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第23話 勇者の決意

 西の空に、夕日が落ちていく。

 この太陽がそのままタイムリミットになるだろう。


「師匠……通話をやめてしまってよかったのですか?」


 アンリに問われて、俺は答えに詰まる。


「俺は……」


 そのとき、寝ていた黒乃がうめき声を上げた。


「う、うぅ……」

「黒乃!」「黒乃先輩!」

「んぅ、ぁ……真央、くん……私……」


 俺が抱き起こそうとした瞬間、黒乃は細い体を反らして絶叫する。


「ああぁ……ッ!」


 黒い瘴気とともに、闇の魔力の奔流がほとばしる。

 やがて、その魔力の暴走が収まったとき、黒乃の頭部には禍々しい二本の漆黒の角が生えていた。


「黒乃先輩……その姿は……」


 先ほどから変わらず、瞳は真紅に染まったまま。

 魔王ヴェルヴェットの魂に引っ張られて、その姿も魔王に近づいてきているんだ。

 時間がない。体まで生前の記憶に引っ張られるとか、魔王の魂の力は規格外すぎる。


 アンリが呆然と言葉を続ける。


「まるで、勇者の物語に出てくる悪魔のよう……」

「いや。悪魔じゃない。魔王だ……」

「魔王……? どういうこと、ですか?」


 いまさら隠していても仕方ないだろう。

 俺はアンリに説明をした。

 俺が異世界アルトヘイムの勇者の生まれ変わりで、黒乃が魔王の生まれ変わりであること。

 魔王の転生が不完全なせいで、黒乃の肉体に魂が二つ存在していること。

 このままでは黒乃の魂が、あと三日も持たずに魔王の魂によって塗りつぶされてしまうこと。


「そんな……黒乃先輩が……」


 愕然とするアンリに対し、その話をすぐ近くで聞いていた黒乃は取り乱す様子はない。


「そっか。……もう、時間がないんだね」


 まるで他人事のよう。

 昔から体が弱かったという黒乃は、こういう事態は覚悟していたのかもしれない。だとしたら、それは悲しい覚悟だ。


「どうにかする方法は、ないのですか……?」


 不安げに尋ねるアンリに、俺は答える。


「方法は……ある。黒乃の魂も、新宿周辺に住む人々も救う方法が」


 そう。たった一つの方法が――。

 そして、この瞬間、それができるのは俺しかいないのかもしれない。


「新宿の大深淵を……攻略する」


 戦略級殲滅魔法を中止させ、深淵核(オリジン)を見つけて黒乃の魂を延命させるためには、それしかない。


 ◆


 俺たちは黒乃にも、かいつまんで経緯を説明した。

 新宿に大深淵が出現したことと、それを封印するために、犠牲を覚悟で大規模殲滅魔法が行使されることを。


「私が寝ている間に、そんなことになっていたなんて……」

「し、しかし、師匠……戦略級魔法が行使されるまで、あと一時間もございません。どうやって新宿まで行くのですか?」


 それなんだよな。

 俺には目的地まであっという間に飛んでいける『高速飛行魔法』があるのだが、それは一度行ったことのある場所しか目的地として指定できない。

 そしてあいにく、俺は新宿どころか東京にも行ったことがない。


「アンリと黒乃は、新宿に行ったことはあるか?」


 アンリは首を横に振って否定したが、黒乃は苦しげな呼吸をしながら言う。


「私……行ったことあるよ」

「本当か!? それなら、なんとかなるかもしれない」


 俺は黒乃に手を差し出した。


「手を握ってくれ」

「えっ!? ……う、うん」


 手を握り合わせる。

 細い手から、かすかに鼓動が伝わってきた。


「新宿の地をイメージしてくれ」

「うん。……でも、私が新宿に行ったのはずっと昔だから……今とぜんぜん風景が違うと思うよ」

「大丈夫だ。記憶の映像から、その土地のマナを思い出せればいい。やってみてくれ」

「……わかった。真央くんがそう言うなら」


 触れた手のひらから、黒乃の魔力を探る。

 すると、かすかに目的地のイメージが俺に伝わってきた。

 だが、記憶が古いものだからか、その土地のマナは朧げにしか把握できない。


「……もう少しなんだが……黒乃、ちょっとすまない」

「え、え……!?」


 俺は黒乃の額に、自分の額を押し当てた。

 アンリは口元を押さえて戸惑っているし、なんだか黒乃は目をぐるぐるとさせている。

 だが、俺は集中しなければならなくて、それどころではない。

 黒乃と額を押し合わせたことで、なんとか目的地のマナを感じ取ることができた。

 俺はそのイメージに意識を集中させる。


「……よし。なんとか飛ぶことができそうだ」


 黒乃の記憶をたどって、目的地の設定は完了した。

 あとは必要魔力の多さだ。

 大深淵に突入する前に魔力切れを起こしては、元も子もない。


「黒乃」

「は、はい……?」


 なぜか、かしこまっている黒乃。

 だが今の俺はシリアスだ。気にしている余裕はない。


「今のきみは魔王ヴェルヴェットと同格の魔力が備わっている。その力を少し分けてもらえないか?」

「え、えっと……うん。真央くんの役に立てるなら、いいよ」


 俺が手を差し出すと、黒乃はおずおずとそれを握り返す。


「どうすればいいの?」

「繋いだ手から、俺に力を送り込むイメージをしてくれ。それでなんとかなると思う」


 黒乃はうなずいた。

 勇者の魔法というのは、こうして手を繋いだり体が触れ合うことで真価を発揮するものが多い。


「よし……!」


 準備ができた俺が空を見上げる。

 すると、アンリが目の前に立って、胸元に手を当てて言う。


「行くのですね。師匠」

「ああ」

「……どうか、わたくしも、お供させてもらえませんか?」


 それは――俺は悩んでしまう。

 少しでも戦力が欲しいというのもあるが、同時に一人のほうが行動しやすい側面もある。

 そして、何よりも――。


「危険だ」


 端的に言うと、アンリは真っ直ぐな瞳を俺に向ける。


「足手まといになるようなら、切り捨てていただいて構いません。どうか……」


 どうやら、アンリもまた覚悟を決めているようだ。

 何より今、目の前に危険が迫っている人々がいる。彼らを救うために、自分にできることがしたいと思うのは、彼女の性格なら自然なことだ。

 それは、きっと勇者の素質でもある。


「……わかった。だが、俺がアンリを見捨てることはない。……頼りにしてる」


 俺は黒乃とアンリをしっかりと両腕に抱き寄せて、もう一度、空を見上げた。


「ひゃっ。ま、真央くん」

「し、師匠……その……」

「じゃあ、行こうか……! 廃都新宿へ!」


 高速飛行魔法グア・リベリトを唱え、沈みゆく夕日の空を背に、俺たちは飛び上がった。

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