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さっさと帰って、熱いコーヒーでも飲みながら
雑誌でもめくってくつろごうか・・・
そんなことを思いながらマンションまでの道を歩く。
そう遠い道のりじゃないけど
あっという間でもない。
そしてそんな道の途中に、
暗い人影が見えたと思ったら
その人影はあたしの前に立ちふさがった。
「夕飯まだだろ?ちょっと話がある。」
・・・・・・・・・・・・・
会いたくて会えなくて、やっと過去にしたはずの
菊池さん。
彼は今でも、やっぱり素敵だった。
だけど、せっかくいろんな悲しみを乗り越えて今
あたしはさくら堂書店をなんとか一生懸命
動かしていこうとし始めている。
今更過去にとらわれたくない。
「もう関係ないので、失礼します。」
そう言って横をすり抜けようとした。
「前は邪魔が入ったが、今日は付き合ってもらうからな。」
そう言って腕をグイッとひかれた。
その強引さが昔は好きだった。
自信満々の完璧な上司だったから。
だけど今は・・・・
「結婚でも前向きに検討しておいてください。
そんな人に用はありませんから。」
そう言って冷たく見据えた。
自分でも不思議だったが
なぜか今はためらいなくバッサリ切り捨てることが出来る。
あの頃のあたしはもういない。
「交渉は、有利に進めるために手段は選ばないもんだ。」
平然とそういう菊池さんに、
心から腹が立った。
「その交渉ごとのせいであたしは・・・・・
気持ちをズタズタにされました。
まだ傷付け足りませんか!」
目頭が熱くなる。
マズイ。。。ここで泣くわけにはいかない。
「そういうことだから、これ以上付きまとうな。
コイツはもうお前のもんじゃねーから。」
ふわっと肩にぬくもりを感じる。
雄輔さん・・・・・
「放せ。」
低く、しかしきっぱりと雄輔さんに言われて
あたしの腕の痛みが消えた。
「一人で帰んなって言ったろ?バーカ。」
そう言って肩を抱き寄せながら
あたしのマンションのほうへと歩き始めた。
菊池さんを放置したまま。
「絶対振り向くんじゃねーぞ。」
耳元でささやかれて
小さくうなずく。
「ありがとうございます。
また助けられちゃった・・・・・」
ポツリとこぼしたつぶやきに
「このくらい任せとけ。」
って、雄輔さんはおどけて答えてくれた。
何かその言い方がおかしくて
涙がこぼれそうだったけど、何だか笑えてきた。




