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第二章⑫

御崎はウタコをママチャリの後ろに乗せて、錦景女子高校の校門を出た。ウタコの家までの道のりはしっかり記憶に定着していた。西へ向かうのだ。西の向こう。視線の先は眩しい。何もかも眩しい。まるでキネマの中の情景だと考えていたら、楽しくなって、ペダルに力を入れ過ぎたから、少し走ったところで疲れた。

「なんだか、懐かしいな、」後ろのウタコが背中に頬を密着させている。「この風、この感じ、この春」

「うん、この、春」

 御崎もウタコと同じ気持ちだった。

 なんて懐かしいんだろう。

 なんて気持ちになっているんだろう。

 なんて幸せなんだろう。

 ずっと一緒だった。

 一緒に出かけた。

 一緒に帰った。

 一緒に笑顔だった。

 それがずっと一緒だと思っていた。

 未来のことなんて考えたことがなかった。

 その未来が、今。

 私はセンチメンタルになった。

 涙がこぼれそう。

 もう、駄目だ。

 こぼれた。

 ちくしょう。

 御崎は自転車を止めた。ブレザの袖で目を擦った。

「どうしたの?」ウタコは御崎の顔を覗き込もうとする。そういう彼女の反応が、御崎を悩ませる。

 やり直せるなんて別に、考えない。

 御崎は目の前の道を見上げる。「ココから坂道、一緒に押して」

「オッケ、」ウタコは降りて、荷台に手を掛ける。「一気に行こうよ、せぇーのっ!」

 無性におかしくて笑いながら坂道を駆け上がったら、汗を掻いた。

 暑い。

 めちゃくちゃ、暑い。

 ウタコの家は閑静な住宅地にある目立たないわずかにピンクがかった白塗りの二階建ての家だ。ガレージにはピンク色のミゼット。御崎はその横にママチャリを止めた。いつもみたいに。そう、あの頃のいつもみたいに、ウタコのママに見つからないように、忍び足でガレージから家の中に入り、階段を登る。ちょっとしたスリル。今日もママには見つからなかった。見つからずにウタコの部屋に辿り着くことに成功した。

 二人とも、息が切れていて、それがバカみたいだ。

 でも、楽し過ぎる。

 女子が知らないはずがない。

この、楽しさ。

 ウタコは部屋の明かりを付けた。

 部屋はあまり変わっていなかった。相変わらずピンク色が多い。でも、よく見てみると、ぬいぐるみの個体数が変化しているようだ。ああ、ノートパソコンがある。ギターもベースも増えている。CDも。漫画も。小説なんて読めるの? 大学受験のテキストが机の上にある。ああ、やっぱり、変わるんだなぁ。私の部屋だって、もう、全く、変わってしまっているのだ。

「まあ、座りなよ、」ウタコはベッドを背もたれに丸い座布団の上に座って、隣に御崎を誘った。「ね、どうするぅ?」

「鍵を閉めなきゃ」

 御崎はウタコの部屋の鍵を閉めた。カーテンも閉めた。もう一度鍵がちゃんと掛かっているか確かめる。ウタコの方に視線をやる。ウタコは膝を抱いて、御崎を上目で見ている。スカートがめくられていて、白いパンツが見えていた。

 それから二人はいちゃついた。

 飽きるまで。

 鎮まるまで。

 そして疲れて、二人はベッドにごろんとなっていた。

「……ねぇ、ミャアちゃん、」御崎に顔を寄せてウタコが言う。「私、謝らなきゃいけないことがある」

「何?」御崎は疲れきっていた。本当に、刺激的だった。だから薄目で天井を見つめたまま反応した。

「ミャアちゃんの電話を三回も無視した」

「いいよ、別に」

「実は私、高校生になって好きな人が出来て、その夢中になっちゃって、ごめん、実はミャアちゃんが男子と付き合っているって噂で聞いたときも、」ウタコは早口で言う。「本音は安心してて」

「いいよ、別に、丈旗とは何でもないけどさ、私だって何人かの女の子と付き合って、いい思いしてたんだから、ウタコには感謝しているよ、アブノーマルな私を見つけてくれて」

「お帰り、アブ」

「だから、私は丈旗とは付き合ってないんだってば」

「あははっ」

 ウタコは高い声で笑う。

「笑うなっ、勘違いされた身にもなってみてよ、もぉ、ホント、なんていうか、最低だったんだから」御崎は口を尖らせながらも、笑う。

 そして再び来る沈黙。

この沈黙は心地いい。

 今、何時だろう?

何時でもいい。

何時でもいいから。

時間よ、止まれ。

 御崎は目を瞑った。

「ねぇ、ミャアちゃん、私ね」

「ん?」御崎はウタコを片目で見る。

 ウタコはとても幸せそうに、ニヤケている。

「好きなコが出来た」

「……どんな娘なの?」

「まだよく知らないんだけど」

 そのとき。

 携帯電話の振動音がした。

 ウタコのスマホらしい。

 それまで何回かヨシノたちから電話が掛かってきていたらしいけれど、ウタコは全て無視していたのに。

 ウタコはその着信に出た。

 神妙な声で「……もしもし?」と応じた。

「電話してこいって何なの?」とスマホから声が微かに漏れ、聞こえた。

 ウタコの顔は瞬間的に明るくなる。

 御崎は枕に顔を埋めた。

 自分の気持ちを知られたくない。

 自分にも知られたくない。

 やり直せるなんて。

 別に。

 思ってない。

 そんな月曜日の夜。



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