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蒼き月夜の鎮魂歌  作者: 蒼月さくら
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─また、呆れて心配するんだろうな。アイツらは…

 脳裏を過るのは月のような優しさを持つ不器用で甘えん坊な使い魔と御曹司のくせに粗暴で大胆な面倒見の良い友人の姿。

 俺は腰に付けたベルトポーチから難解な紋様が刻まれた楕円形の玉髄を出し、足元に放るとそれは“石”であったことを忘れてしまったかのように液状化しやや透明度のある鮮やかな水色の輝きを放つ泉にも似た水溜まりへと変化した。

 転移という移動用の術式が彫り込まれたそれは一般的に術具と呼ばれる術師が使う道具の一つであらかじめ、術式を書き込んだり彫っておけばそれに見合う魔力を流すことで発動する。他にも攻撃や捕縛、防御など瞬時に使いたい術を形にしておくことで詠唱時間を短くしたり不意打ちをしたりと便利な代物だが俺の術は特殊なものが多く形に出来ない為、不意討ち用は持っていないが一種の移動手段として転移式を一つと他にも捕縛術を彫り込んだビー玉サイズの石を入れている。紙が媒体であれば使い捨てになるが木や石、高額にはなるが魔力を持つ宝玉などに彫れば繰り返し使うことも出来、術式を彫れない人でもギルドや専門店に行けばそれなりの値段で売ってくれたり作ってくれたりもする。簡単な術なら自力で作れるが高度な術の術具を作ろうとすればそれだけの腕と知識がいるので、それを生業とし商売する人もいる。そういう人の事を彫刻師と呼び一応、資格もある。

「久し振りだな、転移石これ使うの」

 俺の魔力を十分に吸った水溜まりは淡い光を放って俺が入るのを待っている。

 いつもなら月の満ち欠けによる体調の変化を常に頭に置いて任務しごとをしているので転移石─転移の術式を彫り込んだ石の事─を使うことは滅多にない。それこそ、今日のように意地になって精霊を殺した奴を探そうとしなければ自力で転移式を組み帰宅している筈だからだ。

 俺は少しでも頭痛と目眩が治まっているうちにとゆっくり立ちあがり、そのまま直径九十センチ─成人女性が使うフラフープくらい大きさ─の泉の中へと入った。シルクに包み込まれているかのような心地好さに意識が遠退くのを感じながら目を閉じた。



 桜架が姿を消してから数分としないうちに静かな森に変化が起きた。木々の影からスーッと幽霊が現れたかのように人影が現れたのだ。

 足首程もある一点の光もない漆黒のフーデットコートを着た濃く鮮やかな紫髪の見た目からして十代の後半か二十代に差し掛かった辺りだろうか。どこか幼さが垢抜けない青年だ。彼の周りには紅い蝶がひらり、ひらりと飛んでいて夜空を写し取ったような瑠璃の瞳は優しそうな光が灯っている。

─相変わらず、詰めの甘い…

 ひらひらと一匹だけ取り残された蒼い蝶が指先に止まると紫髪の青年は蚊の鳴くような音量で何かを呟き、紅い蝶へと変えて放す。不思議なことに何かを探すように彷徨う事をしなくなり彼が元々、放っていた紅い蝶と共に彼の周りを飛び始めた。

 彼が使ったのは“転化”と呼ばれる属性を持たない補助系統の使役術。他の術者の式を自分の物にする為に使う術だが他人の式に込められた魔力を上書きしなければならない為、誰でも使える術ではない。使うには相手と同じかそれ以上の魔力がないと上書きが出来ないからだ。

「……俺が来てなきゃバレてるぞ。桜架」

 フッと困った風に苦笑いしてコートと同化しているベルトポーチから澄みきった紅い宝玉、尖晶石を空高く放り投げる。それが使用する為のトリガーだったのか尖晶石から真っ赤な炎が溢れ出て青年を包み込む。

 炎に熱というものがないのか包まれているにも関わらず火に焼かれる悲鳴が聞こえず、木々に燃え移る気配がない。

 赤々と燃える炎が自然に消えるとそこにいた筈の青年の姿はなく、最初から何事もなかったかのように静まり返っていた。



「──っ…はぁ…ぅ…」

 転移石で直接、自宅に戻って来た俺は任務用のコートを脱ぎ捨てて崩れ落ちるようにベットへ横たわる。

 万力で締め付けられているような頭痛と耐え難い目眩。俺は浅い息を繰り返し、ごろりと仰向けになって目の上に腕を乗せた。悪化しないうちに帰って来たつもりが転移石に込められた魔力そのものに充てられたらしく軽い魔力酔いも併発している。唯一の救いは吐き気がない事だが、世界が回っていると勘違いしてしまうほど酷いなら吐けた方が気持ち的に楽だ。

─最悪…

 はぁ…と再び重くて長いため息を吐いた。

 魔力酔いはまだ魔力が覚醒していない子供や極端に魔力が枯渇している時に起こる一種の中毒症状の事。発症すると頭が重く感じるようになり頭痛、生唾、あくびと症状が現れ、そのまま放っておくと吐き気、顔面蒼白、冷や汗、手足の冷感を経て嘔吐する。早い話が乗り物に酔った時と同じ症状が出るのだ。

 まだ魔力の扱いに慣れていない子供に出やすく魔力に慣れれば慣れるだけなりにくくなるものだが、うっかり魔力を使い過ぎて道具に込められた魔力に充てられるということも何ら珍しくはない。

 俺が掛かり付けにしている癒師によれば、術師として一人前と認められる十八歳前後が一番、発症率が高いそうだ。今年で十八になる俺もドンピシャ…なのだろうが自業自得なので呆れ果てられるだけでカウントはされないだろう。

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