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AIの言う通りにしたら人生詰んだ話をAIに書かせた  作者: 伊勢吉


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10/11

第10話 AIに「祖母の味を再現したい」と相談した

 祖母が亡くなって、半年が過ぎた。


 美緒は、台所の棚から古いノートを取り出した。


 表紙は油で汚れ、角が丸くなっている。

 ページの端には、茶色い染みがいくつもついていた。


 祖母の手書きの料理ノートだった。


 美緒が探していたのは、肉じゃがの作り方だった。


 子どもの頃、祖母の家に泊まると、夕飯にはよく肉じゃがが出た。


 甘くて、少し濃い味。

 じゃがいもは煮崩れているのに、にんじんは形が残っていた。


 大人になってから、何度か自分でも作ってみた。

 レシピサイトを見て、調味料を量って、火加減も気をつけた。


 それでも、何かが違った。


 ノートを開くと、肉じゃがのページには、こう書いてあった。


『じゃがいも 四つ』

『肉 適当』

『しょうゆ ひとまわし』

『砂糖 気持ち多め』

『あとは味を見て』


「……適当って」


 美緒は笑った。


 祖母らしい。

 けれど、これでは再現できない。


 スマートフォンを取り出し、普段から仕事で使っているAIを開いた。


「祖母の肉じゃがを再現したいです。レシピが曖昧なのですが、どうすればいいですか?」


 AIは、いくつか質問を返した。


「覚えている味の特徴を教えてください」


 美緒は考えた。


「甘めです。しょうゆの味は濃いけど、しょっぱすぎない。じゃがいもは柔らかくて、少し煮崩れていました」


「使用していた肉の種類、具材、調理器具など、分かる範囲で教えてください」


 牛肉。

 玉ねぎ。

 にんじん。

 じゃがいも。

 鍋は、いつも同じ古い片手鍋だった気がする。


 美緒は覚えていることを入力した。


 しばらくして、AIはレシピを提示した。


「記憶されている味の特徴を再現するため、砂糖をやや多めにし、煮汁を十分に含ませる調理方法を推奨します。以下は二人分の試作レシピです」


 しょうゆ大さじ二。

 砂糖大さじ一と半分。

 みりん大さじ二。

 酒大さじ二。

 水二百ミリリットル。


 火加減も、煮る時間も書かれていた。


「材料や調味料の量は、味見をしながら調整してください」


「分かった」


 美緒は画面を閉じた。


 週末、祖母のノートを横に置いて、肉じゃがを作った。


 調味料を計量スプーンで量る。

 じゃがいもの大きさをそろえる。

 煮立ったら火を弱め、タイマーを設定する。


 レシピどおりに進めると、鍋から懐かしい匂いがした。


 美緒は少しだけ期待した。


 これだ。


 食卓に並べ、ひと口食べた。


「……おいしい」


 ちゃんとおいしかった。


 甘みもある。

 しょうゆの味もする。

 じゃがいもは柔らかい。


 けれど。


 美緒はもうひと口食べた。


 やっぱり、何かが違う。


 おいしくないわけではない。

 失敗でもない。


 ただ、祖母の肉じゃがではなかった。


     *


 次の週末、美緒はもう一度作った。


 今度は、AIに調整を頼んだ。


「前回のレシピはおいしかったですが、祖母の味とは違いました。もっと近づけるには?」


 AIは、違いを特定するための質問を提示した。


 甘みが足りないのか。

 しょうゆの香りが違うのか。

 煮汁の濃さか。

 具材の柔らかさか。


 美緒は一つずつ考えた。


 甘さは近い。

 しょうゆも、たぶん近い。

 じゃがいもは、もう少し崩れていた気がする。


「煮込み時間を延ばし、煮汁の一部をじゃがいもに含ませることで、記憶されている食感に近づく可能性があります」


 美緒は、そのとおりにした。


 二回目の肉じゃがは、一回目より祖母の味に近かった。


 それでも、完全ではない。


 美緒はノートのページを写真に撮り、AIに見せた。


「このレシピから、祖母が作っていた味を推定できますか?」


「記載内容から一般的な調理手順を推定することは可能ですが、調味料の実際の量や調理中の判断を正確に特定することはできません」


「でも、これだけしか書いてないんだよ」


「記録されていない情報については、複数の可能性があります」


 美緒はノートを見下ろした。


 祖母は、料理が得意だった。

 でも、料理を教えるのが得意だったわけではない。


 美緒が小学生の頃、隣で肉じゃがを作っていると、祖母はよく言った。


「味見してごらん」


 美緒がスプーンで煮汁をすくう。


「どう?」


「甘い」


「そうねえ」


 祖母は鍋に砂糖を少し足した。


「え、もっと入れるの?」


「今日は、これくらいがいいの」


 当時の美緒には、何が違うのか分からなかった。


 今なら分かるかもしれない。

 そう思っていた。


 だからこそ、レシピを再現したかった。


     *


 三度目は、母を家に呼んだ。


 祖母の娘である母なら、味の違いが分かるかもしれない。


「どう? おばあちゃんの肉じゃがに近い?」


 母はひと口食べて、しばらく噛んだ。


「おいしいね」


「そうじゃなくて。おばあちゃんの味に似てる?」


 母はもう一度食べた。


「うーん……おいしいけど、違うかな」


 美緒は肩を落とした。


「どこが違うと思う?」


「分からない。おばあちゃんの料理って、毎回ちょっと違ったし」


「毎回?」


「そうよ。甘い日もあれば、しょうゆが強い日もあった。じゃがいもが崩れてる日も、形が残ってる日もあった」


 美緒は思わず言った。


「でも、いつもおいしかったじゃん」


「そうね」


 母は、少し笑った。


「おいしかったね」


 それから母は、鍋の中を見つめた。


「おばあちゃん、よくあんたの帰りを待ってから味つけしてたのよ」


「私の?」


「部活から帰ってくる時間に合わせて、ご飯を作ってたでしょ。遅くなった日は、煮直して味が濃くなっちゃうこともあった」


 美緒は、何も言えなかった。


 確かに、祖母の家に行くと、肉じゃがはいつも鍋に入っていた。

 帰りが遅くなっても、祖母は温め直してくれた。


 あの味は、鍋から出した瞬間の味ではなかったのかもしれない。


 帰りを待って、温め直して、少し煮詰まった味。


 それでも祖母は、いつも「おいしい?」と聞いていた。


「おばあちゃん、レシピを残してくれてたらよかったのに」


 美緒が言うと、母は首を横に振った。


「残してくれたじゃない」


「こんなの、レシピって言わないよ」


「でも、あの人はこれで作ってたんだから」


 母はノートをそっと閉じた。


「たぶん、分量を覚えてたんじゃなくて、食べる人を見てたんじゃないかな」


     *


 母が帰ったあと、美緒はAIを開いた。


「祖母の肉じゃがを再現するのは、もう無理なのかな」


 AIはすぐに答えた。


「完全な再現は難しい可能性があります。記録にない調理手順や、その日の状況、作り手の判断を確定することはできません。ただし、覚えている特徴をもとに、近い味を探ることは可能です」


 美緒は画面を見つめた。


「じゃあ、続ける意味はある?」


「目的によります。過去の味を完全に再現することが目的であれば、達成できない可能性があります。一方、記憶に近い味を探し、今後も作れるレシピを残すことが目的であれば、試作を続ける意味はあります」


 美緒は、すぐには返事をしなかった。


 AIは間違っていない。


 祖母の味を完全に再現することはできないかもしれない。

 記録にないことは、推測するしかない。


 でも、肉じゃがを作ることまで、やめる必要はない。


 美緒は祖母のノートを開いた。


『しょうゆ ひとまわし』

『砂糖 気持ち多め』

『あとは味を見て』


 今まで、美緒はこの曖昧さを、情報が足りないという意味で読んでいた。


 でも、祖母はきっと、これ以上書く必要がなかったのだ。


 鍋の中を見て、匂いを嗅いで、味見をする。

 その日のじゃがいもや肉や、食べる人の帰る時間によって、少しずつ変える。


 レシピは、答えを保存するためのものだと思っていた。


 けれど、このノートに書かれていたのは、答えを決めつけないための余白だったのかもしれない。


 美緒は新しいノートを開いた。


 最初のページに、AIが作ったレシピを書き写した。


 その下に、今日の分量を記録した。


 しょうゆ、大さじ二。

 砂糖、大さじ一と半分。

 煮込み時間、二十五分。


 そして最後に、一行だけ付け足した。


『母と食べた。おいしいと言ってくれた。祖母の味とは違うらしい』


 少し考えてから、もう一行。


『次は、母が子どもの頃に食べていた味を聞く』


 美緒はペンを置いた。


 祖母の肉じゃがは、もう食べられない。


 それでも、肉じゃがを作ることはできる。


 祖母と同じ味にはならないかもしれない。

 母の記憶とも違うかもしれない。


 それでも、次に作るときには、今日とは少し違うものになる。


 美緒は、ノートの余白に小さく書いた。


『味見をすること』


 それは、AIのレシピにも、祖母のノートにも、書かれていたことだった。

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