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第1話 転校生は、魔王様?

 目の前にそびえ立っているのは、見上げるほど巨大な漆黒の巨人。Sランク探索者パーティすら全滅させる超強力な魔物だ。


 対する俺は――なぜか鉄パイプを片手に、目つきの悪いパンダの着ぐるみを身にまとっていた。


 着ぐるみの中に備え付けた小型モニターには、配信中の動画のコメント欄が高速で流れていく。


> やべーぞ! ヴォイド・ジャイアントだ!

> 深淵ダンジョンにだけ出現する、数多の探索者を葬った最上級モンスターじゃねーか……どうすんだパンダ


 ここは、深淵ダンジョン最深部。漆黒の空には星の代わりに毒々しい色のオーロラが、(とばり)のように流れている。地割れだらけの夜の砂漠に、巨大な暗紫色(あんししょく)の水晶を並べたような、禍々しい場所だ。


 大岩のような拳を振り上げる、深淵の巨人。その漆黒の外皮には、ヒビ割れのように青い光のラインが走る。


 対する俺は、その辺で拾った何の変哲もない鉄パイプに、勇者の魔力を使って雷の属性を付与する。


「パンダくん、ここで高性能スタンバトンを起動しました!」


 その様子を、長い黒髪の可憐な少女が解説する。彼女は黒乃。俺の助手という設定だ。

 直後、鉄パイプがまばゆいほどの雷光に包まれる。


> 出た、高額課金アイテム!

> 本当に魔法じゃないのか?

> あんな魔法は存在しない

> エフェクトやべぇぇ!


 チラリと背後を見ると、カメラドローンの範囲外で見ている黒乃がうなずいた。


「慈悲は不要……やれ」


 先ほどとは打って変わって、不遜(ふそん)な口調をする助手。


> 今の声、解説ちゃん?

> 魔王様www


 ネット弁慶な黒乃は、ときどきこんな魔王口調になるのだ。

 まあ、やれと言われたら仕方ない。


「雷光の一撃……ギガ・アステリア」


 マイクが拾わないくらいの声で、ぼそりと俺はつぶやいた。前世、勇者と呼ばれた俺の必殺技だ。

 強烈な雷をまとった鉄パイプを頭上に構え、振り下ろされる巨人の拳をひらりと回避しながら、俺は跳躍する。


 そして。


 雷鳴。雷光。一閃。

 ズシャアアアッ! という、およそ鉄パイプが発するものとは思えない轟音をかき鳴らしながら、俺は会心の一撃を深淵の巨人ヴォイド・ジャイアントに叩きつけた。


 余波だけで、背後の砂漠に一直線のクレーターが生じる。

 衝撃波が、周囲の空間と、黒乃の長い髪を揺らした。


 その絶大な威力の攻撃を受けた深淵の巨人は、砂嵐のような電子的なノイズを撒き散らしながら、モザイク状の粒子になって消滅。


「一撃です! 最新アイテムの力はすばらしいですねー」


 黒乃が解説を入れると、またコメント欄が湧き立った。


> 科学の力ってすげー!

> いや、パンダの身体能力、やっぱヤバくね?

★【ミミズク】(¥50,000)今回も見事な実験だった。

> アイテムすごいなー(棒)


 スパチャまで飛んだぞ。

 どんどん上がっていく動画の同時接続数を見て、俺はため息をついた。


 俺は、モブとして平穏な生活をしたかったのに。

 まさか、偶然撮影された動画がバズって、いつの間にか配信活動まですることになってしまうなんて。


 ……どうしてこうなった。


 ◆


 事の始まりは、数ヶ月前。

 まだ俺が平穏なモブ生活を送れると信じていた頃に(さかのぼ)る。


 登校時刻直後の、ざわついた教室。朝のホームルーム。

 窓の外は青空。教壇に立つのは、くたびれた中年の男性。クラス担任の竹尾(たけお)正則(まさのり)だ。


 そして、窓際の席でそれを話半分に聞いている茶髪の地味な男子高校生が俺、天馬(てんま)真央(まお)。異世界からの転生者だが、それ以外は取り立てて特徴のない一般人――少なくとも、そのつもりで生きている。


「で、あるからにして……」


 教壇に立った竹尾が、生徒たちを見回しながら退屈な演説を続ける。


「いいか。ダンジョンに入れるのは、探索者として資格のある者だけだ。お前たちは、勝手に入ろうとか思うなよ」


 十八年前、世界中に突如(とつじょ)として出現した無数の迷宮――ダンジョン。その危険性を説く。

 毎学期恒例の、耳にタコができるダンジョン安全指導だ。


「ダンジョン内では人を襲う生物『魔物(モンスター)』が出現することもあるからな。……先月も面白半分で動画を撮りに行った馬鹿がいたな」


 その話も、ニュースでさんざん聞いたものだった。

 プロの探索者が(おこな)っているダンジョン攻略の動画配信を、軽い気持ちで真似してみたのだろう。ちょっとした火遊びか、あるいは憧れか――。いずれにしても、今の俺には無縁の感情だ。


「万が一、ダンジョンが『深淵(アビス)』と化したらどうなるか。その結果が、禁足地である廃都新宿だ。……お前たちも、七年前の『新宿消滅事故』のことは覚えているな?」


 新宿消滅事故。その言葉を聞いた生徒たちがざわつく。


「……あれはヤバかったな」

「S級探索者の部隊(パーティ)が全滅したんだろ?」

「半径2キロが更地になったらしい」


 俺はあくびを噛み殺す。

 新宿か……たしかに関わりたくはないな。


 俺はモブとして、平穏な日々を生きるんだ。

 目立たず、波風を立てずに生きて、(たたみ)の上で老衰すること。それが、俺の夢。

 ダンジョンとか深淵とか、そういうものには近づかないのが一番だ。


 教壇に立つ竹尾が、こほんと咳払いをした。


「まあ、深淵の危険性については、またいずれ……。今日は転校生がいるから紹介しよう。入りたまえ」


 転校生という言葉に、またも沸き立つ教室。

 がらら、と教室の扉が開く。

 入ってきたのは、一人の少女だった。

 濡れたような綺麗な黒髪を、片側だけ上品に結った、まさに深窓の令嬢とも言うべき儚げな美人。


 クラス中から男女問わず感嘆の声が漏れる。

 だが、その美しい容姿よりも大きな衝撃を受けたのは、彼女の持つ桁違いの魔力量だ。

 そして、その絶大な魔力の性質には、はっきりと覚えがあった。


「魔王……?」


 そう勘違いするほど、これは……その魔力の波形は、転生前に『異世界アルトヘイム』で戦った魔王にそっくりだ。

 瞬間、心臓が飛び跳ねるように脈打つ。


「あの……結城(ゆうき)黒乃(くろの)です……よろしく、おねがいします……」


 転校生、結城黒乃が控えめな声で自己紹介をする。


 目が合った。


 愕然とする俺を見て、黒髪の令嬢はわずかに首をかしげる。


 このとき、俺は悟った。

 ……強い予感がした。

 ああ……俺の日常が、尊い平穏が、あっけなく崩れ去ろうとしているのだと。




 それが俺、異世界の勇者ジェノ・アウラーの生まれ変わりである天馬真央と、夜の帷と称される魔王ヴェルヴェットの生まれ変わりである結城黒乃の、最初の出会いだった。


挿絵(By みてみん)

パンダ着ぐるみを着た元勇者と、ちょっとポンコツな元魔王が送る、楽しくて熱いダンジョン配信の物語です。

ぜひ! 楽しんでいただけるとうれしいです!

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