第11話 魔王様、レスバする
ダンジョン配信の後。土曜日の夕方。俺たちは黒乃の家で次の配信の打ち合わせをしていた。
黒乃はノートパソコンで何やら作業をしている。持ち運びに便利だから、デスクトップパソコンではなくこちらを使っているらしい。
「ねぇ真央くん、Wikiのコメント欄でも私たちのことが話題になってるよ」
「まあ……そうだろうな」
あまり見ないようにしているのだが……。
それでも多少は気になった俺は、Testing_Roomの話題について語り合っているWikiやまとめ記事の匿名コメント欄を覗いてみる。
> Testing_Room好き
> あのパンダ、中身は絶対Sランク探索者
> ただものじゃないのは確かだな
> なんで着ぐるみなんだろう
> 助手ちゃんかわいい推せる
> 賛否あるけど、俺は応援してるぞ
読んでいくと、意外と好意的な意見が多かった。
というか、一番多いのは俺の異様な戦闘力を考察しているコメントだったが。
> 0.25倍速で再生したけど、オーガを仕留めるときのパンダの踏み込み、マジで達人のそれだぞ
> 着ぐるみのせいで顔どころか体型も骨格も、関節の動きも見えないから特定は厳しい
> ふざけているように見せかけて、よく考えられた企画だよな
> あのパンダの反応速度、本当に人間か? 新種のモンスターが着ぐるみかぶってるんじゃないのか?
それから、黒乃のことも書かれていた。
> 陰キャを隠しきれてない助手ちゃんかわいい保護したい
> そんな助手ちゃんの、ときどき出る覇気のある声と口調好き
目立ちたくないという気持ちはもちろんあるが、応援してくれる人が多いのは素直にうれしいことだ。
だが、そんな和やかな雰囲気も最初のほうだけだった。知名度が上がってきたためか、最新の投稿では、あまり見たくないコメントも増えていった。
> どうせ合成映像だろ
> ヤラセ乙
> 【悲報】ギルド、こんなふざけたチャンネルを野放しにする
> クソ配信者
こういうシンプルな罵倒のようなものだったらまだいい。
だが、単純にそう切り捨てられないものもあった。
> こういうふざけた配信チャンネルがあるから、真似しようとするやつとか、ダンジョンを舐めてかかるやつが増えるんだよ
> 命懸けでダンジョンに挑んでいる人たちもいるのに……一度痛い目を見ればいいと思う
こういうコメントは、心に来る。
こっちも黒乃の命がかかっているから、やめるわけにはいかないが。
そうして匿名のコメント欄は、擁護派とアンチがぶつかり合って加熱していく。
そんな中で、非常に目立つコメントが現れた。
> 黙れ外道。助手はともかくパンダやTesting_Roomを批判するのは我が許さん
匿名コメント欄にたびたび現れていた、特徴的な口調。
ていうか、これってまさか――。
「おい黒乃」
呼びかけると、ノートパソコンにすごい速度でタイピングをしていた黒乃が、まるで人形のようにギギギギ……と、ぎこちなく振り向く。
「え、なに……?」
「これ書いたの、黒乃だろ?」
「な、なんのことであるか?」
「魔王口調が漏れてるぞ」
おずおずとこちらに向けられる宝石のような瞳。
それを俺がジトっとした視線で見つめ返すと、たまらず黒乃が目をそらした。
「ちょっとパソコン見せてみろ」
「い、いや! えっち!」
俺は黒乃と軽く揉み合いながら、隙を突いて素早くノートパソコンを奪い取った。
いくらきみが魔王の力を持っていようと、勇者の素早さに敵うわけがない。
そしてパソコンの画面を見ると、コメント投稿フォームに書きかけの文章が記入されていた。
『戯れ言を。Testing_Roomの魅力を見抜けぬとは目が腐っておるのか。半年ROMってr』
やっぱり自演じゃねーか!
ていうか、半年ROMっていつの時代のネット用語だよ。
「……これは?」
「うぅ……だって、許せないんだもん」
「だからって、リスナーとレスバしてどうするんだ」
黒乃は、ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く。
「黒乃」
「だって……」
「こんなことしていたら、いつかはバレるぞ? ただでさえネット上でのきみの口調は特徴的なんだからな」
頬に溜まっていた空気が抜けて、黒乃はだんだんとしゅんとしていく。
「自演がバレる程度ならともかく……最悪、ここから身バレでもしたらどうするんだ。今の平穏な生活が壊れるのは、俺は嫌だからな」
うつむく黒乃の瞳が揺れる。……ちょっと言いすぎただろうか。
でも、大事なことだ。
「……ごめん、真央くん」
「わかればいいさ」
素直に謝ってくれるなら、これ以上は言うことはない。
俺が笑ってみせると、黒乃もほっとした様子で微笑んだ。
そのとき、俺たちのスマホが通知音を発した。
探索者協会の専用アプリからの通知。ギルドからの連絡だ。
「なんだ?」俺はアプリを開いてメッセージを確認する。「えーと…………探索者パーティ『Testing_Room』に、特例でAランク試験を受ける機会を与える?」
メッセージの内容は、最初は事務的な挨拶から始まり、Testing_Roomの日頃の活躍への賞賛。そして、特例でAランクになるための試験を受けていいという打診の連絡だった。
まだCランクの俺たちにとっては、飛び級のチャンスだ。
「真央くん!」
「ああ。これはぜひ受けないとな」
黒乃を助けるためには、Sランク探索者になって深淵ダンジョンを攻略する必要がある。
俺たちの狙いは年間トレンド大賞だが、ランクを上げておけば、いざというときに正規の方法でのSランクを目指すこともできるし。そうでなくても、入れるダンジョンの種類が増えれば配信にバリエーションがつけられる。チャンネル登録者や同接数も稼ぎやすくなるだろう。
いいことづくめだ。
「じゃあ、さっそく、明日の朝ギルドに向かいましょう」
「ああ。こんなチャンス、滅多にないだろうからな」
◆
そんなわけで、翌日の早朝、俺と黒乃は探索者協会を訪れた。
もちろんAランク試験の申請のために。
……若干、俺たちTesting_Roomの配信には否定派も多いらしいが。
それでも俺たちは、晴れて実力(一応アイテムの力ということにしている)を認められたというわけだ。
黒乃の余命は、あと二ヶ月もない。それまでにSランクになって、深淵ダンジョンから深淵核を手に入れないといけない。魔王ヴェルヴェットの魂が解き放たれる前に。
早い時間だからか、いまだひとけの少ないギルド施設のロビーを進みながら、俺は隣を歩く黒乃に声をかける。
「黒乃……大丈夫か?」
「え、なんのこと?」
黒乃がきょとんと首をかしげる。
「その……体のほうは」
復活しかかっている魔王をその身に宿しているのだから、そうとう心身に負担がかかっているはずだ。
「うん。……ありがとう、真央くん。大丈夫。……ときどき頭痛がしたり、息が苦しくなることはあるけど……なんだか体力は前よりついた気がするの」
体調は優れないが、以前より体力はついた。
それは、魔王の魂と力が少しずつ馴染んできていることが要因だろう。
黒乃がときどき口調がおかしくなるのも、もとをたどれば原因はそこにあるのかもしれない。
魂の同化。
それは魔王の転生体である運命として仕方のないことだが、今のままでは魔王の強大な力に耐えきれず、完全なる同化を果たす前に、黒乃の体と魂が壊れてしまう。
それは防がなければならない。
「そうか。いずれにしても、急がないとな」
「うん。……いつもありがとう、真央くん」
「ま、俺は早いとこ平穏なモブ生活に戻りたいけどな」
「ふふっ、そうだね」
俺と黒乃が和やかに話しながら受付に近づくと、突如、前方から叫び声が聞こえた。
「そんな決定、わたくしは認められません!」
透明感のある、澄んだ声。
受付に向かって叫んでいるのは、白銀の髪を持つ少女だった。




