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AIの言う通りにしたら人生詰んだ話をAIに書かせた  作者: 伊勢吉


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9/11

第9話 AIに「子どもの嘘を見抜きたい」と相談した

莉子は、息子の嘘に気づいていた。


「宿題、終わった?」


「終わった」


「本当に?」


「うん」


 小学五年生の息子、悠太は、テレビを見たまま答えた。


 莉子はランドセルを開けた。


 算数のプリントが、一枚も手つかずのまま入っていた。


「悠太。終わってないじゃない」


 悠太は画面から目を離した。


「あ……忘れてた」


「忘れてたんじゃなくて、終わったって嘘をついたんでしょ」


「……ごめんなさい」


 悠太はそう言って、プリントを持って自分の部屋へ行った。


 莉子はため息をついた。


 最近、こんなことが増えていた。


 宿題をやったと言って、やっていない。


 友達と遊ぶ約束はないと言って、実際には約束している。


 ゲームは一時間だけと決めたのに、気づくと二時間経っている。


 そのたびに叱る。


 そのたびに悠太は謝る。


 そして、また同じことをする。


 莉子は、嘘をつくことそのものが心配だった。


 小さな嘘をつくことに慣れてしまったら、もっと大きな嘘も平気でつくようになるのではないか。


 今のうちに、何とかしなければ。


 その夜、莉子は仕事でも使っているAIを開いた。


『小学生の息子がよく嘘をつきます。嘘を見抜く方法と、嘘をつかなくなるようにする方法を教えてください』


 AIは、すぐに答えた。


『まず、嘘と事実の食い違いを確認できるよう、質問を具体的にすることを推奨します。ただし、視線や表情だけで嘘を判断することはできません。事実の確認と、嘘をつく理由への対応を分けて考えることが重要です』


 莉子は続きを読んだ。


 質問は一度に一つずつ。


 曖昧な返答には、具体的な説明を求める。


 確認できた事実と、推測を分ける。


 嘘をついたことだけでなく、嘘をつかずに話せたことも認める。


 どれも、もっともらしかった。


 最後にAIは付け加えた。


『子どもが正直に話しても、必ずしも叱られないと感じられる環境を作ることも大切です』


「なるほどね……」


 莉子はメモを取った。


 これならできそうだった。


 感情的に怒るから、悠太も隠そうとするのかもしれない。


 もっと落ち着いて、事実を確認すればいい。


 莉子はそう考えた。


     *


 翌日から、莉子は質問の仕方を変えた。


「宿題は終わった?」


「うん」


「何の宿題をやったの?」


「算数」


「どのページ?」


「……三十ページ」


「じゃあ、見せてくれる?」


 悠太は黙った。


 ランドセルからプリントを出す。


 やはり、手つかずだった。


「終わったって言ったよね」


「……ごめん」


「どうして嘘をついたの?」


「忘れてたから」


「忘れていたのに、どうして終わったと言ったの?」


 悠太は、答えなかった。


 莉子は待った。


 以前なら、ここで怒っていた。


 でも今は、怒らずに理由を聞こうと決めていた。


「言いにくいことでも、ちゃんと話してくれたら、お母さんは聞くから」


 悠太は少しだけ顔を上げた。


「……あとでやる」


「今は、理由を聞いているの」


「……分かんない」


 莉子は困った。


 AIの説明では、曖昧な返答には具体的な説明を求めるのがよいとされていた。


 けれど、何度聞いても、悠太は「分からない」と繰り返すだけだった。


 その日は、結局、宿題を終わらせてから寝ることになった。


 悠太は泣かなかった。


 莉子も怒鳴らなかった。


 以前より、話し合いらしくなった気がした。


     *


 一週間が経った。


 莉子は、少しずつ手応えを感じていた。


 ゲームの時間を超過したときも、以前なら「やっていない」と言い張っていた悠太が、最近は素直に認めることがある。


 宿題の確認も、口論になる回数が減った。


 AIに経過を報告すると、いくつかの助言が返ってきた。


『一貫したルールを設け、事実を確認する習慣を継続してください』


『正直に話せた場合は、その行動を具体的に認めることが有効です』


 莉子は、言われた通りにした。


 宿題を終えたら、終わったことを確認する。


 ゲームの時間を守れたら、守れたことを伝える。


 嘘が分かったときは、何が事実と違うのかを一緒に確認する。


 毎日、少しずつ。


 悠太も、以前ほど反発しなくなった。


 ある晩、莉子が「明日の準備はできた?」と聞くと、悠太は自分からランドセルを持ってきた。


「見て」


 中には、連絡帳も筆箱も入っていた。


「ちゃんとできたね」


 莉子がそう言うと、悠太は少しだけ笑った。


 莉子も嬉しくなった。


 この調子なら、きっと大丈夫。


 そう思った。


     *


 変化に気づいたのは、学校の個人面談の日だった。


 担任の先生は、悠太の成績や授業中の様子を説明したあと、少し言いにくそうに切り出した。


「最近、悠太くん、休み時間に一人でいることが増えたんです」


「そうなんですか?」


「前は友達とよく遊んでいたんですけどね。何か、ご家庭で変わったことはありますか?」


 莉子は考えた。


 宿題の管理を厳しくしたことだろうか。


 ゲームの時間を守らせるようにしたことだろうか。


「最近、本人が嘘をつくことが増えていたので、ちゃんと話をするようにしているんです」


「そうですか」


 先生は頷いた。


「本人も、何か気にしていることがあるのかもしれませんね。学校でも少し様子を見てみます」


 家に帰ってから、莉子は悠太に聞いた。


「学校で何かあった?」


「別に」


「先生から、休み時間に一人でいることが増えたって聞いたよ」


「……そうなんだ」


「友達と喧嘩したの?」


「してない」


「仲間外れにされてるとか?」


「違う」


 莉子は一つずつ質問した。


 悠太は、どれにも短く答えた。


「じゃあ、どうして一人でいるの?」


「……分かんない」


 また、その答えだった。


 莉子は息を吐きそうになったが、こらえた。


「分からないなら、一緒に考えよう。何かあったなら、正直に話していいんだよ」


「何もないって」


 悠太は立ち上がり、部屋へ行こうとした。


「待って。まだ話は終わってないよ」


 悠太の足が止まった。


 振り返った顔には、怒りというより、疲れが浮かんでいた。


「……もういい?」


 莉子は言葉に詰まった。


 以前の悠太なら、ここで言い返していた。


 今は、何も言わない。


 それが成長なのか、諦めなのか。


 莉子には判断できなかった。


     *


 その夜、莉子はAIに相談した。


『息子が学校で一人でいることが増えたそうです。本人に聞いても「何もない」と言います。どうすれば本当のことを話してくれるでしょうか』


 AIは、いくつかの可能性を挙げた。


 友人関係の変化。


 学校でのストレス。


 本人がまだ言葉にできていない不安。


 家庭で心配をかけたくないという気持ち。


 ただし、どれか一つだと断定することはできない、とも説明した。


『質問を重ねることで、本人が責められていると感じる可能性があります。安心して話せる時間を設け、すぐに理由を特定しようとせず、本人が話し始めるのを待つことも選択肢です』


 莉子は、画面を見つめた。


 質問を重ねることで、責められていると感じる。


 そんなつもりはなかった。


 嘘をつかなくていいように。


 正直に話しても大丈夫だと分かってもらえるように。


 そう思ってやってきたのに。


 莉子は、これまでのやり取りを振り返った。


 宿題は終わった?


 どのページ?


 見せてくれる?


 どうして嘘をついたの?


 どうしてそう言ったの?


 何があったの?


 どれも、答えを確かめるための質問だった。


 そして、悠太が答えられないと、答えられるまで質問を続けていた。


 莉子は、スマートフォンを伏せた。


 明日は、もう質問をするのをやめよう。


 そう決めた。


     *


 翌日の夕食後。


 莉子は、ソファに座っている悠太の隣に腰を下ろした。


「ねえ、悠太」


「なに?」


「最近、お母さん、いろいろ聞きすぎてたかもしれない」


 悠太はテレビを見たまま、何も言わなかった。


「嘘をついてほしくないって思ってたんだけど、いつの間にか、何でもちゃんと説明してもらわなきゃって思ってた」


 莉子は言葉を探した。


「だから、今すぐ何か話してほしいわけじゃないよ。話したくなったら、聞くからね」


 悠太は、しばらく黙っていた。


 それから、小さく尋ねた。


「……本当のこと言っても、怒らない?」


 莉子はすぐに答えた。


「怒らないよ」


 言ってから、少し迷った。


 宿題をやっていなかったら。


 約束を破っていたら。


 誰かを傷つけていたら。


 本当に、何があっても怒らずにいられるだろうか。


 けれど、今はその迷いを口にしなかった。


「ちゃんと聞くから」


 悠太は、テレビの音量を下げた。


「学校でさ……友達に、ゲームのカードを貸したんだ」


「うん」


「返してって言ったら、もうなくしたって言われて」


 莉子は黙って聞いた。


「でも、そいつ、ほかの友達には、俺があげたって言ったんだ」


 悠太は膝の上で指を組んだ。


「先生に言ったら、そいつが怒られると思った。そしたら、もっと嫌なことされるかもしれないし」


「……そうだったんだ」


「だから、何もないって言った」


 莉子は胸が痛くなった。


「どうして、お母さんには言わなかったの?」


 口にしてから、また質問してしまったと思った。


 悠太は答えた。


「だって、お母さん、嘘つくのはダメって言うじゃん」


「うん……」


「でも、言ったら、どうしてもっと早く言わなかったのって聞くでしょ。なんで貸したのとか、ちゃんと断ればよかったじゃんとか」


 悠太は顔を上げた。


「何を言っても、次に聞かれることがあるんだもん」


 莉子は、何も言えなかった。


 悠太は、嘘をつくことに慣れていたのではない。


 嘘をつかずに話したあと、何を聞かれるかを覚えていたのだ。


 莉子は、息子の肩に手を伸ばしかけて、やめた。


「……そっか」


 それしか言えなかった。


 少しして、莉子は尋ねた。


「そのカードのこと、どうしたい?」


 悠太は考えた。


「返してほしい。でも、先生に言うのは、まだ嫌だ」


「分かった。今すぐ決めなくていいよ」


 莉子はそう答えた。


 解決策は、まだ見つかっていなかった。


 カードが戻るかも分からない。


 友達との関係がどうなるかも分からない。


 それでも、今はそれでよかった。


     *


 その晩、莉子はAIを開いた。


『息子が学校で友達とのトラブルを隠していたことが分かりました。これからどう対応すべきでしょうか』


 AIは、状況を整理するために質問を返した。


 カードの価値。


 トラブルが起きた時期。


 相手の子との関係。


 学校への相談を望んでいるか。


 莉子は入力欄を見つめた。


 以前なら、一つずつ答えていただろう。


 答えを整理すれば、最適な対応を選べると思っていた。


 けれど、今はまだ、悠太自身が何を望んでいるのかも、はっきりとは分からない。


 莉子は、質問に答える代わりに入力した。


『まだ、本人と話している途中です』


 AIは返答した。


『承知しました。状況が変わった際には、確認できている事実と、本人が望んでいることを分けて整理することができます』


 莉子は、その文章を読んでから、スマートフォンを閉じた。


 翌朝、悠太はいつもより少し早く起きてきた。


「お母さん」


「なに?」


「今日、学校から帰ったら、また話してもいい?」


 莉子は頷いた。


「もちろん」


 悠太は食卓につき、トーストをかじった。


 莉子は、何を話すつもりなのか聞かなかった。


 聞きたいことは、いくつもあった。


 その友達とは、いつから仲がいいのか。


 カードを貸したのは、どうしてなのか。


 先生には相談しなくていいのか。


 でも、それらを今すぐ聞かなくても、朝ごはんは食べられる。


 学校にも行ける。


 話は、帰ってきてからでもいい。


 莉子は、コーヒーを一口飲んだ。


 AIの画面には、まだ返していない質問が残っていた。


 答えを整理することなら、いつでもできる。


 ただ、息子が話し始める前に、答えを用意しておく必要はなかった。


 莉子はスマートフォンを鞄にしまった。


 その日、悠太が学校から帰ってきて、何を話したのか。


 それを記録する欄は、まだ作っていなかった。


 そして、今は作らなくてもいいと思った。

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