第30話 勇者の一撃
トレス・メアの解除とともに、意識が現実へと引き戻される。
聖剣と魔剣が玉座の間で交わり、鍔迫り合いをする。
周囲に響き渡る爆風と衝撃。その余波から逃れるため、俺と黒騎士は互いに距離を取った。
深淵に蝕まれた漆黒の鎧の奥で、その瞳だけが、澄み切った戦士の光を取り戻していた。
「さあ……黒騎士イシュトヴァーン、あらためて勝負と行こうか!」
俺は天星剣を大きく振りかぶり、最強の必殺技ギガ・アステリアの威力をさらに高めていく。
黒騎士もまた、もっとも得意とする必殺の構えを取り、その覇気が魔城を震わす。
戦略級魔法の発動まで、残り五秒。
「……シッ!!」
膨大な雷と闇の奔流が巻き起こる。
互いにギリギリの攻防。魔力の余波は俺の肌を、黒騎士の鎧を焼く。
おそらく単純な力であれば、黒騎士のほうが上かもしれない。
だが、俺は仲間たちの想いを背負っている。100万人のリスナーからの応援がある。
ばかばかしいかもしれないが、そういうものが勇者にとっての力となるんだ。
「……っ!」
永遠とも感じるような刹那の打ち合いの中で、ついにタイムリミットが訪れた。
十七時五十二分。戦略級殲滅魔法の発動の時間だ。
たとえここで大深淵を攻略できたとしても、俺と黒乃とアンリは深淵の中に閉じ込められ、新宿近郊に大勢の犠牲者が出てしまう。
黒騎士から距離を取った俺は、やがて訪れるだろう戦略級魔法着弾による強い衝撃を覚悟したが――。
数秒待っても、衝撃は来なかった。
「真央くん、時間……!」
黒乃もタイムリミットが過ぎていることに気づいたようで、不思議そうな表情をしている。
> 戦略級魔法……発動している様子がないぞ
コメント欄も騒然としている。
そこへ、背後から、一人の少女が体を引きずるようにして玉座の間に足を踏み入れた。
「……先輩。……師匠……」
「アンリ!」
俺は黒騎士に意識を向けたまま、ちらりと横目で背後を見た。
声の主は、やはりアンリだ。鎧は砕かれ、傷と痣にまみれて。ボロボロの姿になりながらも、彼女はここまでたどり着いたんだ。
「……よく生きていてくれた、アンリ」
「……はい……」
> アンリ様、無事だった!
> よかった……
> あの状況を切り抜けてきたのか……
黒乃もまた、涙ぐみながら言う。
「よかった……また会えた……」
アンリは槍を落とし、両膝をついた。意識を保つのも、やっとなほど消耗していた。それでも――。
「師匠……ギルドからの通信が、ありました。伝言を、伝えます……!」
息も絶え絶えの状態で、俺と黒乃に告げる。
「……戦略級殲滅魔法の術式は、解除されました……あなたを信じるとのことです。……100万人の視聴者と、世論が……そして、あなたの奮戦が……ギルドと政府を動かしたのです……!」
驚く俺の視界の端に、コメントが流れていく。
> 大丈夫だ、俺たちはまだ生きている(四ツ谷在住の逃げ遅れた男より)
生存報告。一瞬だけ見えたそれに、俺は視界がわずかに滲み、胸に熱い火が灯るのを感じた。
> これで、あとは決着をつけるだけだな!
その声に、そのコメントに、力がさらに増していくのを感じる。
> やれ! 勇者……!
雷が舞う。
天星剣の描く円弧が、深淵の闇を弾き返す。
> 世界を救えるのは、お前しかいない!
黒騎士の必殺の一撃を、俺は真正面から剣で受ける。
雷光と深淵が、渦を巻き爆ぜる。
黄金の光と、紫黒の闇が、無数の粒子となって煌めく。
> パンダァァァ!!
> 決めてくれ、やり遂げてくれ……!
★【ミミズク】(¥50,000)私はいつだって、きみたちを応援している
コメント欄の応援の声が。
「師匠……どうか、勝ってください!」
アンリの声が。
「真央くん……勝って!」
黒乃の声が、俺の背中を押す。
「これで最後だ、黒騎士イシュトヴァーン!!」
黒騎士の剣を弾き返した俺は、剣を上空に掲げ、落雷とともに、すべての力を込めた渾身の一撃を叩き込む!
激突した光と闇。
雷光が深淵を完全に喰らい尽くす。
閃光に轟音、それに衝撃の中、俺の振り下ろした天星剣が、深淵に蝕まれた黒騎士イシュトヴァーンの鎧を砕き、その巨躯を袈裟懸けに斬り裂いた。
「ガハァッ!!」
黒騎士はよろけた後、その腕を頭上へと掲げた。
静かに。
天を掴むように。
「勇者ヨ……見事ナ剣デアッタ……」
その言葉に、俺は小さく微笑んだ。
「お前もな……黒騎士」
黒騎士の体に幾重もの亀裂が走る。
瞬間、その瞳には理性の光が宿っていた。
「……あの方を、頼む……」
それだけを告げて、黒騎士イシュトヴァーンはその身を黒霧とノイズへと変えて消滅した。
突風と振動。
それらが収まったとき、そこには空の玉座と、その手前に浮かぶ大きな紫黒の結晶――深淵核があった。
「ああ……任せろ」
俺は黒乃のほうを、ちらりと見た。
何もない……平穏で自由な人生を望んでいた俺だが、戦友の最期の願いくらいは背負ってやる。
俺の魔力は残りわずか。その魔力をかき集めて、天星剣に込める。
「はっ!」
キィィィン……。
と甲高い音を立てて、深淵核が砕ける。
この空間が――魔城が、裏の廃都新宿が、溶けるように消えていく。
> やったぞ! パンダがやったぞ!
> Testing_Roomが大深淵を攻略した!
> 本当に……やりやがった!
> パンダ万歳! 助手ちゃん万歳! アンリ様万歳!
> 私、信じてたよ。彼らなら成し遂げてくれるって
> ありがとう! ありがとう……!
◆
風景が、廃墟都市の新宿へと移り変わった。
夕日は沈み、かすかに赤みがかった空。
そうか、俺たちは勝ったんだな。
だが、まだ終わっていない。俺には最後の仕事が残っている。
砕けた深淵核の欠片は、まだ周囲に散らばっている。俺はそれをかき集めた。この結晶片も、一日もすれば深淵同様に消えてしまう。
その前に、黒乃の魂を治療しなければならない。
欠片を集め終わった俺が、配信を切って黒乃のところに向かうと、アンリもふらふらよろけながら俺のほうへと近づいてくる。
「やりましたね、師匠」
「ああ。きみも、よくがんばったな。……えっと、その……そんなにボロボロになって」
目のやり場に困るアンリの姿に、俺は視線をそらすしかなかった。
「う……あんまり見ないでください」
アンリが赤くなってうつむくと、入れ替わるように黒乃が紅い瞳を俺に向けながら口を開く
「すごいね……真央くん」
「……俺は俺にできることをやっただけだよ」
「……それがすごいんだよ」
黒乃が小さく笑った。
その彼女の笑い方が、俺は好きだった。
「じゃあ、すぐ直してやるから、待ってろ」
「うん」
時間経過によって消滅してしまう深淵核の欠片。よって研究の進んでいない物質なのだが、真眼を持っている俺にはわかる。
この欠片を媒体にすれば、魔王の魂を一時的に封印することができる。
つまり、魂が融合される速度を緩やかにできるのだ。
そうやって時間をかけて馴染ませていくことで、黒乃の魂は、魔王ヴェルヴェットの魂によって押しつぶされて消滅するようなことはなくなるだろう。
そして、いつかは二人の魂が共存できるようになるはずだ。
まあ、魔王の魂は本当に強大だから、この深淵核だけで足りるかはわからないが。
対症療法を繰り返すことでの、時間経過による治療を目指すのが現実的な解決策というわけだ。
「行くぞ、魔王ヴェルヴェット。抵抗するなよ?」
黒乃の中の魂に呼びかけると、すぐに俺の脳内に返事が来た。
『わかっている』
それを確認してから、俺は深淵核の欠片を黒乃の胸に触れさせ、呪文を唱えた。
欠片が、黒乃の中へと入り込んでいく。
これで魔王ヴェルヴェットの魂は、深淵の結晶の中にふたたび封印されるはずだ。
「よし……今度こそ、全部終わったな。黒乃、調子はどうだ?」
「うん……なんだか、苦しいのが治まったみたい。ありがとう、真央くん」
「そうか。よかった」
「それから……おつかれさま」
俺たちのやりとりを見たアンリが、安堵したように息を吐いて――。
それから、力尽きたように前のめりに倒れる。
「あ……」
「おっと」
俺はとっさに片腕でアンリを受け止めた。
「……すみません。安心したら、もう力が入らなくなってしまいました」
「……少し眠るといいよ。俺が町まで送っていくから」
「……師匠……はい……」
そうして、アンリは目を閉じた。
もう体力的にも限界だったのだろう。
彼女の体は、前よりもさらに軽く感じた。
「さて、そうは言ったものの、どうやって帰るかな」
「来たときみたいに、魔法でびゅーんって帰れないの?」
「魔力が残ってない」
「そっか……歩いて帰るしかないかな」
まあ、歩くのも悪くはないと思うが、おそらくこのままモタモタしていたら、ギルドや自衛隊に捕まってしまうだろう。
今日はもう面倒なことは勘弁してもらいたい。
となると、道は一つしかない。
「……また、黒乃の魔力を借りて飛ぶか」
「ふぇっ!? え、えっと……」
「たぶん、早く帰らないと面倒なことになると思う。……手を貸してくれるか?」
「……うん」
黒乃はほっそりとした手を差し出して「どうぞ……」と言った。
「助かる」
俺はその手を掴んで、精神を集中――魔力を共有する。
「それじゃ、帰るか……俺たちの尊い日常に」
まあ、着ぐるみが弾け飛んで全世界に顔バレもしてしまった以上、明日からまた騒がしい毎日が始まりそうだが。
いずれは解決できるだろう。俺たちTesting_Roomなら。




