第24話 廃都新宿――最後の配信
上空から見下ろす、人のいない街並み。
崩れた高層ビルたち。
荒れ果てたアスファルト。
「ここが廃都新宿……」
俺と黒乃とアンリは、高速飛行魔法グア・リベリトで赤く焼けた空を飛びながら、誰ともなくつぶやいた。
世界最大級の廃墟都市。空から見たその全貌に圧倒される。
そして、その中心に見えるのは、巨大な空間の裂け目。
俺の腕の中でぐったりとした黒乃が、驚きと感嘆の声を漏らす。
「大きい……あれが、深淵の入り口……」
俺は二人を抱えたまま、深淵の手前に舞い降りた。
瓦礫に寄りかからせた黒乃の背には、コウモリのような、あるいは竜のような翼が生えている。
真紅の瞳、頭部の角、背中には翼。黒乃の魂が体ごと魔王の魂に飲み込まれようとしているのだろう。
「……真央くんだったら……スタンピードで出てくる魔物を、この場所で蹴散らすことができないかな……?」
苦しげに発した黒乃の疑問に、俺はかぶりを振って否定した。
「もし、大深淵でスタンピードが起きれば、おそらくこの『深淵の裂け目』が日本全土にまで広がるだろう。そうしたら、俺でも抑えきることはできない」
アンリが神妙にうなずく。
「だから、政府は今回のスタンピードのことを大災害『カタストロフ』と呼んでいるのですね……」
そんな名称が付けられていたのか。
なるほど、言い得て妙だ。
スタンピード――大深淵の爆発。その心配するより前に、俺たちにはもっと差し迫ったタイムリミットがある。
「戦略級魔法が発動するまで、どれくらいの時間が残ってる?」
俺の問いにアンリが答える。
「もう……三十分ほどしかありません」
「さすがに厳しいな……だが、やるしかない」
もしタイムオーバーになったら、入り口が戦略級魔法で破壊され、俺たちは大深淵の中に閉じ込められてしまうだろう。
時間的には、ギリギリだ。
間に合わない可能性のほうが高いかもしれない。
「せめて、もう少し時間に余裕があれば……」
二人の安全を考えると、やはり俺一人で行くべきだろうか。
だが、アンリはともかく黒乃は、大深淵の中で深淵核を見つけたときに、すぐに封印の儀式を行えたほうがいい。
ならば、ダメもとで黒乃だけ連れて行くべきか?
いや、だが……。
そんなふうに俺が迷っていると、黒乃が息も絶え絶えに声を上げる。
「ねぇ……配信しよう、真央くん……」
「配信?」
「うん……」
ひとつひとつ、黒乃は言葉を紡いでいく。
「……私たちが大深淵を攻略しているって、たくさんの人が知ってくれたら……ギルドも戦略級魔法を使うのを、待ってくれるかもしれない……」
それを聞いたアンリが、ぼそりとつぶやく。
「世論を……味方につける、ということでしょうか」
たしかに、少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみるべきかもしれない。
だが。
「……俺は黒乃を背負って深淵の最深部に向かおうと思っている」
だからこそ、一つ問題があった。
それに黒乃も気づいたようで、小さくうなずく。
「私がカメラに映っちゃうことを心配しているんでしょう? 大丈夫。配信して……真央くん」
「……けど……」
ここまで黒乃はギリギリのところで顔を見せずに配信していた。
もしこのまま俺が背負ってカメラを起動したら、さすがに顔バレは防げないだろう。身バレしてしまうかもしれない。
いいのだろうか、それで――。
「私たちは、いつだって二人でTesting_Roomでしょ?」
そう言って、黒乃は微笑みながら、俺の手を握った。
「もちろん……わたくしも参加いたします。コラボ配信です」
繋いだ俺たちの手に、アンリも自らの手を重ね合わせる。
迷いのない二人の様子に、
「……わかった」
俺も苦笑しながら、うなずいた。
「アンリ。今回の配信は、明らかに違法なものだ。……きみのキャリアにも傷がつくと思う。それでも……いっしょに戦ってくれるか?」
白銀の少女は、胸に手を当ててうなずいた。
「愚問にございます。……水臭いですよ、師匠」
「……そうだな。ありがとう、アンリ」
俺たちは急いで配信の準備をした。
アンリは白銀の兜をかぶり、俺はパンダの着ぐるみを身にまとう。
カメラドローンを起動し、D-Castの画面から配信の設定をする。
時間がないから、とにかく最低限の設定で。サムネイルも作らずに配信の準備を完了させた。
動画のタイトルは『【緊急配信】禁足地・新宿の深淵を科学の力で浄化してみた(無許可)』だ。
これは俺と黒乃とアンリの三人で、即興で作ったタイトル。
何がなんでもバズらせるための看板だ。
「それじゃあ……準備はいいな」
「はい」
「うん。やろう、真央くん」
俺はスマホの配信開始ボタンに指をかけた。
いつもは裏方の黒乃に配信開始処理をしてもらっていたが、今回は俺がそれを担当する。
二人には言っていないが、今回はできる限り責任を俺一人に集めるつもりだ。
俺が思いつき、無理やり配信に付き合うように強制したことにする。それなら、黒乃とアンリへの罰則は最低限に防げるだろう。
「行くぞ。配信開始!」
D-Castの配信画面に、廃都をバックにした俺たちの姿が映し出される。
開始と同時に、異常な速度で跳ね上がる同接数。
直後、コメント欄は即座に大荒れを見せた。
> パンダたち、本当に廃都にいるのか
> マジかよ
> BANされるぞ
> もともとふざけてたが、今回は度が過ぎてる
> 新宿の深淵ってSランクパーティが全滅したダンジョンだろ? 自殺行為だ
普段は擁護してくれるコメント欄も、さすがに批判的なものが多い。
仕方ない。俺たちはルールを破っているのだから。
コメントにもあったが、いつ配信を強制停止させられるかもわからない。
いつものパンダ姿の俺は、真剣にカメラに向かって語りかける。
「賛否あるだろうが、俺たちは諦めずに戦うつもりだ。どうか見守っていてほしい」
> パンダ……
> そうか、お前らは人々を救おうとしているんだな
> そんな勝手が許されるわけないだろ
> なんだろう、パンダが勇者に見える
> 何を言っても違法行為なのは変わらない。俺は支持できない
> Testing_Roomは調子乗り過ぎ
> アンリ様を巻き込むな
> 早く避難してくれ。私はパンダにも助手ちゃんにもアンリ様にも、死んでほしくない
★【ミミズク】(¥50,000)気にするな。人々を救え。
それから、コメント欄では俺の背負っている黒乃の話題も多く上がった。
黒乃は翼と角の生えた姿で、弱々しくカメラに手を振る。
「あ、あはは……こんにちは」
> あの綺麗な子、もしかして助手ちゃん!?
> ここに来て顔出しするんだ
> 素顔かわいい! 推せる!
> コスプレすごい。こんなときまでエンターテイナーだ。
> カラコンおしゃれ
> 助手ちゃんつらそうだけど、大丈夫かな?
よかった。黒乃のことはだいたい好意的に受け取られているようだ。
俺が空間の裂け目――深淵の入り口へと目を向けたとき、俺のスマホに着信音が鳴る。どうやら探索者協会からの通信のようだ。
『真央! お前たち、本当に新宿にいるのか!? 早く逃げろ、あと三十分で戦略級魔法が――』
応答するなり支部長の声が響く。
「悪いが柳田さん。配信中なんで、身内話なら後にしてくれ」
俺は通信を一方的に切断し、スマホを瓦礫の中へと投げ捨てる。
その後、改めて深淵の入り口へと向き直った。
「さあ、行くぞ。大深淵の攻略――実験開始だ!」




