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蒼き月夜の鎮魂歌  作者: 蒼月さくら
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『巫女さま…』

「喋んな。今なら毒を消して癒せる」

 俺は氷壁の範囲を広くし、蒼桜刃を地に置いて痛みに顔を歪め辛そうに横たわる亡霊の傷を診る。解毒は出来ないが簡単な治癒術なら使える。精霊に対する毒は命を脅かす物ではなく存在を穢すタイプが多い為、ナイフさえ抜いてやれば月光雪花の光で毒は消えるだろう。

 月光雪花に包まれれば浄化される日まで目覚めることはなく身動きも出来ないがそれは俺が持ち帰って守ってやれば済む話だ。

『巫女さま…わたしは亡霊に戻りたくありません…だから…』

「──っ!」

 耳元で囁かれた頼みに俺は目を見開いて亡霊…否、闇精霊を見る。彼女の頼みは人間でいう殺してほしいという願いと同意義である核の破壊。

 精霊という種族は寿命を全うし自然へと還り永い年月を経て再び精霊へと生まれ変わる。しかし、それはあくまでも核を破壊されずに寿命を全うした精霊だけ。全うする前に核を破壊された精霊は冥府へ逝く事は出来てもこの世に生まれ変わる事は出来ない。永遠に冥府へ繋がれたままになるのだ。

『おね…ガ…い…みこ…サ…ま…』

 ざわざわと彼女の体を包む靄が触手へと形作っていく。このまま放っておけば確実に亡霊へ堕ち、今度こそ消滅させなければならないモノへと変わってしまうだろう。そうなれば旋飄刃で削り氷壁牢で動きを止め、夢幻蝶を視せても彼女に良心が戻ることはない。月光雪花を使っても封印することになるだけで送ることは出来なくなってしまう。

「っ!」

 俺は数秒の葛藤を押し込め、意を決して蒼桜刃を彼女の心臓部に突き立てる。

 まもなく満開に咲く桜に棲む精霊だったのだろうか…元は綺麗なほんのり紅がかった白─薄桜だったであろう彼女の核はパキリ、と音を起てて俺が突き立てた場所から少しずつ皹が走り、やがて色を無くして砕け、同時に闇精霊の姿も消えた。

「くそっ! 助けようと思えば助けられたのにっ!」

 己の無力さに俺は自分の拳が痛むのも構わずダンッと樹齢何十年かになる木を殴る。

 面倒臭がらず最初から交戦していればもっと早く雪花を使えた。気を抜かずにもっとちゃんと辺りを警戒していれば救えた命だったのだ。救えた命を救えなかった事が悔しくて不甲斐なくて泣くことしか出来ない自分に腹が立ち、また殴ろうと拳を作り…力なく振り下ろした。

─こんなコトをしたってあの子は還ってこない

 苛立って八つ当たりをしても、この森に棲む精霊や幼精を恐がらせるだけだ。もしかしたら森を傷付けられたと勘違いして負の感情に囚われてしまう精霊だっているかもしれない。

「…我が身に宿りし蒼き蝶よ、この地にそぐわぬ悪しき者を見付け出せ──《探蝶たんちょう》」

 俺は己の中に渦巻く不甲斐なさと悔しさによる苛立ちを心の奥底に押し込み、片手半剣を維持する為の魔力が切れたのか腰刀─短刀に戻った蒼桜刃を苛立ちを振り払うかのように振り抜いた。

 夢幻蝶を使う際に放った蝶よりも小さな五ミリ…五シア硬貨の真ん中に空いた穴程の大きさの蝶が無数に舞う。

 かつての千花国では“円”が通貨だったのだが様々な国との交流、貿易をスムーズに進められるよう大陸に合わせて通貨を変えたらしい。らしいというのは変わったのが俺が産まれる前で直接、耳にした情報ではないからだ。

 ちなみに千花国の金は一、五、十、五〇、百、五百の六種類の硬貨と千、二千、五千、一万の四種類の紙幣が存在し都心から離れた所謂、集落や村、貧困街スラムになると物々交換になったりするので一概に金が全て…というわけではない。

 かく言う俺も千花国の首都紅露(こうろ)を出て遠く離れた村や集落に行くと金銭取り引きではなく物々交換する事の方が多いくらいだ。実質、首都の中でしか金銭の取り引きはされていないと言っても過言ではない。

 閑話休題

 淡く輝きながらひらり、ひらりと空を舞いこの森にいてはならない者─精霊に止めを刺した人間を探している。

 俺が使役する式の蝶は様々な効果を持つ鱗粉を持っている他に世界に分布する蝶と同じ驚異的な視野の広さと動体視力を持つ。どこに隠れようと早く動こうと俺が使役する蝶から逃れる事は出来はしない。

「……ぐっ…」

 蝶を放ってからどれくらい経っただろうか…。無数にいた蝶達は何も見付けられなかったと言わんばかりに俺の魔力へ還り眠りにつく。もっと言えば俺の臍部さいぶの右側に浮き出ている胡蝶の紋章に戻っているだけなのだが、魔力が還ると同時に襲い掛かる莫大な情報にぐらりと体が揺れ、俺は近くに生えた樹に手を付いて倒れるのを防いだ。

 式に視野の広さと動体視力が売りの蝶を使う術師にとって重要な情報処理能力には自信があるのだが、今回は精霊の命を奪わなければならない原因を作った者を探すのに必死になりすぎたのか締め付けるような頭痛と船酔いしたかのような目眩が俺を襲っている。完全にオーバーヒートを引き起こしてしまったようだ。

─怒りに任せて暴走なんて笑えねぇ…

 浅くなる息に俺は思わず自嘲の笑みを溢し、樹に凭れてズルズルとその場に座り込んだ。次いで襲い来るのは術の乱発による魔力減少による倦怠感。俺は乾いた笑い声を発しため息を吐く。完全に魔力が枯渇したわけではないので自力で帰れなくはないが自分が暮らす部屋に着いた瞬間、意識を飛ばしてしまうことくらいは容易に想像出来る。

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