第四章④
雨は盛大に降っている。
どしゃぶり。
どうしようもない雨。
傘なんて意味がない。
結局、皆、傘を捨てている。
そんな軽音楽部のステージ。
三曲一気に演奏して、二十分という時間稼ぎのために設けたMCに入る。レパートリは四曲しかないのだ。ゼプテンバのストックは百曲を越えるが、鏑屋の限界は二週間に四曲だった。
「ええっとぉ、おおっ!」
いきなりマイクがハウリングして驚いて久納はステンと転んだ。綺麗にお尻から落ちた。とても痛そうだ。しかし、久納は陽気に笑っていた。ニヤニヤしていた。会場では様々な叫び声が飛び交っていた。「おいおい、いきなり、驚かすんじゃあないよ、こらっ」
久納はマイクを叱りつけていた。ウタコは後ろで見ていてとてもおかしい。
「ええっとぉ、あ、そうそう、私たちの自己紹介をしなければいけないのだった、ね、ゼプテンバっ」
ゼプテンバはコクっと頷いてがなる。「ハッピ、バースデイ!」
会場はなぜか盛り上がる。
ウタコはドキリとした。自分が祝われるのだと、一瞬だけ思ったからだ。
「え、ゼプテンバ、いきなり、どうしたの? 誰の誕生日?」
ゼプテンバは流暢な日本語で言う。きっと練習してきたのだ。「やっとこの日を迎えることが出来ましたぁ!」
「はい!?」久納は困惑している。「だからいきなり何?」
「ずっと、ずっと前からアタシは、今日のこの日を結成記念日にしようと決めていた、今日はアタシたちの結成記念日だぜっ、ひゃっふう!」
「ひゃ、ひゃっふう!?」久納も困惑しながら便乗する。「ちょ、そういうのは相談して決めようよぉ」
ゼプテンバはギターを掲げ、雨落とす天を見上げている。つまり、久納のことを完全に無視している、というよりも、聞いてない。「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ!」
会場を含め、雨の歌の大合唱が起こる。
雨が強くなった気がする。
「おお、気持ちいいじゃねぇかっ、」ゼプテンバが男前に言って、首を振って雨粒を飛ばす。もう仮説ステージのビニルの屋根に意味はなかった。「おお、おお、神も祝福してくれてるぜ、久納ぉ!」
「いや、もうこれ以上は勘弁してぇ、」久納の頭は雨に濡れてグチョグチョだった。「私のマッシュルームが大変だよぉ!」
久納は振り向いてウタコに向かって微笑んだ。ウタコはあくまでサポートなのでマイクには近づかない。それよりも、右と左、それぞれの袖に、ヨシノと御崎と丈旗の姿をすでに確認していた。丈旗はいつもみたいにすかして腕を組んで音楽評論家みたいにリズムに合わせて体を揺らしていた。ヨシノと御崎は違って、ウタコに狙いを付けていた。二人ともハンタの目をしている。演奏が終わるのを待っているのだろう。演奏が終わったら挟み撃ちする気だろう。そうなると、別に逃げる必要もないのだが、逃げたくなってしまう。それがウタコのキャラクタ。どこまでも逃げてやる。
「さあ、コレで最後、もうネタ切れなんだよ、畜生!」久納は陽気にマイクに向かってがなる。「発電機!」
コレクチブ・ロテイションが四曲目に選んだのはウタコの持ち歌「彼女はエレクトリック・ジェネレイタ」。なぜこの曲が数少ないレパートリなのかというと、メロディが簡単だからだ。「うー、抱きしめなきゃあ、」曲が終わる。「ありがとっ、」久納がお辞儀して叫ぶ。「私たち、コレクチブ・ロテイション、言うの忘れてた、それじゃ、サイナラ!」
様々な会場の反応。拍手が多い。拳を持ち上げている人たちもいる。熱狂的な女子が「せーのっ」でゼプテンバの名前を叫んでいる。
そして。
ウタコはベースをスタンドに降ろした。
両サイドから、ヨシノと御崎が走ってくる。
ウタコはマイクに向かってがなる。「逃げるよ、二人とも!」
それに鏑屋と久納は即座に反応、しなかった。
ライブ終了直後で完全に気が抜けているようだ。
仕方がない。
ここは一人でも。
ウタコはステージ正面から跳躍。観客に向かってがなる。「道を開けてぇ!」
「開けるなぁ!!」ヨシノのどことなく優雅ながなり声がスピーカから聞こえる。
道は開かなかった。ウタコは観念して振り返る。ヨシノがどことなく優雅に微笑んでいた。雨に濡れて色っぽい。髪が肌に張り付いている。御崎がステージを降りてきてウタコに密着して、腕を掴んだ。「こら、もう、逃げられないよ」
「あんっ、もぉ、優しくしてぇ、きゃっ、」ウタコは御崎にお姫様抱っこされる。「もぉ、降ろしてよ、自分で歩くよ」
「いや、このまま連れて行く」
「ミヤビ、とても正しい判断だよ、」ヨシノはウタコのベースのシールドを抜いて、ウタコの両足を縛った。「もう、コレで、逃げられないんだから」
「やーん、ヨシノってば、結び方が上手なんだからぁ、」ウタコは変な声を出しながら赤ジャージの二人になんとかしろっていう視線を送っていた。しかしヨシノのどことなく優雅で、まがまがしいものに恐れをなしていた。二人にはさらなる教育が必要だと思う。そしてふと、気付いた。「……あれ、そういえば、エイコちゃんは?」
周囲を見回しても、エイコの姿はない。
「ええ、エイコなら、」ときっとノーマルな女子なら飛び跳ねて喜ぶくらいに雨に濡れてイケメンな丈旗が答える。「途中の模擬店に入って行って、買い出しを頼まれたみたいで」
「その模擬店って?」
「売っていたのは確か、おしるこだったなぁ」
「むむむ、」ウタコは唸る。縛られている場合じゃない。「むむむ」




