第17話 勇者の雷光
血を吐きながらうずくまるアンリへと、深淵の蜘蛛たちが群がっていく。
そして、鋭利な鋏角が彼女に襲い掛かる、その瞬間――。
俺は稲妻のような速度で駆け抜け、雷光をまとった鉄パイプで深淵の蜘蛛たちを薙ぎ払った。
吹き飛び、怯む魔物たちの眼前へと。俺はアンリをかばうように立ちはだかった。
「……天馬、さん……」
呼吸すら困難なアンリは、息も絶え絶えに俺へと呼びかける。
「逃げて……ください……。わたしに、構わず……」
まったく。
俺は小さく苦笑しながら、アンリのほうへと振り向いた。
「天馬さん……!」
「真央でいいよ」
俺は鉄パイプを片手に構え、勇者の魔力を込める。
その激情を表すように雷光がさらに激しさを増す。
> スタンバトンだ……!
> 頼む、パンダ! アンリ様を助けてくれ……!
不安げなコメント欄。
その中に流れる、俺を応援する声が、確かに見えた。
さて。黒乃の魂は安定させたから、後ろの心配はいらない。
あとは――目の前の絶望を、力づくでぶち破るだけだ。
「まさか……戦う、つもりですか……?」
「ああ。……よく見ていろ、アンリ」
パンダの姿じゃあ、ちょっと格好つかないかもしれないけど……。
これが、本当の勇者の力だ。
移動速度を上げる特技『ヘルメスの靴』で急加速をし、群れの中央へと一気に飛び込む。肉薄。そして、稲光をまとった鉄パイプが、眼前に迫った深淵の蜘蛛を斬り裂いた。
ノイズと黒霧になって霧散する蜘蛛。
「まずは一体」
俺は飛び交う蜘蛛糸の隙間を縫うように潜り抜け、迫り来る脚部の一撃を身をひるがえして紙一重で回避。
反転する勢いを使って雷をまとった鉄パイプを一閃、深淵の魔物を粉砕する。
「これで二体」
俺は突進してきた蜘蛛の頭を蹴って踏み台にし、高く跳躍。
闘技場の天井付近まで到達すると、落下の勢いのまま上段に構えた鉄パイプを振り下ろす。
「これで、三体だ!」
落雷の一撃。
深淵の蜘蛛がノイズと黒霧を撒き散らしながら消滅する。
「……この、光は……」アンリのつぶやく声が聞こえる。
よかった。ちゃんと見ていてくれているようだな。
かすかに微笑みながら、俺は無数に迫る蜘蛛糸を鉄パイプの一閃で蹴散らし。
稲妻を撒き散らしながら。深淵の蜘蛛たちを次々に葬り去っていく。
残るは親玉を含めて、五体。
「……これで決める」
高く掲げた鉄パイプに、雷が落ちる。
これは――雷鳴轟くこの一撃は、前世における俺の必殺技。
「ギガ・アステリア!」
体を一回転させた俺は、その勢いのままに、まばゆいほどの雷光をまとった鉄パイプで薙ぎ払う。
閃光。轟音。
絶大な威力を誇るその一撃により、五体の魔物が同時に引き裂かれ、黒霧とノイズを撒き散らしながら消滅した。
◆
> すげぇぇ!
> なんだこれ……伝説ってレベルじゃないぞ
> 落ち着け、アイテムの力だろ? アイテムの……
★【ミミズク】(¥50,000)あまりの衝撃に、言葉も出ない。
雷の残滓がバチバチと宙を舞う中、俺は微笑みを浮かべたまま、アンリのほうへと振り返る。
アンリは瞳を震わせていた。
「これは……勇者の、光……」
なんて、綺麗。
アンリはそう小さくつぶやいた
天井付近にあった深淵の裂け目はすでに消滅している。新手も来る気配がない。どうやら、一件落着のようだ。
「よっと」
俺はひとまず、気を失っている黒乃のところに行って、彼女を抱き抱えた。傷つかないように、慎重に。
顔バレしないように動画の配信も終了して、パンダ着ぐるみも脱いだ。
着ぐるみから露わになった俺の素顔を、アンリは倒れたままじっと見つめていた。痛みで弱っているせいだろうか。熱を帯びた視線を、決してそらそうとはしなかった。
それから傷ついたアンリも抱えていこうと、歩み寄って手を伸ばす。
すると、彼女は重傷を負った腹部をかばいながら、自らの力でおもむろに起き上がって。
俺の目の前で、痛みに耐えながら、静かにひざまずいた。
「おい、あんまり無理は――」
「……完敗です。その心、技、力……感服いたしました」
「そう、か……。だけど、これもアイテムの力だよ」
俺が苦笑してみせると、アンリも清々しい顔で微笑む。
そこで、黒乃が俺の腕の中で小さくうめいた。
「あ、真央くん……」
「お、黒乃。気がついたか」
目覚めた黒乃を見て、アンリが穏やかな表情で言う。
「黒乃さん。具合はどうでしょうか?」
「う、うん……もう平気……ごめんね」
「いえ。大事なくて安心いたしました」
「え、えっと……うん」
何があったの? と黒乃が小声で俺に尋ねるが、とりあえず説明は後にした。
代わって、アンリが言う。
「あの……真央さん」
「ん?」
「その……どうか……」
アンリはわずかに言い淀む。
そして。
「どうか、わたくしを弟子にしてくれないでしょうか?」
「へ、弟子?」
俺は驚いて、声が裏返ってしまった。
「あなたのことを、師匠と呼ばせていただきたいのです」
「え、えっと、待ってほしいんだが……」
どうしたものか。俺が制止したからか、アンリは律儀にも静かに待ってくれている。というか、その跪いた体勢もだいぶつらいはずなんだが。骨とか内臓とか……よく見れば汗だくだし、ときどき痛みに顔をしかめている。
あまり待たせられなさそうだ。
「……さっきも言った通り、俺の力はあくまでアイテム頼りだぞ」
そうごまかすと、アンリはまた穏やかに微笑んだ。
「先ほどのそれが、本当にアイテムの効果なのかは定かではありません……ですが、あなたの心意気は、その力は、確かに本物でした。……どうか」
わたくしを弟子にしてください、と。
アンリは跪いたまま、深く頭を下げた。
すると、黒乃は小さく笑いながら。
「真央くん、なんだか懐かれちゃったね」
などと、呑気なことを言っていた。
……どうしよう、これ?
◆
そのときのTesting_Roomの配信は、アンリエット・N・白崎が認めた鉄パイプパンダとして、すさまじい反響を生み――。
俺たちの動画の同接数は12万人。チャンネル登録者数は100万人を突破したのだった。




