第31話 平凡よりも平和
それから一週間後。
カメラドローンのレンズが回り、配信画面に俺たち三人の姿が映し出される。
結城黒乃。
いつものゴシックな私服をまとった彼女は、手書きの謝罪フリップを腕に抱き、神妙な表情を浮かべている。
アンリエット・N・白崎。
白銀の少女騎士。全身にまとった鎧には、喪章のように黒いリボンが備えられている。
そして、黒スーツを着用し、新調したパンダ頭をかぶって顔を隠した俺が、代表して謝罪を述べる。
「この度は、新宿大深淵に無断で立ち入り、世間をお騒がせして申し訳ありませんでした!」
俺と黒乃とアンリは、三人そろってお辞儀をした。深く、深く。謝罪の気持ちが、画面越しの相手にも伝わるように。
続いて手書きフリップを持った黒乃が、その儚げな声で丁重に御礼を伝える。
「皆さんの署名活動のおかげで、私たちは探索者のライセンスを剥奪されずに済みました。……署名の先導をしてくださった『四ツ谷在住の男』様や『ミミズク』様を初め、多くのリスナー様に助けられて、私たちは今、こうして配信ができています」
> 助手ちゃんかわいい!
> いや、逮捕されろよ
> 応援しているよ
> これTesting_Roomのサブアカ?
流れていくコメントのいくつかに、俺は答えていく。
「はい。この『Testing_Room(仮)』は、俺たちTesting_Roomのサブアカウントです。今回の騒動の刑事的な部分は、ギルドの資料にまとめてあります」
> 刑法第37条の緊急避難が適用されたらしいな
> パンダのその格好、本当に反省してんのか?
> マオくん
「本名を呼ぶな!」
> パンダがキレたw
> マオくん落ち着いて
「こほん、ともかく……謝罪はこれで終わりだ。助手くん!」
「はーい」
黒乃は謝罪フリップを脇に置いて、背後にあるホワイトボードをひっくり返す。
そこには、『Testing_Room 〜一般人が科学の力でダンジョン攻略してみた〜』というタイトルが、カラフルなマーカーで記載されていた。
「凍結中の本アカに代わって、今日からはこの裏アカウントで、いつも通りのダンジョン攻略をやっていきます」
黒乃の宣言に、コメント欄がまた荒れる。
> 反省しろwww
> 知ってた
> さすがTesting_Room! ブレない媚びない省みない!
> 助手ちゃんかわいい
「そういうわけで、今日も私の素敵な後輩、アンリがいます!」
「皆さま。いつもお世話になっています。今日からしばらく、このチャンネルでわたくしも活動させていただこうと思います」
> アンリ様!
> やっぱアンリ様しか勝たん
> すっかりTesting_Roomに毒されてる……
> もはやこのメンバーじゃないと満足できない
コメント欄もいつものノリに戻っていく。
ああ。ちょっと騒がしい日常だけど、こういうのも悪くはないな。
俺が背後を振り向くと、そこには廃棄地下街ダンジョンの入り口があった。
「それじゃ、今日もダンジョン攻略、スタートだ!」
◆
廃棄地下街ダンジョン。
そこは、文字通り街の地下にある廃墟群のダンジョンだ。
ほのかに昭和ディープでノスタルジックな雰囲気を持つ景観。
以前、俺と黒乃と、ついでに迷惑配信者のガドが迷い込んだ地点の、さらに奥地だ。
目つきの悪いパンダ着ぐるみ(二号)を全身にまとった俺は、カメラに向かって告げる。
「ええーそれでは、これより超冷却水発射装置の実験をします」
続けて、黒乃が現状を解説する。
「目の前に見えるのは、一体のゴブリンチャンピオン! タフな強敵です……超冷却水発っぴゃ……噛んだ。超冷却水発射装置は、通用するのでしょうか?」
> 噛んだw
> 助手ちゃんw
「アンリ、お願いね」
「はい、助手先輩。……承りました」
ポンプ式水鉄砲を片手に持ったアンリが、胸元に手を当てて、うやうやしくお辞儀をする。
> 水鉄砲じゃねぇか!
> 白銀の騎士が水鉄砲を構えてる
> 撃つぞ……どうなるんだ!?
> どうせ魔法だろ
> 魔法だったら逆にすごいけどな
アンリは高性能水鉄砲の照準を、筋骨隆々の巨体ゴブリンチャンピオンへと向ける。
「それでは、参ります!」
ト○ザらスで買った「ハイパー・ウォーターガン(¥2,980)」のトリガーに銀髪の少女が指をかけた瞬間、俺は素早く呪文を詠唱する。
「悠久なる氷結、絶対なる終焉――ズィ・レオ」
単体最強の攻撃魔法。
それをもろに受けた魔物は、巨大な氷に閉じ込められて砕け散る。
黒乃が、魔法の余波に黒髪を震わせながら解説する。
「一発で凍ってしまいました! すごい効果ですね、超冷却水発射装置!」
> 霜が落ちてる……
> いや、だからそんな強力な冷却装置があるかよwww
> ただの水(定期)
> パンダ、絶対何かやったろ
★【ミミズク】(50,000)絶妙な水圧とノズルの口径、気温低下を意味する水蒸気の凝固、素晴らしい
> いや、ミミズク氏は何を言ってるの?
コメント欄は総ツッコミだが、俺はあえて見ないふりをして、パンダ頭の額を腕で拭う。
「ふー。今回も実験は大成功だったな」
すると、隣でアンリと黒乃がくすくすと笑った。
「そうでございますね。師匠」
「ふふっ。パンダくん、アンリ、お疲れ様」
> ごまかすなw
> まあ、助手ちゃんとアンリ様が楽しそうだからいいか……
◆
配信を終え、地下ダンジョンから出てきた俺たち三人。
地上に出た開放感に俺が伸びをしたところ、近くの物陰から声が聞こえた。
「……やっと見つけた」
消え入りそうな小さな声のほうへと俺は振り向く。
物陰から出てきたのは、一人の女の子だった。
中学生くらいの年頃だろうか。だぼだぼのローブに、とんがり帽子。セミロングの髪はライトブルーとピンクという不思議な色合い。
まさに魔女娘というべき出で立ちの少女は、少し眠そうな目で俺を見据える。
「きみは……」
「でも、少し残念。水鉄砲――もとい冷却装置の射角が、少し甘かった」
その言葉で俺は察した。
この子は、視聴者だ……!
「会いたかった。わたしの推し。Testing_Roomのパンダ」
やっぱりか。
「ひ、人違いじゃないか? 俺はどこにでもいる普通のモブキャラだぞ」
だいぶ苦しいが、ここで俺たちの正体が特定されるのは防ぎたい。
黒乃とアンリも必死にごまかす。
「そうだよ。彼はどこにでもいるただのつまらないイケメンだよ」
「『つまらない』は余計だ」
「そ、その通りです。わたしたちも、他人の空似でございます」
魔女娘は、俺と黒乃とアンリを順番に見回す。
今はダンジョン配信の直後。三人とも顔バレしている以上、さすがに別人だという言い訳は通じないか?
ダメだ。常に眠そうな顔しているから表情が読めない。
「根拠は……ある」
そう言って、魔女娘は手にしたノートパソコンを開いた。
「歩幅、重心移動、筋肉の収縮率。……完全一致」
ノートパソコンの画面には、俺と俺の変装したパンダの歩行データが、3D映像つきでびっしりと記載されていた。
「と、特定班……こわっ」
戦慄しながらそうつぶやくと、魔女娘は俺の服の裾を軽く引っ張った。
「こちらでは、はじめまして……わたしの推し」
「……えっと……。きみは、何者なんだ?」
魔女娘は不敵な笑みを浮かべる。
初めて表情がちゃんと変わった。
「よくぞ聞いてくれた。わたしは御影理子……岡橋中学校三年生。またの名を……ミミズク」
「ミミズク……って、はいぃ!?」
俺も、黒乃もあっけに取られる。
アンリだけは彼女の正体がわかっていないらしく、綺麗な顔で首をかしげていた。
「お、お前、あの重課金リスナーの……!」
魔女娘、ミミズクこと理子は、「ぶいっ」と小さくピースをした。
どうやら俺のモブとしての平凡かつ平穏な日常は、まだまだ帰ってこないようだ。
……だけど、まあ……平和な日常は取り戻せたから、今はよしとしよう。




