンバーガーを一つ。ポテト付きで……」などとスマホを耳に当てて注文していた。
ここ、山頂だけど届くのか?
まあ、それはともかく。
「……一つ聞くけど」
「な、なに? 真央くん?」
「ちゃんと味見はしたんだよな?」
「へ!? 自分で作った料理なのに、味見ってするの?」
「……そりゃあ、ちゃんと味が合ってるかわからないだろ」
というか食べられるものになっているかもわからない。
すると、黒乃はしゅんとうなだれる。
「そうだよね……私のこんな見た目のお弁当なんか、食べたくないよね……ごめんね、真央くん」
「い、いやいや! 食べるよ。食べる……。ほら、味はおいしいかもしれないし」
俺はその深淵のオムライス(仮)にスプーンを通してみる。
表面は弾力があって硬い。無理やりスプーンを入れると、異様に柔らかい中身がどろりとこぼれる。
ジュワ……と、なぜか蒸発するような手応えを感じた。
「い、いただきます……」
意を決して、食欲を減衰させる色合いをしたそのオムライス(仮)を口の中へと入れた。
舌の上で「ジュッ」という謎の音が鳴る。
直後、味覚よりも先に、前世で鍛え抜かれた『状態異常耐性』のスキルが全力で自動発動するのがわかった。
頭の中で鳴り響く警告音。
「……っ!」
これは――魔王の瘴気。
焦げた赤ワインの強烈な苦味の奥から、なぜか舌を刺すような香辛料の痛みが襲いかかる。
だが。
黒乃が不安そうに上目遣いでこちらを見ている手前、吐き出すわけにはいかない。
俺は勇者の気の力を総動員して、その物質を喉の奥へと流し込んだ。
「ん、んぐ……。まあ、(俺なら)食べられないことはない、な」
「そ、そっか! よかった……」
それを、いつもの眠そうな目で見ながら、理子が満足げにうなずく。
「推しの悶絶する表情……いいデータが取れた」
ノートパソコンに高速でタイピングしながら、そんなことを言っていた。
さて。この深淵のダークマターは置いといて、二段弁当のもう片方はどうだろう。
…………。
こちらは完全なる黒い塊だった。
パサパサと乾燥した……炭?
「こっちのすm……えっと、真っ黒なやつは?」
「あ、それは食後のデザートのフォンダンショコラだよ」
いや、だから、なんでそんな難しそうなものに挑戦する?
でも、さっきの深淵の料理よりは食べられそうな気がする。
「……こっちは、変なアレンジは加えてないよな?」
「へ? う、うん。レシピ通りに作ったけど……」
なら、食べても大丈夫なものではありそう――なのか?
とりあえず、変なにおいはしない。
「……じゃあ、こっちもいただきます――」
カァン……。
フォークが――弾かれた?
「…………おぉ」
硬い。フォークが刺せない。
――――。
ギガ・アステリアなら、いけるか?




