六
─何をまたうじうじと考えてるんだ、こいつは…
人が完全に寝入っていないことにも気付かず、ふにふにツンツンと頬を弄るラクスに俺、桜架は狸寝入りをしたままアイツとの感情をリンクさせる。
表面上に浮き出ているのは頼ってくれない寂しさとクロノスやリリィ姉さん、師匠への嫉妬。俺としては頼っているつもりなのだが、あまり口に出していないせいで頼られていないように感じている…らしい。
契約精霊となった使い魔はある程度、契約者の記憶、感情、任意で知覚を共有する事が出来る。
あまり口に出すことが得意じゃない俺は大いに助かっているのだが、それが逆にラクスの不安を煽ってしまったようだ。
「お前は群れから外された狼が憐れで契約したのかよ…」
不安を取り除いてやろうと目を開けようとした矢先に聞こえた爆弾。分かりやすい頼り方をしない俺も俺だけど仲間外れにされた巨大な狼が可哀想だからって契約するほど博愛主義じゃないぞ、俺は。ていうか、いつまで人の頬を突いて遊んでるんだ、お前。
狸寝入りを止めてそんなわけないだろと口に出すと思っていたより声が掠れていて自分でも驚いた。
先生が調合してくれる薬は口直ししたくなるくらい苦いけど、とてもよく効く薬だ。その分、副作用もあるし値段もそれなりで多分、特務にいなきゃ賄えないくらいの額はする。それくらい薬に頼らなきゃ、この世界で生きていけないんだ。
自分のエゴすら満足に叶えられないひ弱な体につくづく嫌気が差す。
「は、桜架。起きてたのか?」
「けほっ…あれだけ突かれりゃ誰でも起きるって」
諜報にいるバカならいくら弄られても寝てる気がするけど…というのは口に出さず薬瓶の隣に置かれた水のボトルを手に取って少しずつ飲む。
飲み物くらい自由に飲んでも良いんじゃないのかと思うかもしれないが一気に飲むと思いっきり噎せる。大分前の話だけど喉が渇いたから一気に飲んで噎せに噎せて発作を起こした挙げ句、先生に死ぬほど怒られた。普段は優しいけど怒ったら凄く怖いんだ、あの人。今は虚弱ながらも鍛えてるから同じ事をしても大丈夫なのだろうが気を付けるに越したことはない。
「……」
「不安にさせちゃったな、ラクス」
知らない間に月牙大狼本来の姿─薄い青みを含んだ白銀の毛と鮮やかな水色の瞳を持つ二メートルほどの大狼─へと戻っていたラクスを見やりボトルを宮棚に置いてワシャワシャと撫でた。
大型の肉食獣と然程、変わらない巨体は同族の中ですら大きくで異端だと群れから距離を置いて着いて行き、分け与えられる筈の餌も自分で獲っていた。ここまではコイツがラクスヴィエトになった時、リンクした記憶で見たラクスの過去だ。
その過去が起因しているかは分からないがラクス…ラクスヴィエトは疎外される事を嫌う。一人が嫌というよりは雪月花─俺が所属するギルドの名前だ─という群れの中で自分だけ役目がない事を良しとしていないように思う。
現に俺が任務に出ている間、師匠やリリィ姉さんの手伝いをしに行っている。直接渡すと遠慮して受け取ってくれないからと任務成功報酬とは別にシアを預かっている。
とは言っても元が獣だったラクスヴィエトが人間の金の使い道が分かるわけでもなく一緒に出掛けた時、ラクスが欲しい物を買う時、使い方を教えつつ預かっている財布から出しているに過ぎないのだけど。
それはさておき──
「……分かってるのに何で頼ってくれないんだ」
ラクスが何もなく本来の姿に戻るのは触って欲しい時や甘えたい時、そして抑えている本音を言いたい時だ。
本人いわく、人化していると少なからず“ヒト”としての理性が働くようで言いたい本音もなかなか言えないのだという。それを遠慮というのだがコイツがそれを知るのはまだ先だ。
「お前は俺の気持ち…感情が分かるだろ。それだけで助かってるんだ。俺は口下手で頼り方も知らずに育ったから俺が抱えてるものとか俺が気付いていない事とか言ってくれる。師匠やクロノスに伝えてくれる。それで十分なんだよ、ラクス」
吐露された不安…否、不満に俺は困った風に笑って顎下や首回り、耳の後ろを撫でてやりながら言う。
ラクスヴィエトも月牙大狼の中でその巨体ゆえに異端とされていたが俺もまた一族の中で異端とされていた。巫女の血筋である月詠と暗殺を生業とする胡蝶の間に生まれたからだ。母が宗家ということもあって疎まれこそしなかったが腫れ物のように扱われ、母が亡くなってからは父の元へ預けられた。父と兄は俺を胡蝶の一員として認めてくれはしたがやはり処遇が良くなることはなく父や兄に連れて行ってくれる場所以外には出掛けた事はなかったし出掛けられなかった。
母からも父からも疎まれて幼体期を過ごしたラクスヴィエトよりは恵まれた環境にいたのかもしれないけれど似たような境遇のラクスなら契約精霊として俺の家族として傍にいてもらえると契約したのは単に同族意識が沸いたからかもしれない。
ある意味では憐れみよりもっと面倒な感情で群れから外された月牙大狼にラクスヴィエトという名を与え、傍に置いているのだ。




