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第二章⑪

「いい演奏だった」

 手を叩きながら音楽準備室の萱原がウタコを迎えた。

「ありがとう」ウタコはアコースティックギターを萱原に渡しながらぎこちなく笑って、ペットボトルの水を飲む。

「最後のは何だったの?」

「別に、なんでも、」ウタコは首を振って、髪を結び直した。乱れた気持ちを整えたかった。セーラカラーも結び直した。次の出番を控えた沢村ビートルの三人が音楽準備室を出ていく。すごく緊張していて可愛い。ウタコはそれを見送ってモニタの前で会場の様子を窺っている萱原に近づき言う。「それじゃあ、私、行くね」

「え、いいの?」萱原は首を傾げる。「聞いていくんじゃないの?」

「歌ったら気が済んじゃったみたい」

 ウタコは萱原にウインクをして音楽準備室を出る。

 後ろ手に扉を閉めた。

 廊下で一人になった。

 途端に恥ずかしくなった。

 ウタコは両手でピンク色の顔を隠した。

 大勢の新入生の前で、がなってしまった。

 抑えきれなかったのだ。

 必死でクールになろうとしたけれど。

 駄目だった。

 一曲分しかもたなかった。

 歌詞は間違えた。

 ああ。

 恥ずかしい。

 エイコが私の歌を聞いている。

 エイコがそこにいるから。

 ……。

 ……。

 ……。

 エイコが好きだ。

 好きでしょうがない。

 だから。

 我慢できなくて。

 早くしろって。

 さっさとよこせって。

電話して来いって。

 叫んでしまった。

 恥ずかしい。

 恥ずかしい。

 ウタコは熱っぽい顔から手をゆっくりと離した。

 息を吐いた。

 前を向いた。

「きゃあ!」ウタコは悲鳴を上げた。

 目の前に、御崎の顔があったのだ。「む、失礼じゃね?」

 ウタコは息を吐き直す。平らな胸をなで下ろす。ウタコは横を向いて息を吸って吐く。「はあ、ビックリしたぁ」

「どうして逃げるの?」御崎は不愉快な顔でウタコの手首を掴む。「ウタコ、話をしようよ、話を」

「……別に逃げてないわよ、」ウタコは御崎を直視しない。「ただ軽音楽部の前座を頼まれただけ、……離してくんない、大きな声を出すよ、別に逃げたりしないから」

 御崎は手を離した。「生徒会室に戻るよ」

「分かったよ」ウタコは頷いて生徒会室とは逆方向に歩きだした。

「ちょ、そっち、逆、」御崎はウタコに並んで腕をぐるぐると回す。「ぎゃくぎゃく!」

 ウタコは振り返って歯切れよく言う。「ト、イ、レ!」

「あ、ううん、」御崎は面食らったような目をして頷いた。「……私も、行く」

 二人は妙な距離感でトイレに入った。ウタコが一番奥。一番手前の個室に御崎は入った。いつでも御崎を巻くことが出来るなって思ったけれど、何となく、逃げようとは思わなかった。個室から出て鏡の前に立ち、ウタコは髪型を直した。隣に御崎が立ち、手を洗って、エキゾチックな大きな瞳を動かして鏡の中のウタコをじっと見ている。

 トイレに他に女子はいない。

 セーラ服とブレザの二人だけ。

 沈黙は嫌だった。「ねぇ、そういえば彼氏はどうしたの?」

「ああ、丈旗なら女の子に頼まれて重たいものを運んでる、」御崎は言いながら頭を振った。髪の毛が暴れる。「っていうか、彼氏じゃねぇし」

「え、嘘、」ウタコは目を大きくして御崎を見た。「ノーマルに戻ったんじゃないの?」

「戻ってないし、彼氏なんて作ってないし、作る訳ないっしょ、ウタコが私をアブノーマルにしたんだから、もぉ、丈旗の嘘に騙されやがって、もぉ」

「いや、だって、お似合い、……じゃん?」

「何それ? 私がいつあいつと付き合ってるなんて言ったの?」

「……確かにミャアちゃんからは聞いてないね」

 御崎は黙る。そしてなぜか、舌を出して微笑んでいる。

……可愛い。「……何、どうしたの?」

「何でもない、何でもないよ」御崎は笑って長い黒髪に指を入れて動かす。

 動かして、大きな瞳を伏せて、彼女は何を考えているんだろう?

「ウタコ、私」

「何?」

「何でもない、」御崎は腕を上にあげて伸びをして叫んだ。「ああ、いいなぁ、セーラ服!」

「ブレザもいいよ」

「そうかな?」

「ミャアちゃん、」ウタコは横目で御崎を見る。「自転車だよね?」

「え?」

「ウチ来る?」

 御崎はゴクリと喉を鳴らした。「……行く」



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