第10話 Testing_Room、好調
どうやらこの世界にも、勇者の伝説というものがあるらしい。
とはいえ、転生前の俺がいた異世界アルトヘイムのように、本当に勇者と魔王が戦ったわけではない。あくまで空想の世界の物語だ。
つまり御伽話。
ここではない遠い場所で、世界を脅かす魔王を相手に、一人の勇者が戦いぬき、ついには勝利をもたらすお話。
――当然ながら、俺はその物語があまり好きではなかった。
◆
数日後の放課後。俺と黒乃は、とあるダンジョンを訪れた。
もちろん配信をするためだ。バズってしまった俺の動画は――もはやどうにもならないほど拡散されてしまっているが。
当面は黒乃を助けるためにも、ダンジョン配信動画の同接数を稼がなくてはならない。
このダンジョンは、洞窟のような外観と内部構造をしている。出てくる敵はスライムが多いらしい。
俺のいた異世界アルトヘイムのスライムはかわいい雑魚キャラだったが、こっちの世界のスライムは普通にそこそこ強いらしい。というかエグい。強力なものだと、取り付いた人間の骨まで溶かして吸収してしまう種類もいるという。
パンダの着ぐるみを着てカメラの前に立った俺は、さっそく台本を読み上げる。
「えー、今日はこの高額の最新兵器、スライム溶解水溶液の効果を試します」
着ぐるみに内蔵された小型モニターに、リスナーのコメントが流れるように表示される。
> 相変わらず棒読みのパンダw
> どう見てもコンビニで売ってるただの水筒なんだが
> なんで重課金アイテムなのに容器だけ安物なんだよ
まあ、中身はただの水だからな。ツッコミはごもっともだ。
そんな荒れるコメント欄にめげずに、黒乃が解説する。
「で、出ました。大きい……スライムです。さあ、スライム溶解水溶液の効果は……?」
> やっぱ声かわいい
> 助手ちゃん好き
> 本当にあのサイズのスライムを溶かせる水だったら、洞窟自体が崩れそう
助手ちゃんとは黒乃のことだ。動画では声だけの出演だが、儚げな声と、ときどき魔王みたいな口調になる奇抜なキャラクター性で、彼女自身も高い人気を博していた。
俺は水筒をもたもたと準備する。べつにパンダ着ぐるみが邪魔しているから蓋が開けづらいわけではない。もちろん演技だ。
くそでかスライムが俺に接近してくる。
だいぶでかいな。色も濃い。スライムの中には服だけ器用に溶かす種類がいるらしいが、これは人間の骨まで溶かすタイプな気がする。
手が届く距離まで接近を許した俺は、慌てふためいて水筒の蓋を開けて、水を振りかける――ように見せかけて、即座に拳を超高速で振るい、スライムのコアを砕いた。
> スライムが消えた!?
> インチキだろ。それか合成映像。
> いや、なんか拳圧で吹き飛んでいないか?
くそでかスライムを撃退した俺は、すかさず水筒をかかげて解説をする。
「そう。これが高額課金アイテム……スライム溶解水溶液の力。科学の力です」
するとコメント欄がすごい勢いで流れ始める。
> 科学
> い つ も の
> ただの力技にしか見えないんだが……
★【ミミズク】(¥50,000)スライムに対する適切な対処。今回も見事な実験だった。
> 科学の力ってすげー(棒)
そのとき、背後から新手の魔物が近づいてくる気配をはっきりと感じた。
> おい、今の騒ぎで新しい魔物が来てるぞ
> ミノタウロスじゃねーか! なんでこんな低ランクのダンジョンに!?
> やべぇぞ!
「あ、邪魔ですね」
ドゴォォォン!!
俺はノールックでミノタウロスを撃退。すると、コメント欄がさらに加速する。
> !?!?
> なに今の?
> 出た! パンダの伝家の宝刀「邪魔ですね」
> 今、ミノタウロスいたよな?
> 中の人強すぎだろ
やべ、またやりすぎた。
「あー、今のは……アイテムの……」
コメントは止まらない。同接数も上がり続ける。
助手という設定の黒乃が、少し焦りながら解説をする。
「こ、これで今回の実験は完了です! いやー、うまくいきましたね〜」
◆
俺と黒乃の配信チャンネルは、パンダの正体をガチ勢が考察するおもしろ検証チャンネルとして、多少は怪しまれながらも、同時接続数もチャンネル登録者数も日毎に上がっていった。
だが……。
> こんなふざけたダンジョン探索、私は認めません
この頃からだろうか。少しずつ、不穏なコメントも増え始めた。




