番外編2 温泉配信、開始
というわけで、俺たちは山道を歩いていた。
目指すのは『高原ダンジョン』と呼ばれる迷宮。山の上にある洞窟タイプのダンジョンで、理子の調べあげた情報によると、その最奥には天然の温泉が湧いているらしい。
なんでも疲労回復に美肌効果まであるとか。
「楽しみだね、真央くん」
黒乃が上機嫌に言う。
以前の清流ダンジョンとは違い、険しい山道を歩く本格的な登山になる。だからだろう。彼女の服装はいつもよりもスポーティなものだった。
黒を基調としたマウンテンパーカーを、あえて前を開けて羽織っていて、中に着ているクロップド丈のタンクトップからは、おへそがチラリと見える。
それに対して首につけたチョーカーや、リュックにぶらさげているアクセサリーには、いつものゴシックな雰囲気を残されていた。
「なんだかミミズク……理子のペースに振り回されている感じもするけどな」
「でも、私もみんなでどこかに遊びに行きたかったし……ほら、新宿の祝勝会みたいなこともやりたかったから。ちょうどよかったよ」
「まあ……理子の話だと配信もするらしいから、いつもと変わらないけどな」
温泉か。
がんばったアンリの慰安にもなればいいな。
様子を見るに、まだ怪我も治りきっていないみたいだし。隠しているようだが、俺にはどうしてもわかってしまう。
そして、当のアンリだが、なんだかずっと緊張していた。
「アンリは、なんだか落ち着かないな」
「はい。その……師匠に肌を見せることになるなんて……とても恥ずかしいです」
「う……まあ、そうだよな……」
そう言われると、なんだか俺も緊張してくる。
「師匠。お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません」
「いや、アンリは綺麗だから、そんなことは……」
そう言って、ちらりと今日のアンリの服装を見る。
着ているTシャツは、華奢でスタイルのいいボディラインが出るタイトなもの。その上から胸元を革製のプロテクターで覆っていて、いつでも前衛として戦闘ができるように準備されている。
下はショートパンツにスポーツタイツ。古風な少女騎士が今風の登山服を着こなしている姿は、なんだか新鮮だった。
「……真央くんとアンリ、また二人の世界に入ってる」
黒乃がジトっとした目をこちらに向ける。
するとアンリが、自らの体を隠すように両手で抱きながら、震える声で言った。
「……それに、わたくしたちが温泉に入っている姿を動画として配信するのですよ? とても落ち着いていられません……」
たしかに。入浴シーンが全世界に配信されるというのは――。
「そうだった……真央くんはともかく、配信はやっぱり恥ずかしいよね……」
始まる前から頬を赤くして緊張している黒乃とアンリ。それを見た理子が無表情のまま言う。
「すばらしい」
「え、何が?」黒乃が首をかしげる。
「その羞恥が、リスナーをよろこばせる」
「いや、けっこう鬼畜だなお前」
すかさず理子にツッコミを入れてから、いちおう俺は二人のフォローもしておく。
「そんなに嫌なら、無理に配信しなくてもいいぞ。ただ普通に温泉旅行として楽しむのも……」
すると、理子が唇を尖らせる。
「む……それはもったいない」
「いいんだよ。配信の撮れ高だけがすべてじゃない」
不服そうな理子を見て、黒乃とアンリが言う。
「大丈夫だよ……せっかく理子ちゃんが企画を持ってきてくれたんだし、これからリスナーを増やしていくためにも、ね?」
「そうでございます。……師匠と先輩のため、わたくしも覚悟を決めます」
「……アンリはそこまで気を張らなくてもいいからな」
そういう俺も、まあ、いつもとちょっと違う配信をこのメンバーでできるのが、少しだけ楽しみだった。
◆
山道がだんだんと獣道に変わっていったところで、理子が口を開く。
「ここからは険しい山道……どんなアクシデントが起きるかわからない」
そんな彼女の格好は、紫色をしたミニ丈の魔女ローブ。さすがに下はタクティカルタイツと登山ブーツだが、一人だけコスプレみたいで浮いていた。
そんな見た目に反して意外とまともなことを言っている理子に、俺が応じる。
「そうだな。油断せずに行こう」
すると、理子は不敵な笑みを浮かべた。
「そう……油断はできない。だから……」
そう言って、理子はいきなり配信用の機材をセットし始めた。
「今から配信を始めるべき」
「はぁ?」
「アクシデントやトラブルは、そのまま撮れ高につながる」
「……マジか」
俺たちの返事を聞くことなく、理子もとい我らがスポンサーとも言える重課金リスナーのミミズク様は、薄型ノートパソコン(林檎マークのプロ仕様高級品)を開いて、何やら設定画面をいじり始めた。
「何やってるんだ?」
いちおうパンダの着ぐるみの準備をしながら、俺は理子に尋ねる。
「カメラドローンの設定を編集してる」
「そういうの、詳しいのか?」
「自作のプラグインがあるから、それを適用する」
「自作って……さ、さすがミミズク氏……」
「ふふんっ」
ドヤ顔する理子。この子は本当に何者なんだ?
その作業の様子を眺めていたアンリが首をかしげる。
「配信を始めるのですか?」
「……どうやらそうらしいな」
すると、黒乃が。
「どうしよう。真央くん、私、どっかへんじゃない?」
手鏡を持ち出して、前髪とかいろいろチェックを始める。
新宿での配信で顔バレしてから、開き直って黒乃も配信に出演するようになったら、心なしかリスナーの反応の棘がなくなってきた気がする。同接数やチャンネル登録者数にも貢献しているだろう。今ではTesting_Roomのパンダだけでなく、助手である黒乃のファンも多い。
「準備ができた」
理子が平坦な声で言った。
「いつでも配信を始められる」
「……そうか。黒乃とアンリは大丈夫か?」
ちなみに俺は、すでにパンダの着ぐるみ姿だ。この早着替えにも慣れたものだ。
「ちょっと待って……。うん、大丈夫」
「わたくしは最初から防具を装備して来たので、配信可能です」
「わかった。それじゃあ理子、頼む」
「おーけい」
理子がサムズアップする。
「さん、にぃ、いち……スタート」
俺のパンダ着ぐるみ内蔵モニターに表示される配信映像。
――それが、明らかにいつもと違った。
> なんだこのBGM
――Testing_Room。
かっこいいジングルとともに、無駄にイケボなタイトルコールが入る。
> なにこれ
> 急に金かけてきたなw
> カメラワークすごい
さらには、周囲の自然あふれる山の風景を表示したあと、横に並んでいる黒乃とアンリと俺を、それぞれ見事に計算尽くされたアングルで映していく。
> 急に映画みたいになったぞ
> 画角が神なんだが
> 専属のカメラマン雇った?
俺たちがしばし呆然としている間に、コメント欄は黒乃たちの服装についての話に映っていった。
> アンリ様と助手ちゃんの、いつもと違う服装かわいい
> 二人ともスタイルいいな
> おへそ
そこでやっと我に返った黒乃が、助手ちゃんとしてのセリフをしゃべり始めた。
「えっと……今回、私たちは『ダンジョンの秘湯』を目指して山奥に来ています」
> 温泉!!??
> 温泉配信だぁぁぁぁ
> え、助手ちゃんとアンリ様の裸見れるの?
「裸は見せません」
> ええー
> まさかの温泉配信!?
> Testing_Room必死だな
最後のコメント、なぜか一瞬だけ表示されて消えたぞ。
……なんか怖い。
「……ちゃんとバスタオルで隠します」
黒乃が横髪をいじりながら、耳まで赤くして言うと、コメント欄がまた湧き立つ。
> マジか!!
> これは期待!
> 助手ちゃんかわいい! 助手ちゃん神!
> アンリ様の入浴シーンが見られると聞いて
やけにコメント欄がやさしい。これも温泉企画の効果か? お色気は、世界を平和にするのかもしれない。
続いて黒乃が、手振りをつけて俺たちを紹介する。
「今回、温泉企画に参加するメンバーは、いつものパンダくん!」
「……今日も科学のちからを見せてやるよ」
俺はカメラに向かって拳を握ってみせる。
> パンダァァァァ!
> おい、パンダそこ代われ
> パンダ、助手ちゃんやアンリ様と温泉に行けるなんてずるい
> ……私はパンダ様のお体が見たい
「と、アンリエット・N・白崎さん!」
「アンリです。此度はリスナーのみなさまにお見苦しいものをお見せしてしまうかもしれませんが……どうかご容赦ください」
> そんなことない!!!!(断言)
> アンリ様うつくしい
> アンリ様ー!
「それから、もう一人……」
「え“」
カメラの裏側に隠れてパソコンの操作をしていた理子が、びくりと反応する。
「わ、わたしは裏方で……」
遠慮する理子だが、黒乃は逃がさなかった。
カメラドローンを掴んで、レンズを理子のほうへと向ける。
> え、誰この美少女?
> 新メンバー?
「なんと、我らがミミズク氏が来てくれました!」
「…………」
一瞬だけ思考停止する理子だが、そのあとすぐに。
「……ぶい」
と、カメラに向かってピースをした。
> へぁ!? ミミズク氏!?
> こんな美少女だったのか……
> 資金源(直球)
> かわいい!
> おっさんじゃなかったの!?
> 助手ちゃんのおへそ見たい
カメラが俺たちのほうへと戻ってくると、理子はうらめしそうに黒乃のことを睨む。
「それでは、この四人のメンバーで、今日はダンジョンへと――」
そのとき、カメラがやたらと黒乃のほうへ――というより、彼女のお腹へと近づいていった。
理子が高速でノートパソコンをタイピングしている。
「……リスナーは助手のおへそを所望」
さらに近づくカメラ。
黒乃のチラリと見えている綺麗な縦長のへそが、アップで画面に映った。
さすがに気づいた黒乃は、手でへそを隠す。
「や、やめてって!」
なんとか黒乃のへそを画面に映そうと、カメラが回り込んでいく。
「ミミズク、助手で遊ぶな」
そんな理子に俺がツッコミを入れると、理子は「……仕方がない。わかった……わたしの推しが、そう言うなら」とカメラ設定をもとに戻した。




