第四章②
セーラ服の上に黒いマント、黒いフードを被って、黒い布で口元を隠してさらにその上から合羽を着た香水売りの水園シイカは軽音楽部のステージに集まる群衆の中を歩いていた。誰も水園ことを不審に思って咎めたりしない。祭りの前の祭りだから、あらゆる異形の衣装が不思議じゃないのだ。
すでに正門から昇降口へ続くパープルとピンクの煉瓦道の両サイドには白いビニルの屋根の店が開店している。出張喫茶マチウソワレはおしることラムネを売っている。その隣でバレー部が焼きそばと焼きうどんと焼きめしを売っている。被服部は新作のドレスを展示しながらオーダメイドを受け付けている。文芸部は同人誌を売っている。漫画研究会も同人誌を売っている。演劇部は舞台衣装でチケットを売り歩いている。書道部は字を書いて売っている。トランジスタラジオ研究部は真空管を売っている。その横のテントでは放送部がすごく猥褻な話題で盛り上がっている。その盛り上がりはスピーカを通してきっと生徒会室まで聞こえていて、話題が過激になったところで生徒会長代理の雪車ヶ野ヨシノが登場してどことなく優雅にマイクのスイッチを切って「うるさくて昼寝も出来やしない」と厳重注意をした。認可のない占い師は隅の方で段ボールの上に水晶玉を乗せて適当なことを言って、お金を稼いでいた。きっとおしゃべりオウムが彼女を初めて確認する人からすると、すごく本物っぽく見えるのだろうと思う。そして帰宅部はビニル傘と合羽を売り歩いている。「合羽ぁ、合羽だよぉ」
さて、水園は群衆の中で何をしているのかと言うと、名刺サイズのカードを女子のポケットに差し込んでいくというとても地味な作業だ。そのカードには匂いを染み込ませている。香水の匂いである。シンディ・ブルックスと内田先生と水園でさらに改良した白い花の新しい香水の匂いだ。そしてカードの表には「この匂いの在処を探せ、香水売り、水園シイカ」と書いてある。水園は不特定多数の女子を巻き込む、ゲームを考えたのだ。
女子は乗ってくるだろう。
香水を探しだそうとするだろう。
私が隠した香水を。
なんてたって。
お祭りの前のお祭りだから。
最良のプロモーションを思いついたと水園は自負している。
時刻は午後五時十二分。
会場には「チキチキバンバン」が流れ始める。
軽音楽部のステージが始まるのだ。
歓声と同時に、どよめきが起こった。
なんだろう?
チラッと会場の方を水園は見た。
驚いた。
生徒会長のウタコがベースのチューニングをしていたからだ。
本当に、変わった人だと思う。
水園は異形の衣装で笑ってしまった。
異形の私たちを支配しているんだから、当然か、とも思う。
そんな彼女と水園は目があった気がする。
遠い距離だが、確かに、視線が交差した。
ウタコはわずかに微笑んでいた。
水園は瞳だけで微笑み返す。
彼女の気持ちは全然分からないけれど。
何か、愉快だ。
水園は会場から姿を消す。
「ゴールドフィッシュにうってつけの春!」
とギタリストの叫び声が後ろから聞こえて。
ギターの歪んだイントロが鳴る。
さて。
予定通り。
雨が降ってきた。




