第四章⑬
豪奢な椅子に座らされ、目の前に突如として出現したバースデイケーキを見たときに、ウタコは何を感じていたのかというと、なんというか、我に返った気分だった。エイコに向けた熱い感情が一瞬冷めたのだ。バースデイケーキを見て、自分が十八歳であることを思い出して、ああ、御崎や錦景女子の皆が祝ってくれるんだなって、バースデイパーティを開いてくれたんだなって、嬉しくなった。
けれど。
突然始まった。
皆のどよめき。
その原因を目にして。
ウタコは脳ミソが揺れた。
幻か?
私の憂鬱が作り出した、さらなる憂鬱か?
現代医学は、今の私の脳ミソに何が起こっているのか、分析できる?
分析できても、言葉はそれを言い表せる?
「エイコちゃん、」ウタコは立ち上がって怒鳴る。「なんなの、その格好!?」
エイコはウタコの前で止まる。そしてツンと澄まして言う。「何って、バニーガールだけど?」
「どうしてバニーガールなの!?」訳が分からない。本当に彼女が何を考えているのか、訳が分からない。
「え、嫌い?」
「いや、そういうことじゃなくて、」ウタコは額を押さえた。そして呼吸を整えてから、エイコのバニーガールを観察する。正直、とても似合っていて、厭らしい気分になる。犯罪だと思う。犯罪的に似合っているのだ。「……いや、嫌いじゃないけども」
「じゃあ、文句言わないの、」エイコは窘めるように言う。そしてなにやらエイコはウタコをジロジロと、盗み見ている。「……どうして猫耳なの?」
「え、ああ、」ウタコは言われて自分が猫耳を付けているのを思い出した。「エイコちゃん、猫が好きだって聞いて、……嫌い?」
エイコは首を横に振る。そしてウタコの猫耳をいじった。「別に、嫌いじゃないわ」
「じゃあ、文句言わない」
ウタコは少しだけ落ち着いていた。つまり、興奮していることを悟られないように抑えている状態に自らを持っていくことが出来た。
「……語尾ににゃんを付けてみて」
「え?」
「なんでもない、ごめん、とにかく、いいから、座ってて、そして、そのまま前を向いていてのよ」
「うん、」言われた通りウタコは座って前を向いた。「えっと、コレから何をするの?」
「分からないの?」エイコは髪を払う。ウサギの耳が揺れる。「ハッピィ・バースデイ・パーティに決まってるじゃないのよ」
エイコはピアノの前に座る。
そして奏でる、誕生日の歌。
エイコは信じられないくらい綺麗な声で歌う。
陶酔してしまう。
ウタコは我を失う。
何もかもが幻想の世界に思える。
しかし、現実に戻る。
バースデイケーキのロウソクを吹き消さなきゃいけないから。
吹き消して。
エイコはじっと吹き消すのを見ていた。
盛大な拍手が周囲に鳴り響く。
エイコは何かをやり遂げた顔でこっちを見ていた。
そして真っ赤な舌を見せて、微笑んだ。
もう完全に、エイコの企みにはまってしまったようだ。
拍手が次第に鳴り止む。
今だ。今だと。
脳ミソが信号を送っている。私の声に。
でも。
「もう行かなきゃ」エイコは時計を見上げてピアノから離れた。
「え、行くの?」時間はとても残酷だ。
ウタコの横を通り過ぎるとき、エイコは猫耳を触った。相当気に入っているらしい。だったら、ずっとココにいればいいと、ヒステリックに思う。
「ハッピ・バースデイ、ウタちゃん」
エイコは一度調理場の奥へ消え、セーラ服に着替え、マチソワから出ていった。そのときすでに、軽音楽部の沢村ビートルズが登場していて、皆、ケーキを食べながら、いつもの宴のように、陽気にダンスを踊り始めていた。
ウタコはカウンタでケーキのプレートをかじりながらエイコが出ていった扉をずっと見ながら、思考を巡らしていた。どうしたら、エイコを自分のものに出来るか、真剣に、真剣に。私のハニー、いや、バニーか。「ねぇ、二人とも、やっぱりムードが大事だよね」
「ふえ?」夢中でケーキを食べていた赤ジャージの二人は一度ウタコを見て、顔を見合わせた。
「チミたちにはもっと働いてもらわないとね」ウタコは片目を瞑って、右手を天井へ向けた。そのポーズの意味は、全く持って意味不明だ。しかし、絵になる。そんなポーズ。
「ウタコ」
ウタコは御崎の声に振り向く。
「なぁに?」
「誕生日プレゼント、」御崎はピンク色のリボンのついた小さな小包をウタコに渡す。「おめでとう、ウタコ」
「え、ホント、ミャアちゃんのプレゼントぉ、うわぁ、なにかな、なにかな」
「家に帰ってから開けて」
「ええ、いいじゃん」
「よくないの」
「え、まさか、ポエム」
「バカ、」御崎はウタコの猫耳を取って、いじっていた。「……ね、ウタコ、ヨシノさんのこと忘れてない?」
「そんなわけないっしょ、忘れるなんてそんな、……あはは、」ウタコは笑ってごまかした。つまり、本当のところヨシノのことなんてすっかり忘れていて、どうしようって脳ミソを回転させているのが、今。「……そういえば、丈旗君は?」
「ああ、丈旗は今」




