第15話 勇者への憧れ
広大な地下遺跡ダンジョンを、俺たちはさらに奥へと進んでいく。
「わ、わたくしは、まだ認めたわけではありません」
そう切り出したのは、俺たちの試験官でもある少女騎士のアンリだ。
「その、最新アイテムとやらのカラクリも、まだ見破っていませんから。わたしは必ず、あなたたちの強さのカラクリを暴いてみせます」
「そうか。でも、ちゃんと試験はしてくれるんだろう?」
「当然です」
当たり前のように答えたアンリの健気なほど真剣な表情を見て、俺は小さく笑みを浮かべた。
やっぱり真面目なやつだ。
パンダ姿の俺の隣を歩きながら、アンリが歌うようにつぶやく。
「強さとは清廉でなくてはならない。強さとは正しくなくてはならない。強さとは……実直でなくてはならない」
「……なあ、アンリはその年でAランクになるほどの実力なんだろう?」
「はい。まだまだ若輩の身ですが、Aランクという栄誉をいただいています」
「どうして……そんなに強さにこだわるんだ?」
他意はなく。俺はその強さの理由を知りたいと思った。
勇者ジェノが、転生前の俺が強さを求めたのは、ただ目の前の誰かを救いたかったから。その救うべき対象がだんだんと大きくなっていって、気づいたら世界の命運を賭けた戦いに挑んでいたわけだ。
アンリにも、何か強くなるべき理由があるのだろうか。
俺が尋ねると、アンリが銀鈴のような声でささやく。
「……笑いませんか?」
「内容によるな」
素直に答える俺に、アンリは少し迷った後に続ける。
「……わたくしは、勇者に憧れているのです。かつて、幼い頃に母に読み聞かせていただいた物語に出てくる、勇者に……」
ここではない遠い場所で。
世界を脅かす魔王を相手に、一人の勇者が戦いぬき、ついには勝利をもたらす。
そんな、ありきたりな空想の物語。
「……おかしいですよね。そんな御伽話に、いつまでもすがっているなんて。……それでも、わたしは勇者に恋焦がれてしまうのです」
「……そうか」
まったく。どことなく昔の誰かさんに似ていると思ったら――。
俺は小さく、かすかにため息をついて、ぼそりとつぶやく。
「勇者なんか、目指さないほうがいい」
「え……?」
そのとき、黒乃が俺たちの会話に入ってくる。
「どうしたの? 何の話?」
「いや、べつに。……ちょっとした世間話だよ」
まあ、そんな他愛ない会話をしながら、俺たちはダンジョンの奥を目指していったんだ。
◆
石畳の通路を抜けると、そこは巨大な競技場のような空間だった。
いや、競技場というより異世界アルトヘイムにあった闘技場によく似ている。
俺たちが今いるのは、観客席のような地点だ。あるいは、入場用の花道にも見える。
そして、闘技場の中央には、一体の魔物がいた。
筋骨隆々な巨大な体躯。通常のオーガよりもでかく、力強い。急所を守る鎧を着込み、その手には禍々しい大斧を装備している。
「これで最後です」
試験官のアンリが俺たちに告げる。
「……あのオーガジェネラルを、魔法を使わずに倒してください」
> アンリ様、魔法なしって言った?
> まあ最新アイテムで解決しているTesting_Roomには関係ないな
> オーガジェネラルは強敵だぞ
なるほど。アンリは今までの俺の力を魔法だと思っているのかもしれない。
まあ、ほぼ正解だ。
最初の電磁グレネードは実際に魔法を放ったわけだし、それ以外のときも身体強化の魔術を常に行使していた。
なら、今回は試験官の指示に従うとしよう。
「了解だ。スタンバトン起動」
パンダ姿の俺は、鉄パイプを片手で構えた。
勇者の力は使わない。
もちろん魔法じゃなくて最新アイテムの効果だと言い張ることもできるが、それはズルというものだろう。
そのまま跳躍して観客席から闘技場に降りると、俺の存在に気づいたオーガが突進してくる。なかなかの速さだ。
「来い」
俺は生前の記憶のままに、鉄パイプを剣に見立てて構える。パンダ着ぐるみのままで。
魔力による身体強化を使えないのだとしたら、久しぶりに本気を出す必要がありそうだ。
「……あの目、あの構え……。まるで……」同じく跳躍してきたアンリが、俺のほうをみながら、かすかにつぶやいた。
オーガの大斧が俺に迫る。
その動きを見極めた俺は、鉄パイプを使ってその大斧の一撃を受け止めた。
衝撃の強さを物語るように、轟音が鳴り響き、土煙が舞う。
力ではない。これは技だ。
強大な威力を受け止め、逸らし、そして跳ね返す。
「……っ」アンリが驚きに息を詰まらせる。「あんな鉄パイプで……オーガジェネラルの斧を受け止めたのですか……!?」
「これが最新式スタンバトンの力だ」
> 科学の力ってすげー!
> 科学の力?
> いつもの稲妻が出てねーぞ
> ショックアブソーバーとかいうやつ?
> いや、パンダの技量が並外れてる
斧を受け流した俺は、即座に跳躍。
宙を舞って鉄パイプをオーガの頭に叩き込む。
魔法で強化していない俺の身体能力は常人の域を超えないが、前世の経験からの技はある。
角度と力の入れ方。体捌き。その技術によってダメージを最大化し、効率的な防御ができる。
もちろん、一撃ではオーガジェネラルは倒れない。
大した頑強さだ。
ならば、無数の斬撃を浴びせるまで。
ズガンッ!
鉄パイプの一撃がまたも頭部にヒット。対するオーガの大斧は俺には当たらない。
ズガガガガガガッッ――!!
避けて、攻撃する。
これを相手が倒れるまで続ければ、どんな相手にも勝てる。
俺は空中を舞い踊りながら、もっとも効率のいい動きで鉄パイプをオーガの頭部に叩きつけ続ける。
その攻防を延々と続けるうちに、やがて……オーガジェネラルは倒れ伏した。
> すげぇぇぇ!
> オーガジェネラルに殴り勝った!?
> パンダの動きなんなの?
★【ミミズク】(¥50,000)全力で躍動するパンダ。いいものを見た。
「まさか……今の動き、打点や武器の強度まで計算に入れて……」
目を見開いているアンリに、俺はパンダ着ぐるみの中で肩をすくめながら答える。
「いや、ただアイテムが強いだけだよ」
オーガの頭部同様にボコボコになった鉄パイプを引きずりながら、俺は黒乃たちのところへと戻った。




