第19話 パンダと騎士のコラボ配信
水の流れる音が、暗い洞窟の中に小さく反響し続ける。
吸い込む空気は澄んでいて冷たい。壁や地面に生える光苔の煌めきに照らされた水路は、不思議なほど蒼い。
「ここが、清流の洞窟ダンジョンか」
パンダ着ぐるみをまとった俺がつぶやくと、黒乃も感嘆のため息を漏らした。
「綺麗な場所だね。……じゃあ、さっそく配信を始めましょう」
「ああ。こちらは準備OKだ」
「わたくしも……心の準備は済ませました」
アンリが最後に軽く深呼吸をする。
それを見守ってから、スマホを手にした黒乃がすらりとした指を三本立てる。
「3、2、1、スタート!」
黒乃はスマホをタップして遠隔でドローンに指示を出すと、配信が開始された。
俺たちTesting_Roomとアンリエット・N・白崎のコラボということで、すでに配信画面を開いて待機していたリスナーも多いらしい。配信開始と同時に、すごい勢いでコメントが流れていく。
> 待ってた
> パンダァァァ!
> クソチャンネル
> またアンリ様とコラボすると聞いて
★【ミミズク】(¥8,000)今回も期待
> 異色の組み合わせすぎるw
いつも通りのコメント欄。配信画面には、しっかりパンダ姿の俺が映っている。
それを確認したところで、黒乃が解説を始めた。
「こんにちは。Testing_Roomです。今回は、清流の洞窟ダンジョンを科学の力で攻略していきます」
> 助手ちゃん!
> かわいい。かわいい。
> 科学の力じゃなくてパンダの強さ
> 今回のアイテムも楽しみ
> 助手ちゃんは黒髪ロング美少女と予想
「今回の探索メンバーは、パンダくんと、助手の私……そして! 皆さんお待ちかねの大物ゲストが来ています!」
槍と盾を手に、鎧をまとった少女騎士の姿が、配信画面に映る。
カメラが向けられていることに気づいたアンリは、微笑みながら丁寧に一礼した。
「アンリエット・N・白崎でございます。この度はTesting_Roomのお二人にお誘いをいただき、馳せ参じました次第です」
> アンリ様ー!
> 美しい。絵画みたい
> 初見です。アンリ様が出ると聞いて来ました
直前まで緊張していた様子だったのに、実際に本番が始まったら堂々とした挨拶。おそらく今もドキドキとしているのだろうけど、それを表に出すことなく『白銀の騎士アンリ』という自分を演じている。
しっかりした子だと俺は感心した。
「改めまして、パンダ師匠……今日はご指導、ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします」
パンダ師匠?
> 師匠?
> アンリ様、パンダの弟子になったの!?
> パンダ師匠、爆誕!
確かに配信が始まったら俺のことはパンダと呼ぶように言ったけど、パンダ師匠ってネーミングはどうなんだ。
戸惑っている俺を尻目に、黒乃は解説を続ける。
「それでは、今日はこの三人のメンバーでダンジョンを攻略していきます。さっそく奥へと進んでみましょう!」
俺たちは湿った岩の足場を水路沿いに進み始めた。
しんと静まり返った洞窟内。実況・解説をする黒乃の声も自然と小さく低くなる。
やがて、道が二股に分かれた。
といっても、片方は水路の延長線上であり、完全に水没しているため、進める道は一択だ。
「泳いでいくわけにもいかないし、こっちの道を進もう」
「そうですね。わたくしも鎧を着たままで、水に入るのは危険ですから」
「カヌーとか持ってきたら、水路も進めたかな? どう思う、パンダくん」
そこで小舟という発想が出てくるのは、金持ちのお嬢様である黒乃ならではだろう。
「いや……足場のない水上で魔物に襲われたら不利だから。俺の着ぐるみくらいならどうにかなるが、鎧を着たアンリが水の中に落ちたら大変だ」
重要なことであるため、俺は丁寧に解説をした。
水上で敵に襲われる危険性は、前世で嫌というほど味わっている。
水中において人間は著しく行動が制限されてしまうが、魔物の場合はその限りではないからだ。
そして……濡れたら洗うのが面倒なパンダ着ぐるみにとって水場は天敵だったりする。
> パンダは水に落ちても平気なのか……
> 普通は溺れるだろ
三人は水路を進むことは諦め、岩場の道を進んでいく。
ずいぶんと平和だ。とはいえ、ここはAランクのダンジョン。魔物とのエンカウント率は低いが、出現する魔物の種類やトラップはかなり強力らしい。
進んでいくうちに、足元が湿っていくのがわかった。
水場だ。足首までもない浅瀬だが、こちらの道も見事に水没していて、足場はほとんどなかった。
「……やっぱり濡れるのか」
「ふふっ。パンダくんの着ぐるみ、また洗濯しないとね」
そう言いながら、黒乃は靴下を脱いで長靴へと履き替える。綺麗な素足がまぶしい。
アンリと俺は装備を変更するわけにもいかず、そのまま濡れながら進むことにした。
濡れそぼったパンダ着ぐるみの足。だんだん着ぐるみに愛着が湧いてきた俺にとって、心苦しい進軍だった。
そうして進んでいくと、一気に視界が開ける。
壮観だった。道幅とともに広くなった水面が、まるで鏡のように、光苔の明かりを反射して煌めいている。
「綺麗……」黒乃が感嘆する。
「はい。とても神秘的な光景ですね……」
だが、何かがおかしい。先ほどまでも水は蒼かったが透明度はしっかりあった。
こんな水底が見えないほど光を反射するものだろうか。
そう思った俺は魔力探知をする。
…………。
――なるほど。これもまたダンジョンのトラップだということか。
「二人とも、止まってくれ」
「パンダくん、どうしたの?」
「ここ、浅そうに見えて、かなり水深の深い場所がある。アンリ、ちょっと槍を貸してくれ」
「わかりました。師匠」
アンリから受け取った槍を水路に突き刺す。すると、何の抵抗もなくその切っ先は沈んでいった。
それどころか、槍を水底へ引きずり込もうとする水流の力すら働いている。
「……と、こういうわけだ」
「……こんなにも深い場所があったのですね。気づかずに落ちてしまうところでした。この罠を見抜けるとは、さすが師匠です」
ダンジョンの中には、一定期間ごとに敵やトラップの内容が変わるものがある。この『清流の洞窟ダンジョン』もその一つだ。
よって、いくらそのダンジョンについての情報を調べていても、罠にかかる危険がある。
とくにこのトラップは地味な割に――いや、地味なゆえに危険度は高い。
「どうやら下に向けて水流が発生しているらしい。もし足を踏み外したら、水底まで一直線というわけだ。気をつけて、俺の通った道をそのままついてきてくれ」
「うん……わ、わかった」
すると。
黒乃は俺のパンダ着ぐるみの尻尾を、ぎゅっと握りしめた。
「あの、黒乃?」
「だって……怖いから」
…………。
まあ、いいか。
カメラにはギリギリで映っていないみたいだし。
この水鏡の道を俺が進んでいくと、その真後ろを黒乃が続き、最後尾をアンリが槍の柄で足場を確認しながら続く。
> 助手ちゃんの手だ
> 尻尾握ってるのかわいい
> パンダ、なんでこのトラップ見抜いたの?
> 高額アイテムの魔力探知装置とかあるんじゃね?
やがて、また脇に水路が流れ始める。おそらく、先ほどの分かれ道の水路と合流したのだろう。
水のせせらぎをバックに俺たちは洞窟の奥を目指した。
そろそろ敵が出てきてもいい頃だろう。そんなことを考えていると、ふと俺は魔力の反応があることに気づいた。
いるな。これは水の中だ。
「静かな場所ですね。助手さんも歩き疲れたでしょうし、そろそろ休憩に――」
言い終わる前に、俺はアンリの体を引っ張り寄せた。
すると、直前まで彼女がいた場所に、蛇のような形状をした、透明な液体が叩きつけられた。
「魔物だ」
俺は端的に状況を伝えた。
姿の見えない魔物は、その透明な触手を水の中へと引っ込める。
するとその触手すらも完全に水と同化して視認できなくなってしまった。
> クリア・スライム。清流の洞窟ダンジョンに出現するスライム系の魔物。
有識者リスナーの解説がコメント欄に流れてくる。
なるほど。透明だから水中にいる限りは認識が難しいモンスターか。なかなか厄介そうだ。
「助手さん、下がってください。ここは、わたくしが……!」
アンリが水辺へ向かって槍と盾を構える。
「わたしは師匠のように魔力を追うことはできません。……しかし、相手が生き物である限り、かならず気配を発するはずです」
少女騎士は瞳を閉じた。
おそらく、精神を集中させて相手のわずかな物音などを探しているのだろう。
「……そこです!」
水中から、ふたたび触手が襲いかかる。
それをアンリは飛び退いて避け、逆に槍を触手に突き刺すが。
「……っ。やはり手応えがありませんか」
相手はスライム系の魔物だ。物理攻撃で倒すには、核を狙わなくてはならない。
またも沈黙。アンリは水辺から少し離れて、瞳を閉じて精神を集中させた。
すると、蒼く煌めく水路が大きく揺れ、巨大な波を作り出した。
いや、波ではない。あれは――。
「本体が出てくるぞ!」
姿を現したのは、水と同じ色をした完全に透明なスライム。
こいつがクリア・スライムか。それにしてもデカい。
またしても、クソデカスライムだ。
「来ましたね。知能の低いスライム系の魔物であれば、そろそろ痺れを切らす頃だと思いました」
スライムは巨大な全身を露わにし、アンリへと触手を伸ばす。
その攻撃をギリギリで避けながら、アンリはスライムの懐へと潜り込んだ。
半ば捨て身の攻撃だが、やられる前にやる作戦は悪くない。
だが、そのとき俺は重大な見落としに気づいた。
核が……ない?
「なっ……!?」
アンリも気づいたようだ。構えた槍が行き場を失って止まる。
その隙をスライムが逃がすはずもなく、アンリを取り囲むように透明な細い触手を伸ばした。
「あっ……」
液状の触手が白銀の少女に絡みつく。両手に、胸元に、腹部に、脚に、そして首や口元までも。粘性のあるスライムの体に全身を捕えられてしまえば、自力で脱出するのは困難だ。
「し、師匠の前でこんな……」
鎧の下にまとったインナーが、水で濡れてわずかに透ける。
必死に抵抗しようと身をよじっているが、もがけばもがくほど、透明な粘液は彼女の華奢な体を締め上げていく。
「ん、んんっ……!」
息ができず、液状の触手に体をまさぐられながら、アンリは苦しげな声を漏らした。
> クリア・スライムに核はない。物理攻撃は通らないから、魔法で倒すしかないぞ
有識者リスナーよ。それを早く言いたまえ。
動けない騎士少女を捕食しようと迫るスライムの巨体を見て、俺は急いでアンリの援護に入った。




