表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼き月夜の鎮魂歌  作者: 蒼月さくら
8/14

 本当にそれだけでいいのか?

 だってお前は色んなものをたくさんくれた。だから俺も同じだけ返したいのにそれをしようとするとお前は困った顔をする。

 狼型魔獣は人間と同じで感情豊かな種族だといわれているけれど人間ほど複雑な感情はない。褒められれば嬉しいし遊んでくれれば楽しい。怒られたら悲しい理不尽な事をされたら怒ったりもする。でも桜架が言ってた寂しいとか嫉妬、恥ずかしいっていう感情はいまいちよく分からない。

 なぁ、桜架。どうしてお前はやってみたいことやしてほしい事は遠慮なく言っていいって言ってくれるのに頼ってくれって言ったら困った顔をするんだ?

 俺はただ、お前の役に立ちたいんだ。俺にとって桜架は双子の兄弟みたいなもんだから。いつも一人じゃ抱えきれない荷物を持って頑張ってるお前の力になりたい。だからもっと頼ってくれたって構わないんだぞ、桜架。

「ラクス、眠くなった?」

 知らない間にうとうとしていたらしい。

 まるで幼い弟を寝かし付けている兄のような顔をして頭を撫でてくれる。人化の方が色んな事をさせてくれるから人化してる方が多いけど本来の姿になるとこうして沢山、撫でてくれるから獣化の方が好きだ。

「……桜架、元気になったら一緒に昼寝したい。もうすぐお前の好きな花が咲くからその花が咲いてるところで」

「そう…だな。師匠に交渉してみようか」

 ふわぁ…と大あくびをして言うと桜架は目を丸くしてそれからクスリと楽しげに笑って頭の上をポンポンと撫でてくれた。俺も寝るから避けてという合図だ。

 心音も脈も聞き慣れたリズムを刻んでいるからもう発作を起こすことはないだろうと引っ付いている間に付いた大好きな桜架の匂いに包まれて眠った。

─頼ってくれ…か

「それが難しいんだよ、ラクス」

 くぅくぅと巨体に似合わず可愛らしい寝顔で眠る狼に聞こえていないであろう呟きを溢す。

 ラクスは人化している時は大人びていて兄さんに似た雰囲気を出すのに獣化すると動物のサガなのか主人である俺にこれでもかと甘える。話し方も少しだけ幼くなっているような気がしなくもない。俺達が双子ならどっちが兄で弟だろう。もしかしたら世話の焼ける兄としっかり者の弟かもしれない。

─今度、聞いてみようかな…

 隣…ベットの下で相棒が眠っているからだろうか。さっきまで訪れる気配すらなかった眠気に俺は小さなあくびをする。

 発作を起こした日は悪夢ばかり見るけど今日は優しい夢を見れる気がする…そんなことを思いながら俺は自分の体温ですっかり暖まった布団に潜り、再び目を閉じた。


***


 誰かに呼ばれるわけでもなく自然と目が覚めた。

 そこに広がるのは大きく立派な樹。濃い八重咲きの花弁を咲かせるその樹は何千という花を重そうに下げている。八重紅枝垂れという名の卯月中旬に咲く桜の品種だ。

 八重紅枝垂れを囲うように廊下があり、その一角に寒くないよう厚着をした幼い俺が蒼くて小さな蝶を飛ばして遊んでいた。

 俺の記憶が正しければここは胡蝶一族が所有する屋敷…の中庭。幼少の頃、母を亡くして月詠での居場所を無くした俺は父がいる胡蝶へと預けられた。

 まぁ、暗殺を生業とする一族に預けられたところで虚弱な俺に居場所があるわけもなく父と異母兄弟の紫架あすか兄さん、胡蝶が所有する土地に棲む精霊や幼精─精霊の幼体のことだ─くらいしか一緒にいてくれる人はいなかったけれど。

「大人しく遊んでたみたいだな」

ととさまっ!」

 頭の上から降ってきた声に幼い俺は蝶で遊ぶのを止め、顔を上げると、そこにいたのは洋服…ではなく男物の着物を着た濃い紫髪の男。俺の父だ。紫の髪は短いが目は俺と同じ切れ長で端正な顔立ちをしている。疲れた顔をしているのはきっと幼い俺の為に時間を作ろうと頑張ってくれているからだ。

 父は当主ではなかったけれど忙しい身だったし紫架兄さんは次期当主として日々厳しい修行をしていて週に一度しかない休みの日じゃないと起きている間に会えなかった。最初は寂しくて寂しくて良くないモノまで寄せ付けてしまって困らせていたっけ…

「父さま、お仕事終わった?」

「終わってはいないが相談役ジジィ共を黙らせてきた。終わるまでもう少しあるけど中庭ここでのお留守番は今日で終わりだ」

 今日は良くないモノは寄せ付けてないな?と父がからかうと幼い俺は中庭でするお留守番が今日で終わるのが嬉しくてぎゅうぎゅうと父に抱き付いて小さな頬を膨らませ、そんなことをしたら桜が散っちゃうでしょ!と怒った。

 あんな可愛らしい事をしていたのか、俺は…と八重紅枝垂れの樹から幼い俺と父を見てクスクスと笑う。幼い俺と父には半透明と化した十八の俺は見えないだろうが何とも不思議な気分だ。

「寂しかったけど一番、幸せだったんだよな。この頃が…」

 丈夫そうな枝に腰を下ろして誰にも聞こえない声で呟いた。

 今が不幸だと思った事はない。血の繋がりはないけど家族も兄のような弟のような相棒だっている。

 それでも…もしあの日町に出掛けたいなんて願わなければ俺が外にある物を強請ねだらなければ人攫いに拐われて違法研究施設に売り飛ばされる事もなかった。俺という存在が胡蝶での父の立場を壊し兄を地獄へ落としたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ