第20話 お色気シーンなら間に合っている
「お色気シーンなら、間に合っている」
妙に同接数の増えている配信画面をちらりと見ながら、俺はスプレー缶を取り出した。
ラベルが見えないように色テープを巻きつけてある。
「瞬間冷却スプレーだ」
まるで津波のように少女騎士へと襲いかかるクソデカ透明スライムに、スプレーを吹きかけながら、俺は小声で呪文の詠唱をする。
「悠久なる氷結、絶対なる終焉――ズィ・レオ」
カメラに映らないように角度を計算して、超圧縮した氷属性の魔力をスライムへとぶつける。
直後、スライムが完全に凍りつく――どころか、周囲の空間ごと巨大な氷が包み込んだ。
冷気の余波は水路すら一瞬のうちに凍結させ、洞窟内に霜が降りる。
> クリア・スライムが一撃で砕けたぞ
> ダイヤモンドダストだ
> 綺麗だなー
> 最新科学でもこれは無理だろ
★【ミミズク】(¥50,000)瞬間冷却スプレーの威力の素晴らしさたるや……。生み出された氷像も美しい。
単体最強の攻撃魔法ズィ・レオを使ってみたが……ちょっとやりすぎたか?
「さ、寒い……」背後を見ると、黒乃がガクガクと震えていた。
若干、やらかしてしまった気がするが――気を取り直して、正面にいるアンリの無事を確認する。
「だ、大丈夫か、アンリ?」
体に絡みついていた透明な触手たちは凍りついて砕けており、アンリは氷の破片に塗れて、ぺたんと座っていた。
「はい……少し冷たいですが、大丈夫です。助けてくださりありがとうございます」
アンリは儚げに微笑む。
「冷却スプレーの力、すばらしいですね」
> パンダ師匠、弟子を救う
> アンリ様がメスの顔してる……
> この二人、推せる
> ほんとにこれ冷却スプレーなの?
俺は手を差し出してアンリを助け起こす。そのとき、耳元でアンリが小さくささやいた。
「見事な魔法でございました……真央師匠」
やっぱり、さすがにアンリにはバレてしまうか。
その言葉には何も答えないまま、俺は二人を連れて霜の降りた岩場を歩いた。
◆
洞窟をさらに進むと、大きめの広間に出た。足元はところどころ水没しているが、魔法で確認してもトラップなどはなさそうだ。
「こういう場所では、だいたい大型の魔物が出ると相場が決まっている」
俺がつぶやいた直後。爆音とともに岩壁を粉砕しながら巨大な甲殻類が出現した。
その見た目は……蟹だ。全身に散りばめるように埋め込まれた水晶の欠片が煌めいており、そのサイズは全高だけで三メートル近くありそうだ。
> 蟹だァァァ!
> クリスタル・クラブだ。物理にも魔法にも強い耐性がある強敵だ。
> うまそう
> ↑食えねーよ!
「ほ、ほんとに出た!」黒乃が驚いて後退る。
そんな彼女を守るように、俺は鉄パイプを、アンリは槍を構えて前に出る。
ゴツゴツした岩場は濡れていて滑りやすい。足場が悪いな。慎重に戦う必要がありそうだ。
「師匠」
「どうした、アンリ?」
「今度こそ、わたしに任せていただけないでしょうか……? 先ほどの雪辱を果たしたいのです」
なるほど。名誉挽回というわけだ。
アンリは皆が見ている前で、クリア・スライム相手に失敗をしてしまっている。もしも俺がいなかったら、命も危なかっただろう。
そのリベンジをしたいというのなら、師匠として、あるいは友人として、断る理由はない。
「……かなり強そうだぞ。いけるか?」
「はい。必ず成し遂げてみせます」
「わかった。俺はサポートに回るから、アンリが仕留めてくれ」
「ありがとうございます。師匠!」
> アンリ様、がんばれー!
> 今度こそ、Testing_Roomのリスナーに、白銀の騎士の実力を見せてやれ
アンリが戦う意志を見せると、配信画面に応援のコメントが流れてくる。
彼女は俺たちと違ってアンチらしいアンチが少ない。最年少でAランクになったにも関わらずだ。きっとその人柄と誠実さゆえだろう。
アンリが接近すると、クリスタル・クラブは巨大な鋏を縦横無尽に振り回して迎撃しようとする。
追随するように、鋏に埋め込まれた水晶の煌めきが、光の尾を引く。
意外と素早い。やはり、かなりの強敵であることは間違いなさそうだ。
「はっ!」
一撃目の鋏をアンリは飛び退いて回避し、続く追撃を盾で受け止めた。
そのまま巨大な蟹と力のせめぎ合いをし、体格差で押し負けそうになるギリギリのところで、受け流して凌ぐ。
彼女の誠実さを表すような、堂々とした戦いぶりに、俺は思わず目が奪われてしまう。
「そこですッ!」
甲殻の隙間、関節部分を狙ってアンリは槍を突き刺した。
槍を抜き、退くと同時に吹き出す大蟹の体液。
一撃を与えたアンリは、油断なく槍を構え直して間合いをはかっている。
> あのクリスタル・クラブとタイマンしてる……!
> かっこいい! 素敵です! アンリ様!
どうやら汚名は返上できたようだな。
そろそろ加勢してもいいだろう。
俺はペンタイプのレーザーポインターを取り出して、まるで銃を手にしたように大袈裟に構える。
> 出るか、パンダの科学兵器!
> もうちょっとアンリ様の勇姿を見ていたいんだけど
安心しろ、リスナーよ。今回の俺はあくまでサポートだ。
「出ました! 新兵器、電磁照射砲!」
黒乃の解説とともに、俺はレーザーポインターのスイッチを押す。
「照射!」
同時に小声で呪文を唱えた。
――追随する雷撃、ル・ヴェルデ。
低電圧の電流を相手にまとわせることで、動きを鈍らせる、優秀な補助魔法だ。
「これは、師匠の技……」
クリスタル・クラブの動きが鈍ったことに気づいたアンリが、すぐに攻勢に移る。
「さすがはパンダ師匠です。今が好機……参ります!」
背部と比較して装甲の薄い、大蟹の腹部。その中央の一点を目掛けて、アンリは渾身の突きを繰り出した。
「はぁぁ――ッ!」
衝撃で水飛沫が舞う。
彼女の内面を表すように真っ直ぐな一撃は、大蟹の殻を打ち砕いた。
鋭い槍に体を深々と貫かれたクリスタル・クラブは、ついにその動きを止めた。
> やったか!?
> パンダ・アンリ師弟、最高!
> ナイス連携
★【ミミズク】(¥50,000)今回も素晴らしい実験だった。これは研究費用に使って欲しい。
> この二人、やっぱり推せる……
「やったな、アンリ」
俺が手のひらを差し出すと、
「師匠……」
アンリがハイタッチに応じる。
まあ、俺のパンダの手ではあまり絵にならないのだが。
「さて、まだ奥へ続いているみたいだが……」
俺がそう口にした直後。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
鼓膜に叩きつけられるような地鳴りとともに、洞窟内が激しく振動を始めた。
「な、なんだ……?」
「地震……でしょうか?」
> 揺れてる?
> 地震だ!
> こっちも揺れてる
> 長いぞ。震源地はどこだ?
とっさに俺はアンリの体を支えて、収まるのを待った。
…………。
十数秒後、地響きが止んだ。まだ体が揺れている錯覚があるが、振動そのものは収まっているようだ。
アンリは……大丈夫そうだ。ちょっとだけ頬が赤い。
そうだ。黒乃は? 彼女は無事か?
「黒乃――」
振り向く直前、ドサッ、と背後で誰かが倒れた音がした。
黒乃だ。
彼女は水浸しの地面に横になって倒れていた。
「くろ……助手、大丈夫か?」
俺とアンリは慌てて駆け寄る。
> 助手ちゃん?
> どうした、何があったんだ?
> 放送事故
> 彼女、前も具合悪そうにしてたよね
> なんだ、今の赤い光……
かがみ込んで抱き上げると、黒乃は苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。
「ごめん……なんか、急に……頭が……」
そのとき、黒乃の瞳が紅く光った。
これは、この症状は――嫌な予感がする。
「すまない。配信を終了する」
俺はカメラに向かってそれだけ伝え、ドローンの電源を切った。
動画のコメント欄には、助手こと黒乃を心配する声が大量に流れてきている。
ほんのわずかに黒乃の素顔が動画に映ってしまったように見えたが、それを気にしている余裕は今はない。
俺はパンダ着ぐるみの頭部を外して、勇者の『真眼』を使って黒乃の状態を探る。
「魂が……弱り切っている」
黒乃は極限状態だった。ギリギリまですり減った魂。それに対し、魔力は暴走寸前なほど膨れ上がっている。
おそらく――このまま行けば、あと三日も持たずに黒乃の魂は消滅してしまうだろう。
「魂……? 師匠、黒乃先輩の身に、いったい何が起こっているのですか?」
ただならぬ様子を察したアンリが、心配そうに俺たちを見つめる。
俺だってわからない。前に調べた結果だと、黒乃の魂はあと一ヶ月は猶予があったはずだ。
もしかしたら、魔王の魂を目覚めさせようとするような力が――あるいは俺と黒乃のように、魂が共鳴するような何かがあるのだろうか。
このダンジョンや魔物ではない。もっと遠くの何かが。いったい何が……?
「……とにかく、いったん安全なところに移動しよう」
俺が黒乃を抱いたまま立ちあがろうとした、そのとき。
「……っ」
突然、彼女の体から強大な魔力の奔流が溢れ出してきた。
闇の魔力だ。
その力に触れた瞬間――。
『勇者ジェノ……』
頭の中に直接、声が響く。
これは。この声は――。
「……魔王、ヴェルヴェット……?」
俺がその声に応えると。
まるで霧がかるように、視界は闇に閉ざされていった。




