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第2話 解けた封印

 太陽が真上に昇り、少し傾き始めたくらいの時間帯。

 窓の外を見ると、桜の花びらはほとんど散ってしまっている。今年も春の終わりが近づいている。

 季節の移り変わりを感じるのが、俺は好きだ。それがこの日本という国のいいところだと思うから。


 授業はすべて終わっているため、もう帰っていいはずなのだが、教室の中はまだ賑わっていた。

 クラスメイトたちがそろって、結城黒乃を囲んでいるのだ。

 はっとするほどの美人な転校生。みんな興味津々のようだが、詰められている結城はたじたじになっている。


「どこから来たの?」

「えっと……東京のほうから……」

「え、新宿に近いんだ。大深淵が出現したとき、どうだった?」

「どうして澤木市に来たの? 親の仕事の関係?」

「えっと……私、体が弱いから……療養のため……」

「綺麗な髪だねー。トリートメント何使ってるの?」


 結城が目をぐるぐるとさせているのがここからでも見えた。

 助けてやりたい気もするが、俺にはどうすることもできない。


「ご、ごめんなさい……!」


 あ、逃げた。

 転校生も大変だな、と少しだけ同情する。それでも、あまり関わりたくないというのが本音だ。

 魔王に似たあの魔力は気になるが、今の――今世の俺には関係のないことだ。

 迂闊(うかつ)に関わると、ろくなことがなさそう。そんな予感がするからだ。


 ◆


 俺は荷物をまとめて、教室から廊下へと出た。

 部活や生徒会に関わりのない俺は、あとはこのまま帰路につくだけだ。


「それにしても……結城黒乃か」


 まさか、彼女は俺と同じ異世界からの――魔王ヴェルヴェットの転生者? そんな偶然、あり得るのか?


 口調はぜんぜん違うが、たしかにあの儚げな雰囲気は、どこか似ている。

 もし転生した魔王の魂が、いまだ封印されたままだとして、魔力だけ引き継いで生まれてきた……なんてことがあったりしたら。


 そこまで考えながら階段へと差し掛かったとき、前方から階段を上ってくる女子生徒の姿が見えた。

 結城黒乃だった。鞄を取りに戻ってきたのだろうか。

 無視して通り過ぎる……のは気まずいよな。いくら俺がモブだとはいえ、それはあまりに不自然だ。

 仕方がない。


「よ、よう」


 ぎこちなく挨拶すると、結城黒乃が顔を上げた。


「え、えっと……お、お、おなじ、クラスの……?」

「天馬真央だ。よろしく」


 モブとして最小限の挨拶をしたら、できるだけ関わらないように――。

 そのまますれ違おうとしたときだった。


「あ、待って……!」


 慌てて振り向こうとした結城黒乃がバランスを崩した。


「あ……」少女が階段から足を踏み外す。


 って、何やってんだ、こいつ!

 俺はとっさに彼女を抱き止めた。

 思わず発動してしまった身体強化魔法で、ちょっと人間離れした動きになってしまったが、緊急時だし仕方がない。


「ぅ……ありが……とう」


 そうして俺と結城が触れ合い、目が合った瞬間。

 ――バリン。

 と、鏡が割れるような感覚がした。


 フラッシュバックする前世の記憶。

 人々のために必死に戦い続け、ついに魔王に勝利するのだが、最後には仲間であるはずの人間たちに裏切られて、大切な者たちを失い、失意のまま死に至る。

 そんな勇者ジェノ・アウラーとしての人生が。


 あの絶望。人間たちの嘲笑。思い返すだけで吐き気がする。だから俺は、二度と誰かのために戦う勇者になんてなりたくない。


 黒乃の目が見開かれ、宝石のような瞳が俺を見つめる。

 その姿が、魔王ヴェルヴェットと重なった。


『勇者……ジェノ』


 俺の耳の奥に、あるいは頭の中に直接、魔王の声が響いた。

 まさか。

 この子は、本当に魔王の転生者だったのか……!?


「私は……」


 結城黒乃の瞳の色が、一瞬だけ変化する。紅に。魔王の色に。

 直後、強大な魔力とプレッシャーが彼女の体から放出される。


「なに……この記憶……私、こんなの、知らない……」


 結城は頭痛を覚えるように苦しげな表情で、頭を抱えてうずくまる。


「大丈夫か、結城?」


 結城の宝石のような瞳が俺を見上げる。

 一瞬だけ、その瞳が紅に染まる。

 そして――。


「いや……!」


 結城は俺の手を振り払って、すごい速さでそこから走り去ってしまう。


 俺はそれを呆然と見送った後に、やっと我に返った。


「……あれは……まずいだろ」


 彼女が本当に魔王の転生者なのかは、まだわからない。

 だが、仮に彼女が魔王の転生者で、いまだその魂が封印されていたとして。

 もし魔王ヴェルヴェットが本当に目覚めようとしているなら、その魔力の余波だけでもどれだけの被害が出るかわからない。


 杞憂ならいいが、さすがに放ってはおけない。


 俺は結城を追って階段を下り、校舎の外へと出た。


 ◆


「結城黒乃……どんだけ足速いんだよ」


 昼の街中。アスファルトの上を、俺は全力とまではいかなくても、それなりの速さで追いかけたのだが、結城黒乃には追いつけなかった。

 無意識のうちに、魔王の身体強化の魔法を行使しているのだろうか。

 それどころか、気配すら消えている。あれだけの強烈な魔力だったら、魔力感知のスキルで追えるはずなのだが。

 まさか、ダンジョンに入ったのか?


 そのとき、喫茶店の前を通行人たちが通りかかった。

 ……ほう。なかなかのモブ度だ。俺でなきゃスルーしていただろう。

 だが、前世の危険感知能力からか、なんとなく嫌な予感がして、俺は足を止めた。


「おい見ろよ。あの迷惑配信者のガドが、また何かやらかしてるぞ」

「うわ、女子高生追い回してる……最低」


 彼らの持つスマホから、その動画配信者のやかましい声が聞こえる。


『ヘイヘイヘーイ! 今日はなんと、この美人な女子高生(JK)を追って、立ち入り禁止ダンジョンに潜入しちゃいまーす♪』


 まさか。――いや、まさかだよな?

 妙に嫌な予感のした俺はスマホを起動し、動画配信サイトD-Castを検索。

 迷惑系動画配信者ガド。そのリアルタイム配信動画を起動すると、そこには地下街廃墟のダンジョンの中でカメラに追い回されている女子高生、結城黒乃の姿があった。


『ウェーイ! お嬢さん、どうしてこんなところに入り込んだのカナ? カナァ〜?』

『や、やめて……ください……』


 逃げ道を塞がれ、カメラを無理やり近づけられて嫌がる結城黒乃を、ガドが面白おかしく解説していく。

 あいつ、絡まれている……。いや、迷惑配信者のほうも、誰を相手に絡んでいるかわかっているのか?

 相手は魔王の生まれ変わりかもしれないんだぞ。


 面倒だ。面倒なことばかりだ。


 そのとき、動画の画面が――背景の空間が歪み始める。

 ゆらゆらと、ノイズを交えながら。さらに地響きも発生。


『ウェイ? 何が起こってるんだYO!』


 なぜラッパーみたいな口調になるんだ。

 それにしても、これはまずい。

 ――深淵だ。

 なぜこんな低レベルのダンジョンに深淵が?

 まさか、結城黒乃の――魔王ヴェルヴェットの魔力が深淵を呼び寄せているのか?

 画面を見ると、結城黒乃は怯えてパニックになっている。


「……ちっ!」


 舌打ちしながら、俺は魔力を足に集中させる。

 ヘルメスの靴。

 転生前の勇者の力、その一部を解放し、俺は常人を遥かに超えた速さでそのダンジョン『廃棄地下街』へと向かった。

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