第25話 裏廃都突破戦
合図とともに、黒乃を背負った俺と、白銀の少女騎士アンリは空間の裂け目へと飛び込んだ。
視界も三半規管もぐらぐらと揺れる。異次元へと足を踏み入れる感覚はいつだって気持ちのいいものではないが、今回はひときわ気分が悪くなる。
> おい、パンダたち、ほんとに行ったぞ
> アンリ様まで。これまでのキャリアを捨てる気か?
> 誰か、彼らを止めてくれ……!
視界が晴れる。
そこには異様な街並みが広がっていた。
廃墟となったビル群に、不気味な紫色の蔦が血管のように這い回り、アスファルトの隙間からは禍々しい結晶が突き出している。
人の気配はまったくないのに、おぞましいほどに生物の呼吸が、においが漂う、侵食された廃墟都市。
「これが……新宿の大深淵」
誰ともなくつぶやくと、コメント欄が急速に流れていく。
> Sクラスを超えるダンジョン、すごい威圧感だ
> 新宿っていう大きな部屋に、おもちゃ箱をひっくり返したみたいだな
> わたしはTesting_Roomを信じるよ。彼らなら何かとんでもないことをやってくれると思う
スマホを見ながら、黒乃が小さく口を開く。
「同接数100万人突破……目標達成だね」
「そうか。まあ、いまさらだけどな」
もはやSランクとかは関係ないが、多くの人が配信を見てくれているのは僥倖だ。
槍と盾を構えたアンリが、黒乃を背負った俺の隣に立つ。
「師匠……敵です」
「ああ。囲まれているな」
「それから……あそこが、深淵の最奥でしょうか?」
アンリが示した方向、裏新宿の遠く先には、近代的なこの場所に似合わない大きな建造物があった。
巨大な城だ。
奇しくも、それは異世界アルトヘイムにある、魔王ヴェルヴェットのいた魔王城によく似ていた。
「新宿の中心……都庁のあった辺りだね」黒乃が言った。
直後、ビルの陰から魔物たちが姿を現す。
深淵蜘蛛「ヴォイド・スパイダー」に深淵の蟻「ヴォイド・アント」だ。
ヴォイド・スパイダーは以前も戦った巨大な蜘蛛の魔物。ヴォイド・アントは深淵蜘蛛と同じように人の背丈ほども全高がある巨大な蟻で、近接戦闘に特化した強敵らしい。
それら深淵の魔物の群れが二十体ほど、俺たち目掛けて突進してくる。
「魔物の群れを突破して、あの城を目指す!」
鉄パイプを突き出し、俺は高く宣言した。
かつて、転生前に異世界アルトヘイムで騎士たちを率いて魔王軍の主力に挑んだときのように。
「行くぞ、アンリ。ついてきてくれ。……黒乃、しっかり捕まってろ」
「はい、師匠!」
「うん!」
俺はパンダ着ぐるみの手を掲げて、呪文の詠唱を開始する。
この強敵。この数。手を抜いている余裕はない。
「魔の者、尽くを浄化する聖なる業火――レア・ティナ!」
灼熱。紅蓮に染まる視界。
超火力の炎が群れを包み込み、熱風を伴う爆発が連続して発生。
迫る深淵の魔物たちを焼き尽くしていく。
> なんだ今の!?
> アイテムか?
> いや、さすがにどう見ても魔法だろ
> 火力やばすぎ。これが戦略級魔法か?
やべ、ごまかすためのアイテムを忘れてた。
「えー、今のは超高性能ナパーム弾をこっそり投げていたんだ」
> 言い訳が苦しいぞパンダ
荒れるコメント欄を見た黒乃が、カメラに真紅の瞳を向けて鋭く言い放つ。
「黙れ、下郎……パンダを愚弄するな」
その威圧感たっぷりの口調に、コメント欄が沸いた。
> 魔王様降臨www
> その姿で言うと、本当に魔王みたいだ
> 怒ってる助手ちゃんもかわいい
カオスな状況になってきた。
レスバは黒乃に任せて、とりあえず俺はダンジョン攻略に集中しよう。
「……あー、とにかく。これで道は開けたな。先に進むぞ、アンリ。きみは接近してきた魔物に対処してくれ」
「承知いたしました。露払いはお任せください」
俺は魔法。アンリは近接戦闘で、迫り来る魔物の群れを蹴散らしながら、新宿大深淵の奥へと進んでいく。
黒乃を背負っているから片手が塞がっていることもあり、できれば大規模魔法で敵の数を減らしたい俺を、うまいことアンリはサポートしてくれた。
白銀の騎士とも呼ばれる少女は、接近してきた敵の注意をしっかりと引きつけ、盾で守り、槍で確実に仕留めていく。
ときには自らの身を挺して俺を守ってくれた。
「アンリ、大丈夫か?」
「……問題ありません。私の鎧は、そう簡単には砕けませんから」
たしかに鎧はまだ無事のようだが、それでも貫通してくる衝撃や痛みは防ぎきれないだろう。
できればアンリが消耗し切る前に、深淵核を見つけ出したい。
> Testing_Roomもアンリ様もすごい……
> この調子なら、本当に大深淵を攻略できるんじゃないか?
魔城まであと少し。最後のトラップを魔力探知で見破って回避したときだった。
ひときわ巨大なヴォイド・アントが、目の前に立ちはだかる。おそらく群れの長だろう。
「師匠……これが大深淵のボス、というわけではないですよね……きっと」
「そうだな。こいつは中ボスか、それにも満たない相手だろう」
深淵には、必ずボスとなる強力な魔物がいる。
これほど大きな深淵ともなると、その力は絶大だろう。俺でも苦戦する可能性がある。
そうも言っていられない状況ではあるが、できるだけ魔力は温存しておきたい。
単体最強の氷結魔法ズィ・レオを使ってもいいが、ここはもう少し燃費のいい戦い方をしよう。
「アンリ、こっちへ来てくれ。……身体強化魔法――バイオーラ!」
アンリの体に軽く触れて魔法を行使すると、淡い光が彼女を包む。
「これは……」
「肉弾戦に関わるすべての能力を倍化する魔法――もとい、強化アイテムだ」
> そんなアイテムあるの?
> 今、魔法って言いかけただろw
これで、アンリも近接戦だけなら俺と同等の力を振るえるはずだ。
普段から鍛えている分、単純な身体能力は俺以上だろう。
「すごい……力と精神が研ぎ澄まされていきます」
「アンリ、俺に合わせて攻撃してくれ」
「はい、師匠!」
俺とアンリは同時に走り出した。牙と脚部の攻撃を躱し、巨大蟻の頭上へと跳躍する。
「今だ、アンリ!」
「はぁぁぁ――ッ!」
上段からの一撃。
巨大蟻の頭部をアンリの槍が貫き、雷をまとった俺の鉄パイプが叩きつけられる。
衝撃に土煙が舞った。
「まだだ! 追撃をするぞ……!」
「はいっ!」
続いて蟻の胸部へ。
俺は鉄パイプを叩きつけて甲殻ごとへこませ、アンリは槍を突き刺し、即座に飛び退くことで、噴き出す酸性の体液を躱す。
さすがにこの猛攻は耐えきれなかったようで、地響きを立てながら巨大蟻が地面に倒れる。
大きなノイズと黒霧が立ち上り、巨大蟻の体が消滅していく。
「やりましたね、師匠」
ほっと息を吐くアンリ。
そのとき、彼女の背後の瓦礫に気配を感じ、同時にきらりと光るものが見えた。
「まだ終わってない!」
とっさに彼女を助けようとしたが、間に合わなかった。
身を挺してかばえば間に合ったかもしれない。だが、黒乃を背負っている俺は、即座にそれを決断できなかった。
瓦礫の隙間。そこに潜んでいたヴォイド・アントから飛んできたのは透明な液体だった。
蟻酸だ。それは振り向きかけた少女騎士の腰に命中し、シュウシュウという嫌な音と煙を発する。
「……ぎっ!!」
ぐらりとよろけるアンリに追撃をかけようと接近してくる深淵の蟻。
俺は加速魔法を使って一瞬でそれに接近し、稲妻をまとった鉄パイプの一撃で頭部を粉砕した。
「大丈夫か、アンリ!?」
アンリはよろけながら、槍を杖代わりにしてなんとか踏みとどまる。
腰の防具とコルセットの一部が溶けて、露出した肌は火傷している。とても見ていられなかった。
「も、問題……あり、ません……!」
兜の下で、端正な顔が激痛に歪む。溶けた防具から覗く肌を、アンリは自らの腕で必死に隠すように押さえる。
「待ってろ。いま、治療を――」
応急手当てをしようとした俺を、アンリは手で制した。
「大丈夫です……今は、少しでも時間が惜しい……」
「だが……」
「休んでいる暇は、ありません……」
アンリは強く、前方にある魔城を見つめる。
「行きましょう。……この程度の怪我、痛みさえ我慢すれば、動くことに支障はありません」
「……わかった」
無理はするな、とは言えないのがもどかしかった。
壮絶なアンリの覚悟に、俺の気持ちも引き締まる。
「じゃあ……城に乗り込むか。おそらくここが深淵の中心――敵の本拠地だ。助手、アンリ……覚悟はいいな」
「うん。…………ありがとう、パンダくん」
「はい。必ず、成し遂げましょう!」
ここから先は、敵の攻撃がさらに激しくなるだろう。
大規模殲滅魔法が発動するまで、あと18分。空を覆う暗紫の色が、タイムリミットを告げるように不気味にうごめく。
俺は息を大きく吸って気合いを入れ直し、魔城の重厚な門を力強く押し開いた。




