十一
「──ってわけだから二、三日内勤にしてくれ」
渚翔と入れ替わるようにして俺、ラクスヴィエトは雪月花の総司令官執務室に来ていた。此処に来た理由桜架の代わりに報告する為。外に出られないほど弱っているような感じはしないけど春という時期は桜架の体調が一番、不安定になる時期。少し過保護なくらいが丁度良い。
俺の目の前にいる重厚な造りの椅子に座るのは雪月花の総司令官で桜架の後見人クロノス・ハティオ。浅黒い肌に人間のそれより尖った耳、アッシュグレーのセミロングに琥珀色の切れ目という容姿を持つクロノスはダークエルフという長寿種の男。見た目は二十代そこらに見えるけど本人いわく五世紀は生きているとのこと。その隣に控えているのは桜の花弁のようなほんのり紅みを含んだ白い髪に同色の狼の耳、少し灰色がかった桜色の猫目の瞳と黒革の太いチョーカーを付けた獣人の女性。彼女は桜架が姉さんと慕うクロノスの補佐官、リナリア。
リナリアは俺と似たような身なりをしているがクロノスの契約精霊というわけではない。リリス・タイラントと呼ばれる人型魔狼の血を持つ亜人でクロノスに助けられるまで奴隷として見世物にされたり男の相手をさせられたりとなかなか悲惨な過去を持つ女性だ。
「分かった。シュリットにも話を通しておこう。それにしても…あれほど感情に任せて術を使うなと言ったのに…」
「そういえば何で桜架は感情に任せて術を使ったらダメなんだ? 渚翔が言ってたぞ。術に感情を乗せられる奴は場合によっちゃあ凄腕の術師を相手にするより面倒だって」
「それはだな──」
「私が説明しておきますのでクロノス様はその山を片付けてください。全て本日決済です」
クロノス様が答えようと口を開いた矢先、私、リナリアが冷たくあしらい、どこからともなく新たな書類を山の上に重ねる。
流石にクロノス様が見えなくなるほど高くはないが気の遠くなるような決済待ちの書類が重厚な造りの事務机に二つほど塔を連ねている。
「たまには休憩をさせてくれ…」
「桜架君の誕生日に間に合わなくて良いのでしたらご自由に」
「それは困る」
じろりとくすんだ桜の瞳で睨むとクロノス様は少し冷めたオリジナルブレンドの紅茶を一口飲んで筆を走らせた。
クロノス様は紅茶より珈琲の方がお好きだ。紅茶は私がブレンドした物だけを美味しいと飲んでくれる。淹れ方が良いのかブレンドが良いのかまでは言われたことはないけれど、その一言が欲しくて少しでも美味しい淹れ方をと練習している間に趣味の一つとなってしまった。あの人の美味しいという顔が見たいというだけで珈琲や紅茶のブレンドが趣味になってしまったと可愛い弟─ハル君に話し、姉さんらしい趣味で良いんじゃない?と笑われたのは記憶に新しい。それはさておき──
「さて、ラクスヴィエト。少しだけ難しい話をしましょうか」
「…が、頑張る」
クロノス様が黙々と筆を走らせているのを横目にラクスヴィエトの方へ向き直す。
桜架くんとの契約できちんと人間の言葉を解し話せるようになったとはいえ元々が純粋な魔狼というだけあって難しい話は苦手なラクスヴィエトだけど、だからといって変に噛み砕いた話をすればすれ違いの原因になる。それはこの子も桜架くんも望まない事。だから加減はしないわよ?
「桜架くんが混血だというのは知ってるでしょう?」
「あぁ。そのせいで体が弱いんだって言ってたからな」
「あながち間違ってはいないわね。クロノス様が口を酸っぱくして言ってる理由もそれだし。でも桜架くんが感情に任せて術を使ってはいけない理由はもう一つあるの。ある意味、最も強い絆を持つ貴方は知っておかなければならないことよ」
「知っとかなきゃいけないこと?」
「ええ。それは──」
─何が桜架の事なら何でも知ってるだ。何も知らねぇじゃん
話を聞き終わり、クロノスから冊子が入った少し厚みのある封筒を手に持って俺、ラクスヴィエトは少し遅めの昼飯を食っていた。人の姿をしている時はわりと何でも食えるから余程、肉に飢えてなければ雪月花の食堂で済ませている。元々、狼だから肉だけでも平気だけど、バランス良く食わないと煩い奴がいるんだよな。
「つーか、本人から聞かなきゃいけない話な気がするけど良かったのかな。又聞きして」
「珍しいな、お前が一人で食べてるの」
甘辛のタレが絡んだ肉とたっぷりの野菜が入ったカスクート…バゲットを使ったサンドイッチに齧り付こうと大きく口を開けたその時、聞き覚えのある同席を構わないか?という声が隣から聞こえた。
そこにいたのは雑じり気のない真っ白な白髪のショートカットに赤と緑の虹彩異色の瞳を持つ男。雪月花特別任務専門部隊隊長、ウルフィラス・シュリット。桜架の上司であり師匠のコイツはどっかにスイッチでもあるんじゃないかと探したくなるくらい仕事とプライベート、表と裏の切り替えが上手い。女や子供、年寄り、身内に優しく敵にどこまでも冷酷。そして心を許した相手以外は敬語という似非紳士。しかし部隊長をしているだけあってその腕は確かで千花国にはない降霊術という術を使って戦う術師。
ちなみに桜架と組んで何度も組み手をしたことがあるが勝てた試しは一度もない。




