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第13話 Aランク昇格試験

 そうして、俺たちTesting_RoomのAランク昇格試験、その試験官をアンリが務めることに決定した。


 時刻は昼前。俺と黒乃とアンリは、ダンジョンの入り口で落ち合った。

 ダンジョンの外観は、古代地下遺跡といったところだろうか。入り口にはすぐ下り階段が続いており、どれだけの深さと広さがあるのか推し量ることは難しい。


「……これが、Aランクのダンジョンか」


 ランクが二つも上なだけあって、Cランクのものよりもずっと難度が高そうだ。出てくる敵も相応に手強いのだろうか。


 そうして遺跡を眺めていると、すでに準備を済ませていたアンリが俺たちに声をかける。


「Testing_Roomの天馬真央さん、結城黒乃さん」

「ああ」

「は、はい」


 呼びかけに応じて三人が集合すると、アンリは真摯な瞳を俺と黒乃に向ける。


 鎧を着込んだ彼女は、まさに騎士といった装いだった。

 動きやすさを損なわない程度に胸元を覆った(ハーフ)胸当て(ブレストプレート)。それに対し、ウエスト部分を覆っているのは薄いコルセットのような衣服だったが、魔力感知スキルを使うと、あれも防御力のある魔法の防具なのがはっきりとわかった。

 そして、頭部にはしっかり(ヘルム)も着用している。目元を守るバイザーは上げられているが、戦闘時には下ろして顔への攻撃をしっかり防御するのだろう


 全身、隙のない装備。

 まるで異世界アルトヘイムの戦士のようだ。

 その美しさに、懐かしさもあって、俺はつい見惚れてしまった。


「あらためまして、わたくしアンリエット・N・白崎が、あなたたちの試験官を務めます」


 白銀の少女騎士が胸元に手を当てて、丁寧にお辞儀をする。

 真面目だ。内心では俺たちのことをよく思っていないはずなのに。


 かと思えば、顔を上げた瞬間、キッと俺たちを睨みつけてくる。


「わたしが必ず、あなたたちの化けの皮を剥いでご覧に入れます」


 ……やっぱり敵意丸出しだった。

 俺は苦笑しながら、パンダ着ぐるみを取り出す。


「わかった……じゃあ行こうか」

「あ、ちょっと待ってください」

「……なんだ、まだ何かあるのか?」

「えっと、その……」


 アンリが、頬をわずかに桃色に染めながら瞳を背ける。


「……試験官のお役目を務めるのは、わたしも初めてなため、至らないところがあるかもしれませんが……どうか、ご容赦を」


 緊張しているのだろうか。

 やっぱり、真面目なやつだ。


 ◆


 遺跡ダンジョン内。石畳の廊下を、俺たちは進んでいく。

 道の左右に並んだ石像。モチーフは動物か、あるいは魔物だろうか。欠損が激しくて判別が難しいものが多い。


 ともにダンジョンに挑む、二人の少女へと俺は目を向ける。

 戦乙女のような凛とした騎士に、黒い髪の深窓の令嬢。遺跡という景観もあって、実に絵になる二人だ。

 そんな少女たちと並んで歩く、目つきの悪いパンダ着ぐるみの俺。シュールすぎる。


「それにしても……」黒乃がぽつりと口を開く。「まさか、彼女があのアンリエット・N・白崎さんだったなんて」


「知ってるのか?」

「うん。最年少でAランク探索者になった子だよ。その実力はSランクに匹敵するって。学年は私たちより一つ下だったと思う」

「そうか。すごいんだな、アンリ」


 すると、アンリは少しむくれながら言う。


「馴れ馴れしく呼ばないでください」


 俺は肩をすくめた。

 じゃあどう呼べばいいのか。

 白崎さん、か?

 でも俺の中ではアンリって名前で馴染んでしまった。今さら変更するのもな。


 などと迷っていると。


「あ。そろそろ配信を始めないと……アンリもいい?」と空気を読まない黒乃。


 アンリは露骨にため息をついた。


「……いいですよ。それが規則ですから」

「わかった。それじゃあ配信を始めるね」


 黒乃がカメラつきドローンを起動し、ノートパソコンから配信開始の処理をした。


「えっと……Testing_Roomへようこそ! 今回はなんと、アンリことアンリエット・N・白崎さんも私たちに同行しています」


 パンダ姿を映していたカメラのレンズがアンリのほうへと向く。

 すると、アンリは手で顔を隠した。


「あ、あまりカメラを向けないでください……っ」


 配信慣れしていないのだろうか。


 ◆


> マジか、あの白銀の騎士とパンダのコラボ!?

> ほとんどギルドのローカル配信しかしないという、あの人が……!

> 推しと推しが出会う時

> アンリ様ー!

> なんでこのクソチャンネルがアンリ様とコラボしてんの?

> Aランク試験、がんばって!


「今回はAランクのダンジョンだから、敵も手強いはず……気をつけてね、真央く……えっとパンダくん」


 こくり。

 俺は着ぐるみのままうなずいた。

 その様子を、アンリが呆れた顔で見守る。


面妖(めんよう)な……」

「でも、かわいいでしょ?」

「う、えっと……」


 黒乃の言葉を聞いて、アンリが俺を、すなわちパンダをまじまじと見る。


「まあ……その……かわいくは、あります」


 お前もか、アンリ。

 この目つきの悪い謎パンダの、何がそんなに女子を惹きつけるのだろうか。


「ですが……かわいいからといって、こんなふざけた探索者など認められません! 着ぐるみでダンジョン攻略なんて……今日はきっちりと審査しますからね」


 アンリはノートとペンを取り出す。真面目だ。どうやら不正をする気は微塵もなさそうで、試験官として安心ではある。

 そんなアンリだからこそ、ギルド支部長の柳田も、彼女を試験官に任命したのだろう。

 それにしても、アンリを見ていると……。


「……どうかしましたか?」

「いや」


 昔の俺――勇者ジェノと呼ばれていた時代を思い出して、こそばゆくなる。

 前世の俺もこんな感じだっただろうか。迷いはなく、自分の信じるものに一直線で。

 ……そんなふうに真っ直ぐであれば、きっとすべてが上手くいくと信じていて。


 などと感傷に浸っていると、前方から生物の気配を感じた。

 ああ、この感じは魔物だな。前世でも、よく覚えがあるタイプのやつらだ。


「いるな」


 ドローンに備えられたマイクが拾わないくらいの声でつぶやくと、黒乃とアンリが首をかしげる。


「どうしたのですか?」

「前方の角を曲がると、大部屋がある。そこに魔物の群れがいる」


 大きいのが二体。小さいのは、数えるのが面倒だな。


「……たしかに、かすかに気配を感じます」

「え、私、ぜんぜんわからない」


 アンリは背負っていた槍を手に持って油断なく構える。黒乃はまだ気づいていないらしい。


「まあ、まずは視認できるところまで行こう」


 俺が提案すると、アンリはうなずく。


「わたくしは試験官ですので、対処はあなたたちにお任せします。もちろん、危なくなったら手をお貸ししますが」

「それは頼もしいな」


 俺は先頭に立って歩いていく。二番手にアンリ。最後尾に黒乃だ。

 本当はアンリには黒乃の背後を守ってほしいが、これは配信の都合があるから仕方ない。黒乃はカメラの死角にいなくてはならないため、必然的に最後尾となる。


> なんか空気が変わったな

> 何が起こってるんだ?

> このパンダの歩法、達人のそれなんだが……


 大広間を覗き込む。

 そこには俺の予想通り、筋骨隆々の大きな体躯を持つ角の生えた魔物が二体と、小学生くらいの背丈をした緑色の肌の小さな魔物が大量に待ち構えていた。

 大きいほうがオーガ、小さいほうがゴブリンだ。


「さすがAランク、まだ入り口付近なのに盛りだくさんだな」


 隣でアンリが固唾を呑む。


「まさか、このような浅い場所に、これほどの数の魔物が出現しているなんて……」


 表情を見るに、どうやらイレギュラーらしい。

 黒乃の持つ魔王の魔力が影響してダンジョンが活性化しているとか? ――あり得ない話ではないな。

 俺たちの存在に気づいたオーガとゴブリンの群れが、耳障りな下卑た笑い声を上げる。


> さすがにあの数は厳しくない?

> パンダなら行ける


 カチャン。

 と、アンリは兜のバイザーを下ろした。

 その表情は見えないが、真剣な気配は伝わってくる。


「……仕方ありません。オーガの片方は、わたくしが引き受けます。あなたたちは、自力でもう一体のオーガを倒して見せなさい」

「その必要はない」


 Cランクの新人である俺たちには厳しいと思ったのだろうが、この程度の相手なら前世で何度も戦っている。

 一人で十分に対処できるだろう。

 そして、俺の力の言い訳に使うアイテムも、あらかじめ用意してある。


「本当ですか? あの数を……あなたが?」


 半信半疑のアンリに、後ろから黒乃が微笑みかける。


「大丈夫だよ。……私たちのパンダくんを信じよう」


 動画の視聴者にも語りかけるように。


> マジか。行くのか

> がんばれーパンダー!


「パンダくん、お願いね」


 こくり。

 俺はうなずくと、懐から一つの球体を取り出して、頭上に(かか)げた。

 これは。この赤と透明の二色に分かれて二分割できる球体は!


「あ! パンダくんが取り出したあれは、高性能電磁グレネードです!」


> どう見てもガチャガチャのカプセルwww

> 玩具(おもちゃ)やん

> 最新兵器だとしても、見た目どうにかならなかったの?

> 助手ちゃんかわいい、アンリ様(うるわ)しい……


 俺はそのカプセルを、魔物たちの中心目掛けてオーバースローで投げる。

 我ながら一切の無駄のない完璧な投球フォームだ。

 そして。


「……()(くう)を裂き地を穿(うが)つ漆黒の(いかづち)。――アト・ルオス」


 マイクが拾わないくらいの小声で呪文を詠唱。

 直後、耳をつんざく轟音とともに、雷光がゴブリンたちを包み込んだ。

 その威力は本物の落雷をも凌駕し、緑肌の魔物たちを一瞬にして焼き尽くす。


「きゃあっ!」黒乃が悲鳴を上げる。

「くっ」アンリも衝撃に顔を腕でかばう。


 雷光が収まると、そこには焼けこげて炭になったゴブリンの群れが残った。


 ちょっと、やりすぎたか?


 大広間の惨状を見たアンリが、驚愕に目を見開いた。


「こ、これは……」


 そして、大魔法の威力に怯んでいた黒乃が、はっと我に返って解説をする。


「か、科学の力です! これが最新式の消費アイテムの威力です!」


> あのサイズの電磁グレネードで、こんな威力出るのか?

★【ミミズク】(¥50,000)遺跡の壁が融解するほどの威力。そしてパンダの見事な投法。

> そのアイテム、俺たち底辺探索者にも売ってくれ

> いや魔法使ってただろ

> 科学の力ってすげー(戦慄)


 さすがに、この言い訳は無理があったか。

 ものすごい速度で流れていくコメント欄から、俺は目を背ける。


「アイテム……? ちがう、これは、そんなものでは……」アンリは愕然としていた。


 その震える瞳は、いまだ魔力の残滓が残る空間を凝視している。

 彼女はSランクに匹敵する探索者。さすがに気づかれただろうか。


 半身が焼けこげながらも生き残ったオーガの一匹が、なおも俺に果敢に挑んでくる。


「では、あとはいつものスタンバトンで……」


 パンダ姿の俺は、巨体の一撃を軽やかな宙返りで回避し、その勢いのまま鉄パイプを振り抜いて最後のオーガを倒す。

 その様子を、アンリは息を呑みながら見守っていた。

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