第四章⑫
「戻ってきたぜぇ!!」
絶賛カラーゲパーティ中の喫茶マチウソワレのステージ上で、勢いよく叫んだのは錦景女子大学の助教授でアル中の内田先生だった。今宵のBGMは、シノヅカカノコ・アンド・オーバドクターズ・アンド・ミスウチダという特別な編成のバンドである。内田先生は国産エレキギターのテスコを持ち、シノヅカカノコに代わり、陽気にボーカルをつとめているが、例によって女子たちは特別な彼女たちの演奏を聴いていない。
「ヘイ、ママ、ロックンロール!」
そんな陽気なBGMに包まれながらマチソワのカウンタでは散香、大森、御崎が集まって話しをしている。
「ウタコをここに連れてこいって、そんなことを企んでいたんですね、エイコは」
「うん、だから、生徒会長を早く連れて来なきゃ、」大森は焦っていた。もう時間がない。九時までにパーティを終わらせなきゃいけないのに。「朱澄ちゃんとの約束、成功させなくちゃ、私、生徒会長を探してくる」
大森は立ち上がった。
そんな大森の腕を掴んで座らせる散香。「待ちなよ、ルコちゃん、一人で行ってどうにかなるもんじゃないだろう、ええ?」
「そうだけど、でも、朱澄ちゃん、楽しみにしてるのに」
「うん、店長の言う通り、」御崎は鋭い目で頷く。「君が一人で追いかけても仕方がない、それに、私は、ウタコがココに来ると思っている」
「どうしてかしら?」散香が疲れた目で聞く。
「ここにはエイコがいるから、」御崎は素敵に微笑んだ。「誕生日は好きな人と過ごすんだよ、ウタコは」
大森は御崎の素敵な横顔を見ながら、どうしてそんなに寂しい顔をするんだろうと思った。パーティにふさわしくない顔。無理に愉快になりたがっている顔。アルコールの似合う顔。その顔に大森は戸惑っていた。散香の方を見ると大人の表情でコーラを飲んでいる。その表情は大森を不安にさせる。つまり、大森は散香がなにを考えているのか分からない。中央高校生徒会の御崎の考えていることも分からない。
未来の宇宙飛行士の私は、二人の気持ちを知り得ているだろうか?
大森は調理場の方を見つめた。
エイコは事務所で特別な衣装に着替えて、待っている。
エイコはどんな気持ちで待っているのだろう。
御崎はカラーゲを食べ始めた。「うん、うまいね」
散香は目を瞑っている。疲れて寝てしまったのだろうか。
不安だ。
不安で仕方がない。
座っているだけなのに、心臓がうるさい。
うるさい。
心臓よ、止まれ。
「来た」散香が目を開いて、扉の方を見る。
「え?」大森も振り返る。そして猫耳を付け、黒い異形の衣装を纏ったウタコの姿を確認した。「マジか!?」
「ウタコってば、」御崎は静かに、盛大に笑った。「なんで、猫耳? 訳分かんないっつうの」
BGMは「ヒッピ・ヒッピ・シェイク」へ。
ウタコは赤ジャージの久納と鏑屋を子分のように従えて、店内に入ってくる。
そしてこちらにゆっくりとした足取りで向かってくる。
内田先生のアル中のシャウトが耳にいたい。
そしてウタコはなぜか、大森の前に立って。
熱っぽい目で大森を指さす。
「カラーゲ、食べにきました!」
とても勇ましい声でおっしゃられた。
大森はウタコがどうして自分に、まるで親の敵みたいに宣言するのか、訳が分からず、呆然としてしまう。
しかし、大森の反応と裏腹に。
散香と御崎の行動は、とても迅速だった。
散香はスマホでスピーカの電源を落とした。
BGMが消え、店内には女子のしゃべり声だけになる。
そして散香は拡声器を取り出す。「泉波、芳樹野、宴を始めるわよ、皆も手伝って」
飲み物を配り歩いていた二人は散香の方へ頷いて、シノヅカカノコ・アンド・オーバドクターズ・アンド・ミスウチダを撤収させた。アル中の怒鳴り声空しく、女子たちを味方にした泉波と芳樹野は素早く目的を達成する。
そして女子たちはテーブルを店内フロアの隅に移動させた。
踊れるスペースが一瞬にして出来上がった。
ウタコは面食らったような顔をしていた。口が半開きだ・
後ろの赤ジャージの二人も同様。
大森も同じような顔をしていたと思う。
御崎は店の扉の鍵を閉めた。
そして散香と御崎は呆然自失の表情のウタコの両脇に立ち、腕を絡め、持ち上げる。背の高い二人だから、ウタコを持ち上げることは簡単だった。
「え、あ、ちょ、なにするの、離して、離せ、こらぁ!」
ウタコは二人によって泉波と芳樹野が用意した背もたれが大きい格調高い椅子に無理矢理座らされた。
そして調理場からカートに乗った背の高いケーキが、シエンタによってウタコの目の前に運ばれた。
シエンタは魔女を気取りながら十八本のロウソクにプリミティブな方法で、つまりマッチで火を付けていく。
その時点でウタコは静かになった。
自分の誕生日に関わることだと理解したようだ。
そして。
素敵な衣装のエイコが登場。
店内はまさに、どよめいた。




