番外編1 テコ入れが必要です
学校帰りの夕方。
俺は白銀の少女騎士アンリとともに、黒乃の家を訪れた。
相変わらずの豪邸。小綺麗に片付いた部屋。そこで黒乃と三人、制服姿のままで、次の配信の打ち合わせをしている。
「最近、配信動画が伸び悩んでいるわ……」
重々しく口を開いたのは黒乃だ。サイドだけリボンで軽く結った長い黒髪がさらりと揺れる。
「いまだに、新宿大深淵での配信の同接数を超えられていないのが現状だもん」
新宿大深淵の攻略配信。数万人の命がかかった戦いを繰り広げた、俺たちのチャンネル『Testing_Room』の最大の配信だ。
「……さすがに、あのときを越えるのは……すぐには難しいだろ」
「でも、年間トレンド大賞まであと少し……やれることはやっておかないと」
年間トレンド大賞。Sランク探索者を目指していた俺たちにとって、重要なイベントではあったのだが。
「……べつにトレンド大賞狙えなくても、このぶんなら正攻法でSランク認定してもらえそうだし……俺は無理に配信しなくてもいいんだけどな」
「……真央くん、私たちと配信するの、いや?」
黒乃がそう言うと、アンリも。
「わたくしも、師匠とともに配信活動を続けたいです」
黒乃とアンリが、上目遣いで俺のほうへと身を寄せる。
――美人二人に詰め寄られると、さすがに圧が強い。
濃紺のシングルブレザーの胸元で、前屈みになった二人のネクタイがわずかに揺れる。
というか、すっかり慣れてしまったけど、俺は女子二人といっしょに女子の部屋にいるんだよな。……そう思うと、十分に広いはずのこの部屋が、なんだか狭く感じた。
「まあ……俺も、この活動は楽しいと思っているし……やっぱり好き……だと思う」
だから、続けるのは決して嫌じゃない。俺のポリシーには反するけど、できれば末長く、黒乃やアンリと馬鹿なことをやっていきたいと思う。
俺の言葉を聞いた二人は安堵したように、うれしそうな表情を浮かべた。
「それじゃあ、アンリ、真央くん。これからの配信のこと、いっしょに話し合いましょう! やっぱり私はコンテンツのテコ入れが――」
黒乃が本題に入りかけたそのとき、屋敷のインターホンのチャイムが鳴った。
「黒乃、誰か来たんじゃないか?」
「そうみたい。私、何か通販とか頼んでたかな?」
少し間をおいて、セバスチャンこと爺や、こと使用人の老人が部屋の扉をノックして開いた。
「黒乃お嬢様。お客様でございます」
「え、私に?」
「はい。左様でございます。……真央様やアンリ様だけでなく、他にもお嬢様にお友達がいらっしゃったとは……! この爺や。感激で涙が止まりませぬ!」
「……っ、もう!」
苦笑する黒乃。
本当にファンキーな爺さんだ。
そこで、扉から一人の小柄な少女が「ぴょこん」と顔を出した。
セーラーブレザーにエンジ色のリボン。うちの中学の制服だ。ライトブルーとピンクの髪色がまぶしい。
「来ちゃった」
「きみは……御影? どうしてここに?」
御影理子。
その正体は、我らがスポンサーとも言える高額スパチャの重課金リスナー、ミミズク。
「理子って呼んでほしい」
「……理子。どうしてここがわかったんだ?」
いたずらっぽく言われて、俺は思わず言い直した。
すると、御影理子は満足そうに微笑む。
「……以前のメン限配信で、アンリ嬢のピカピカの鎧に、一瞬だけ窓の外の景色が反射していた。それを8K画質にアップコンバートして、映り込んだ山並みの稜線と、配信マイクが拾ったこの地域特有の野鳥の鳴き声を照合。特定は簡単だった」
「いや、特定班ほんと怖いな!?」
廃課金リスナー、ミミズクこと理子。彼女は危険すぎる。
どう考えても、俺たちの日常を壊す存在だ。
もうこうなったら、彼女は野放しにするより、共犯者として仲間に引き入れたほうがいいのではないだろうか。
アンリも同じようなことを思ったのか、俺に耳打ちする。
「師匠、この子を放っておいて大丈夫なのでしょうか?」
「……どうかな。大丈夫じゃないかもしれない」
銀髪の少女の息が耳にかかって、ちょっとくらくらとした。
そんなことを話していると、理子がまた口を開く。
「Testing_Roomの最近の配信……チャンネル登録者数と同接数が伸び悩んでいることを、あなたたちは懸念している。ちがう?」
すると黒乃が「そうそう」と肯定した。
「さすがは理子ちゃん。古参リスナーだね。その通りなんだ……だから話し合って対策を考えなくちゃと思って」
「ふむ。そんな私の推しであるTesting_Roomのために、今日は企画を持ってきた」
「企画?」
「そう。企画」
理子は俺たちに印刷された資料を配る。
そこに書かれていたタイトルは――。
「湯けむり、Testing_Room温泉配信」
そう読み上げる理子の平坦な声に、俺たち三人は唖然とした。




