第四章⑪
理科準備室からウタコは、異形の黒い衣装を利用して闇に紛れながら、時折、香水を探している女子に追いかけられながらも逃げて、途中、御崎に見つかって黒いタンバリンを投げられながらも逃げて、なんとか久納にメールを送った。
そして走ってズレた猫耳の位置をトイレで正して、一階の美術室側の渡り廊下に向かったのだ。
そしたら。
なぜか。
久納と鏑屋。
二人がキスしていて。
長いキスをしていて。
それはウタコ的に、ありえないことだったから。
二人は友達だと思っていたから。
脳みそでは、激しいロックンロールが鳴っていた。
だから。
ウタコは持っていた黒いタンバリンで久納の頭を叩いたのだ。
いい音がした。
目覚まし時計みたいな音が静かな美術室前の廊下に響く。
「二人は友達!」
ウタコは思わずがなってしまっていた。
潤んだ目をした久納がウタコを見る。「……ふえ?」
もう一度、言う。「二人は友達、……でしょ?」
「会長、ありがとう、」久納は弱々しく微笑んだ。「うん、私とリホちゃんは、キスしたけど、友達」
「ちょ、ちょっと、待って、久納ちん、とりあえず、あの、なんていうか、」鏑屋は取り乱している。額には汗。「とっても久納ちんの唇、柔らかくて、その、気持ちよかった」
「二人は友達!」ウタコは鏑屋に向かって言う。「リホちゃん、何も考えちゃ駄目!」
「うん、それは分かってる、別にいやらしいことは考えてないよ、ただ気持ちよかったから、いつも抱きしめるみたいに、久納ちんにキスしてもいいかなっていうことを、確認させて頂きたくて」
「ちょっと考えさせて、」久納はいたずらに言って舌を出した。「ちょっと考えさせてください」
「ええ、そんなぁ、」鏑屋は不満を声にする。「いいもん、久納ちんが寝てるときに勝手にするもんっ」
「どうぞ、ご自由に、でも、私より遅くまで起きてられるのかなぁ?」
「うう、それは難しい問題だぁ」
ウタコは二人に分からないように溜息を吐く。二人が変わらず友達で安心する。どうして安心するのか、というのは二秒くらい分析しないと分からない。が、分析するに、女子と女子の人間関係にはふさわしい距離というものが存在する。久納と鏑屋の場合、友達という距離が、とてもふさわしく愉快である、という距離なのだ。友達以上恋人未満なんて曖昧な距離じゃない。友達という距離が二人の正解。二人の絶妙。二人というものを表す正確な表記であるのだ。二人はそれをよく分かっている。
私が黒いタンバリンを鳴らさなくても。
女子が知らないわけがない。
そういうことなのだ。
距離の絶妙。
それを求めて。
女子は邁進する。
ウタコはそう思っている。
二人に何があったのか、ウタコは知る由もない。
聞く気もない。
二人はいろいろあって、友達である。
いろいろあっても、友達。
絶妙な人間関係。
素晴らしい。
ウタコとエイコの場合を考えて?
まだ、分からない。
まだ、奇妙。
知らないわけがないことを知るために。
せいぜい。
走ってみたり。
がなってみたり。
猫耳をつけてみたり。
「なんで猫耳なんですか?」久納と鏑屋は仲良く声を合わせて聞く。
「エイコちゃんが猫好きって教えてくれたの、諜報部員のチミたちでしょうが」
「ああ、そうでした」と二人は幸せそうな顔をする。
「さあ、行くわよ、一年生」
「どこに?」
「カラーゲを食べに」




