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第四章③

御崎ミヤビと丈旗ケンの中央生徒会の二人もハッピィ・チェリィ・フェスタの前日のこの日、最終打ち合わせとして錦景女子の生徒会室に来ていた。扉から左手側に丈旗が座り、その対面にエイコとミヤビが並んで座り、いつもの窓際のウタコのポジションにはヨシノが座っていた。ウタコはこの場にいなかった。せっかくバースデイプレゼントを用意してきたのに、なんでいないんだと、御崎は苛つく。でもきっと、御崎以上にヨシノは苛ついていると思った。どことなく優雅に微笑んでいるが、しかしどことなくヒステリィを感じる。誰もしゃべらない。雰囲気は悪い。彼女を怒らせないように、御崎は何かしゃべろうと考えている。しかし何も思い浮かばない。

「一体、ウタコのやつ、なにしてるんだろう、ねぇ、」先にヨシノが場の雰囲気を変えようとして、どことなく優雅に立ち上がり、窓の外を見る。「ああ、今日もご多分に漏れず雨が降りそうだねぇ、そろそろ始まるのかなぁ?」

 困ったときの天気の話題。御崎は息を吐いて反応する。「あ、私、傘持ってきてない」

「ミヤビは塗れた方が綺麗だ」丈旗が間髪入れずに言う。

「くたばれ、黙れ、ウチ帰れ、変態!」

「仲いいなぁ」どことなく優雅にヨシノは笑う。

「よくないっ」こういう意味のないやりとりは重要だ。丈旗のセオリ通りの変態さ加減にほんの少しだけ感謝する。

「ツンデレだなぁ、」丈旗は御崎を見てニヤニヤする。「かわいいなぁ」

「かわいくないっ、死ね、死ね、死ねっ」

「いやぁ、かわいいよぉ、」ヨシノは愉快そうに言う。「つよがっちゃって、かぅわいい」

「あ、えっと、」ヨシノみたいにどことなく優雅で素敵な女子に言われると照れる。「すいません」

「なにが?」ヨシノは微笑んでいた。

 ふと、エイコの方を見ると、心ここにあらず、という表情で長机の上で指を動かしている。まるで鍵盤を叩くように動かしている。エイコの指は長くて白くて綺麗だ。口元から小さくメロディが聞こえる。聞いたことがある。ウタコの部屋で。確か、真っ白のジャケットの、レコード。

 さて、再び沈黙が発生。

 ヨシノはどことなく優雅に窓を開ける。

 そして飛び込んできたのは、スピーカを通して割れた、高笑い。

 それまでも遠くで会話が聞こえていたのだが、何をしゃべっているのかまでは分からなかった。

 窓を開けて、しばらく耳を澄ませていると分かる。

 猥談だ。

 内容はなんていうか、酷い。下衆である。

 丈旗は御崎を見ながらニヤニヤしているので、冷蔵庫の上の黒いタンバリンを投げた。

 盛大な音がして、丈旗は額を押さえてうずくまった。「ミヤビ、痛いじゃないか」

「猥褻な顔をしていたからだっ」

「ちょっと、昼寝の邪魔だね、注意してくる」

 ヨシノはどことなく優雅に笑って生徒会室を出ていく。

空気が少し緩んだ。

「さっき何を口ずさんでたの?」御崎は息を吐きながらエイコに聞く。

「え?」エイコは首を傾げる。「ミャアちゃん、なんのこと?」

「ほら、」御崎は中空で右手を動かした。「こんな風にしながら、口ずさんでいたよね?」

「指の体操?」

「いや、指の体操じゃなくて」

「エイコ、その指の動きはな、」丈旗は前のめりに言う。「私はノーマルです、って意味なんだよ」

「ノーマル?」エイコは再び首を傾げる。「なんのこと?」

「この動きにそんな意味ねぇ、それに私はアブ、アブノーマルだっつってんだろ、」御崎は丈旗にがなって、すぐにエイコの反応を窺う。いまいち理解していないようだ。なんとなく、よかったって思う。「ていうか、エイコを呼び捨てにすんなよ!」

「いや、エイコは俺の妹だし」

「はあ、何バカなこと言ってんの!? お前はバカかっ! バカなのかっ!」

「いや、ミヤビ、実はな、いつ言い出そうか、ずっと、迷っていたんだがな、」丈旗は神妙な顔をして言う。「俺の両親が離婚していることは知っているだろ? 俺は母親に引き取られた、エイコは父親に引き取られた、俺たちは兄妹なんだよ、生き別れの兄妹なんだよ、信じられないことかもしれないが」

「なぁに、バカなこと言ってるんだか、」と言って御崎はエイコの方を見ると、なんだか彼女も神妙な表情をしているではないか。「え、……マジなの?」

「うん、ケンくんは私の実のお兄ちゃん、私が七歳の時に生き別れになったたった一人のお兄ちゃん」

「……マジかよ、」御崎は首を横に振る。思考がすっかりストップしてしまった。「勘弁してよ、」言いながら、丈旗とエイコを見比べてみる。「確かに顎のラインとか、鼻の形とか、目の付けどころとか」

「似てる?」エイコは愉快そうに聞く。

「似てるぅ?」御崎はまだ見比べている。「似てないよ」

「嘘だからね」エイコは真っ赤な舌を出す。

 可愛い。

「……あ、なぁんだ」御崎は胸を撫で下ろす。

「ミヤビ、そうやって簡単になんでもかんでも騙されてしまうのが、可愛いなぁ」

「可愛くねぇよ、てめぇ、騙しやがったな、ちくしょ!」

 御崎は何か投げるものを探した。でもすでに冷蔵庫の上にあった黒いタンバリンはなくて、冷蔵庫の上にはポットと湯呑みしかなくて、仕方がないからなにか投げるのにちょうどいいものを探すために冷蔵庫を開けてみた。冷蔵庫の中にはコーラ、チョコレートとプリンと、その隣に紫色の小さな瓶がある。錦景ロフトで売っていそうな不思議な瓶だ。プリンを右手で握り締めて、左手で瓶を持ってエイコに見せる。「コレ、何?」

「プリン?」

「いや、こっち」

「ああ? それ香水だよ」

「香水?」御崎はそれをじっと見る。「エイコの香水?」

「うん、あ、プリン食べちゃ駄目だよ、代理のスペシャルなプリンだから、この前生徒会長が勝手に食べて、大変だったなぁ、怒ると凄く怖いんだよ、普段は素敵なお姉さまなのに」

 御崎はヨシノに怒られたくないのでプリンを丁寧に元の位置に戻して冷蔵庫の扉を閉めた。

「なんで冷蔵庫に香水なんて入れてんの?」丈旗が聞く。

 それを聞いて、それもそうだと思う。

「え、だって、香水って、ナマモノでしょ?」エイコは真顔で言って、御崎の方を見る。「え、違う?」

「違うでしょ、」御崎は笑う。「冷やしてどうするの?」

「成分とか変わっちゃうんじゃない? 常温で置いておいたら」

 言われてみれば、そんな気もする。「そうなのかな?」

「俺が知っている訳がない、」丈旗は微笑む。「俺が知っていたら気持ち悪いだろ?」

「なんだって気持ち悪いよ」

「もぉ、いじわるぅ」丈旗は声色を変えて、僅かに身をくねらせて言う。御崎がアブノーマルだっていうことを告白してから、丈旗は時折おねぇ口調になる。何か効果があると思っているのだろうが、それは完全なる誤解である。御崎は完全に無視して、エイコに向き直る。

「ねぇ、匂い、嗅いでもいいかな?」

「うん、構わないわよ」この構わないわよ、という台詞がエイコにはよく似合う。

「ありがとう」御崎は瓶の蓋を開けた。

 僅かに力を入れて蓋を開けた。

 鼻をこぼれる匂いに近づける。

「不思議な匂い」

「あ、私と同じ感想」

 少し嬉しい。魅力的な彼女と同じ気持ちなんて素敵だ。

 本当に素敵だ。

 ウタコの好きなコは。

 御崎は少し見つめてしまった。

 まつげの先端まで観察してしまった。

「なぁに?」

「あ、えっと、」御崎は目を逸らして、エイコとウタコと自分の関係を考えることを止める。「この匂い、なんだろう?」

「ちょっと俺にも嗅がせて」丈旗は手を出す。

 御崎はソレを完全に無視した。というよりも、構っている余裕がなかった。

「……おっ、猥談が終わったなぁ」丈旗は少し寂しそうな声を出す。

 窓の外は静かになった。

「そういえば、聞きそびれちゃったんだよね、」瓶を白くて長くて綺麗な指でエイコは香水の瓶を弄ぶ。その仕草に御崎は少し、興奮してしまう。いけない。「この匂いが何か、とか、あんまりそういうの考えなかったぁ」

「でも、欲しいな」率直にそう思った。そういう匂いだ。なんだろう。分からない。不思議だ。

「あげない」エイコは御崎に顔を近づけて言う。少し興奮する。なんだか、香水を嗅いでからさらに、エイコが魅力的に思えた。きっと、丈旗がこっちをじっと観察しなければ、エイコのいろんな部分を触ってこじ開けようとしたかもしれない。困った。この気持ち。弱った。そういう作用の香水なんだろうな、って頭で無理に理解して、理性の揺れを小さくする。

 御崎は前を向いた。丈旗と視線が交差した。睨みつけてやる。睨みながらエイコに聞いた。「……どこで売ってるの、それ?」

「ん?」丈旗が反応する。「ああ、このペンのこと?」

「この香水の話してんの!」やはり興奮が収まらない。「誰がてめぇと同じだせぇペンなんか欲しがるか、だせぇ、だせぇ、だせぇ!」

「おい、どうした?」丈旗は御崎の些細な変化に気付いたようだ。本当によく観察していらっしゃる。「顔がピンク色ですよ?」

「うるさいな、もぉ」御崎は横を向く。エイコと反対側に。

「コレ、香水売りがくれたものだから」

「香水売り?」エイコの方に視線を変える。

「うん、だから、非売品かも」

「そう、残念」御崎は温いお茶を飲む。

 その折り、誰かの携帯のバイブレータが着信を知らせた。エイコがポケットからスマホを取り出し、電話に出る。「あ、代理だ、もしもし?」

 御崎は電話からこぼれる声を聞こうとしてエイコに身を寄せた。過剰に密着してしまう。どっちが目的だろう。分からない。いや、御崎はエイコに密着したかった。触りたかった。駄目だ。よそう。でも、嫌な顔しないし、いい、よね。

「見つけた」電話から聞こえるヨシノの声。

「見つけた?」

「うん、いた、ウタコのやつ、軽音楽部の楽屋にいた、すぐに来て、グラウンド、ステージ裏の白いテント、私は西側にいるから、エイコたちは東側に回って、捕まえよう、挟み撃ちで」

「うん、分かった、すぐ行く、」エイコは電話を切る。密着している御崎の頭を撫でて言う。まだ離れたくない。「見つかったって、会長、今から捕まえに行くよ、二人も協力してくれる?」

「もちろん、」丈旗は手を叩いて立ち上がった。「了解だ」

「了解、」御崎も頷いた。「捕まえにいこう」

「よぉし、」エイコは瞳に小さな炎を灯している。「絶対に逃がさないんだからぁ」

「うん、」御崎は頷いた。「絶対に、逃がしゃあしないよ」

「……」

「……」

「……もぉ、いい加減離れてよぉ、」エイコは御崎の肩を掴んで体を離した。「なぁに、私のことが好きなの?」

 好きなの?

そう問われて真顔で考えてしまう。

 ドキドキしてしまう。

 少し酔っているのかもしれない。

 昔から、酔いやすい方だった。

何に?

 香水が効き過ぎているのかもしれない。

 香水の瓶を両手で触って。

 コレは一体どんな発明なんだろうって思う。

「……うん、好き」御崎は真顔でエイコを見つめていた。

「バカ、なぁに、冗談言ってるわけ、ミャアちゃんにはケン君っていう素敵な彼氏がいるでしょ?」

「……あははは、」御崎は慌てて笑って、とにかく冗談にしなければいけないと思った。丈旗彼氏設定に救われた。御崎はエイコから離れて、立ち上がった。「うん、冗談、冗談、少し、少し、あの、あの、ちょっと、アレだったんだ」

「もぉ、なぁに、ほら、行くよ」

 エイコは背中を押す。

 触らないで、って思った。

 そういう些細なスキンシップが引き金になりかねない。

 御崎はエイコから逃げるように走った。

 丈旗は愉快そうに御崎の横を走っている。「おい、本当にどうした?」

「お前に助けられたぜ、畜生!」

 丈旗は驚愕している。「……おい、本当にどうした?」



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