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AIの言う通りにしたら人生詰んだ話をAIに書かせた  作者: 伊勢吉


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6/11

第6話 AIに「昔の友人を探したい」と相談した

実家の押し入れを整理していたとき、健太は一冊のアルバムを見つけた。


 高校の卒業アルバムではない。クラスメイトたちが寄せ書きをした、薄い紺色の写真帳だった。


 ページをめくると、文化祭や体育祭、何でもない放課後の写真が出てきた。


 その中の一枚で、健太の手が止まった。


 校舎裏のベンチに、三人の高校生が並んで座っている。


 左が健太。真ん中が真帆。右が亮介。


 十年以上前の写真なのに、三人とも今よりずっと幼く見えた。


 写真の裏には、油性ペンでこう書かれていた。


『十年後、ここで』


 誰の字かは分からない。


 ただ、それを見た瞬間、胸の奥が妙にざわついた。


 十年後に、同じ場所で会おう。


 そんな約束をした気がする。


 けれど、いつ、どんな流れで決めたのかは思い出せなかった。


 真帆とは高校卒業後、何度か連絡を取った。就職や引っ越しをきっかけに、いつの間にか途切れた。


 亮介とは、成人式で顔を合わせたのが最後だった。


 嫌いになったわけではない。


 喧嘩をしたわけでもない。


 ただ、連絡しないまま時間が過ぎた。


 健太はスマートフォンを取り出した。


 真帆の連絡先は、まだ残っていた。亮介の連絡先も、古いアカウントの中に見つかった。


 メッセージを送ろうとして、指が止まる。


 いきなり「十年後に会う約束、覚えてる?」と送るのは、少し重い気がした。


 相手にとっては、忘れてしまった程度の昔話かもしれない。


 自分だけが大切にしていた約束だったら、恥ずかしい。


 健太はAIを開いた。


『昔の友人を探して、会いたいと思っています。高校時代に十年後に会う約束をしたようなのですが、相手が覚えているか分かりません。どう連絡するのがいいでしょうか』


 AIはすぐに答えた。


『まずは、相手が返信しやすい短いメッセージを送ることをおすすめします。約束を覚えているかどうかを確認する前に、近況を尋ねると自然です』


 続けて、文面の例が表示された。


『久しぶり。昔の写真を整理していたら、懐かしい写真が出てきた。元気にしてる? もし都合が合えば、近いうちに少し話せたらうれしい』


 健太はそれを参考に、真帆へメッセージを送った。


 送信してから、写真の裏側をもう一度見た。


 『十年後、ここで』


 約束をしたこと自体は、間違いない気がした。


 なのに、約束をしたときの自分の顔も、二人の返事も、思い出せなかった。


     *


 真帆から返信が来たのは、翌日の昼だった。


『久しぶり! 元気だよ。懐かしいね。写真ってどんなの?』


 健太は写真を撮って送った。


 しばらくして、真帆から電話がかかってきた。


「これ、懐かしい。こんなの残ってたんだ」


「覚えてる?」


「写真は覚えてるよ。文化祭のあとじゃなかったかな」


「裏にさ、『十年後、ここで』って書いてあるんだ。俺たち、約束したんだっけ?」


 電話の向こうで、真帆が少し黙った。


「……そんな話、したような気もする」


「やっぱり?」


「でも、十年後に会おうって、本気で決めたんだっけ。高校生って、そういうこと言いそうじゃない?」


 真帆は笑った。


 健太も笑ったが、胸の中には小さな引っかかりが残った。


 真帆は、約束を覚えていないのだろうか。


 それとも、覚えているけれど、今さら持ち出すほどのことではないと思っているのだろうか。


「もしよかったら、今度会わない? 亮介にも聞いてみようと思ってる」


「うん。予定が合えば」


 真帆はそう答えた。


 その声は、昔と変わらない気がした。


 けれど、電話を切ったあと、健太はもう一度写真を見た。


 真帆は、写真の裏に何が書いてあるかを聞く前から、約束の話をほとんど覚えていないようだった。


 そのことが、なぜか気になった。


     *


 亮介には、SNSのメッセージを送った。


 こちらも、返事はすぐに来た。


『おお、健太じゃん。久しぶり。元気?』


 近況を少しやり取りしたあと、健太は写真を送った。


『これ、覚えてる? 裏に十年後に会おうって書いてあった』


 亮介からの返信は、数分後だった。


『あったな、こんな写真』


『約束したこと、覚えてる?』


『正直、そこまでは覚えてないな。昔のことだし』


 やはり、亮介も覚えていなかった。


 健太は少し迷ってから、会うことを提案した。


『真帆にも連絡したんだけど、よかったら三人で会わない?』


『いいよ。久々に顔見たいし』


 拍子抜けするほど、あっさり決まった。


 それなのに、健太の気持ちはすっきりしなかった。


 会えることはうれしい。


 でも、自分が探しているのは、本当に二人の顔なのだろうか。


 写真に書かれた約束の意味を知りたいだけなのだろうか。


 AIに相談してみた。


『相手が約束を覚えていないようです。こちらだけが大事にしていたのかもしれません』


 AIは答えた。


『その可能性はあります。ただし、相手が覚えていないことと、あなたとの関係を大切に思っていないことは同じではありません。記憶の残り方は人によって異なります』


 健太は、その返答を読んで少し安心した。


 AIは、真帆や亮介の気持ちを勝手に決めつけなかった。


 それで十分なはずだった。


 それでも健太は、二人の返事を何度も読み返した。


 真帆の「そんな話、したような気もする」。


 亮介の「そこまでは覚えてないな」。


 どちらも自然な返事だった。


 だからこそ、何かを隠しているようには見えなかった。


     *


 待ち合わせの日、健太は約束の場所に向かった。


 高校の校舎は建て替えられていたが、校舎裏のベンチがあったあたりには、小さな広場が残っていた。


 先に来ていた亮介が、手を振った。


「うわ、全然変わってないな」


「お前は変わっただろ。髪、そんな短かったっけ」


「お互いさまだろ」


 そんなやり取りをしていると、真帆もやってきた。


 三人で顔を合わせるのは、十年以上ぶりだった。


 最初は少しぎこちなかった。


 仕事の話、住んでいる場所の話、共通の知人の話。


 昔の友人同士なら、いくらでも話題があると思っていた。


 でも、思い出話をするたびに、健太は自分が知っているはずの出来事を、二人の口から聞き直すことになった。


「あのとき、先生に怒られたの覚えてる?」


「ああ、あったな」


「そうそう。あれ、亮介が先にやったんだよね」


「いや、健太だろ。俺は巻き込まれただけ」


 笑い声が起きた。


 それは確かに、昔の三人に戻ったような時間だった。


 しばらくして、健太は写真をテーブルに置いた。


「それで、これなんだけど」


 真帆と亮介が写真を覗き込んだ。


「やっぱり、この場所だよね」


「そうだな」


「十年後に会うって、どういう流れで決めたんだろうな」


 健太が尋ねると、二人は顔を見合わせた。


 ほんの一瞬だった。


 けれど、二人とも、すぐには答えなかった。


「……何か、きっかけがあった気はするんだけど」


 真帆が言った。


「俺も。けど、細かいところは全然」


 亮介も、困ったように笑った。


 健太は写真を指で押さえた。


「俺、これを見たとき、絶対に会う約束をしたんだって思ったんだ。だから、二人も覚えてると思ってた」


「ごめん。期待させちゃったかな」


 真帆が言った。


「いや、謝らなくていいよ。俺だって、何でこんなに気になってるのか、よく分かってないし」


 その言葉は、本心だった。


 会いたかったのは本当だ。


 でも、二人が約束を忘れていることが、なぜこんなに寂しいのか。


 自分でも説明できなかった。


 そのとき、亮介が写真を裏返した。


「これ、誰の字なんだろうな」


「分からない。俺の字にも見えるけど、確信はない」


「じゃあ、覚えてないのはお互いさまか」


 亮介は軽く笑って、写真を戻した。


 真帆も、ほっとしたように笑った。


 その笑顔を見て、健太は妙な違和感を覚えた。


 忘れていたことを確かめられて、ほっとする。


 そんな反応をするものだろうか。


 ただの昔話なら、思い出せなくても困らないはずだ。


 健太は尋ねかけた。


 でも、二人が久しぶりに会えたことを喜んでいるのも、本当だった。


 わざわざ空気を悪くする必要はない。


 そう思い、口を閉じた。


     *


 帰り道、健太はAIを開いた。


『久しぶりに友人と会えました。でも、昔の約束を自分だけが覚えていたようで、少し寂しかったです』


 AIは答えた。


『再会できたことと、約束の記憶が一致しなかったことは、別の出来事として考えてもよいでしょう。相手があなたを大切に思っているかどうかは、約束を覚えていたかどうかだけでは判断できません』


 健太は画面を見つめた。


 その通りだと思った。


 真帆も亮介も、会うことを嫌がらなかった。


 昔話をして、笑って、別れ際には「また会おう」と言ってくれた。


 それだけで、十分なのかもしれない。


 それなのに、健太の中には、まだ答えの出ない疑問が残っていた。


 なぜ二人は、約束を思い出せないことに、あんなに気を遣っていたのだろう。


 ただ忘れていただけなら、もっと気軽に「そんなのあったっけ」と言えばいい。


 真帆は謝った。


 亮介は、写真の裏の文字を見たあと、話を切り上げるように笑った。


 何かを隠しているというより、触れないようにしている。


 そんな印象だった。


 健太はアルバムを開いた。


 写真の前後には、同じ日の写真が何枚も並んでいた。


 教室でふざけている三人。


 駅前でジュースを飲んでいる三人。


 そして、最後の一枚。


 卒業式の日、校門の前で撮った写真だった。


 健太は写真を外した。


 裏に、薄く鉛筆の跡が残っていた。


 角度を変えると、かすれた文字が読めた。


『もし俺が忘れてても、無理に思い出させないでくれ』


 その下には、別の字で短い返事があった。


『分かった』


 誰が書いたのかは分からない。


 だが、返事の最後には、小さく「真」「亮」と書かれていた。


 真帆と亮介だ。


 健太は、息を止めた。


 自分が忘れていたのは、約束だけではなかった。


 二人に、忘れていても責めないでほしいと頼んだことも。


 なぜ、そんなことを頼んだのか。


 その理由までは、思い出せなかった。


     *


 健太は、もう一度真帆にメッセージを送った。


『卒業写真の裏に、俺が書いたらしいメモがあった。覚えてても、無理に思い出させないでくれって。あれ、何があったんだっけ』


 既読はすぐについた。


 返事が来るまで、少し時間がかかった。


『やっぱり、見つけたんだね』


 健太は、その一文を何度も読み返した。


 やがて真帆から、続きが届いた。


『あの頃、健太は卒業したら全部リセットしたいって言ってた。進学先も、友達も、昔のことも。私たちと会うのが嫌だったわけじゃないって言ってたけど、昔の自分を思い出すのがつらそうだった』


 健太は画面を見つめた。


 記憶の底から、断片が浮かんだ。


 進路が決まらなかったこと。


 周りが自分より先に進んでいくように感じていたこと。


 何をしても、誰かの期待に応えられない気がしていたこと。


 そして、卒業式の日。


 真帆と亮介が、卒業後も三人で会おうと言ってくれたこと。


 自分は、うれしかったはずだった。


 でも、そのときの自分は、未来の約束さえ守れない人間になるのが怖かった。


 だから、冗談めかして言ったのだ。


 もし忘れていても、無理に思い出させないでくれ。


 約束を覚えていなかったとしても、それで友情が終わったことにしないでくれ。


 真帆から、さらにメッセージが届いた。


『私たちも、約束をちゃんと覚えてたわけじゃないよ。ただ、健太が自分で思い出すまでは、こっちから言わないでおこうって話してた』


 健太は、指を止めた。


『会ったとき、二人とも覚えてないって言ったのは?』


 今度の返事は、すぐに来た。


『本当に細かいことは忘れてたから。でも、健太があの約束をどんな気持ちで書いたのかは覚えてた。もし私たちが「覚えてるよ」って言ったら、健太はまた、約束を守らなきゃって思うんじゃないかって』


 健太は椅子にもたれた。


 真帆も亮介も、約束を軽く扱っていたわけではなかった。


 むしろ、約束を守らせないために、約束のことを口にしなかった。


 自分が忘れていたら、責めない。


 思い出せなくても、無理に答えを求めない。


 二人は、あの頃の健太が望んだことを、ずっと守っていたのだ。


 健太は、亮介にもメッセージを送った。


『あのメモのこと、覚えてた?』


 少しして、亮介から返事が来た。


『覚えてたよ。でも、俺たちも忘れてる部分は多い。あの日のことを全部覚えてるわけじゃないから、嘘にならないようにしたかったんだ』


 続けて、もう一通。


『ただ、会いたいと思ってたのは本当だよ。約束があったからじゃなくてな』


 健太は、スマートフォンを机に置いた。


 自分は、二人が約束を覚えているかどうかを確かめたかった。


 けれど、本当に知りたかったのは、約束がなくても二人が会ってくれるかどうかだったのかもしれない。


 AIに相談したとき、健太は「相手が覚えているか分からない」と書いた。


 けれど、実際には、自分自身が何を確かめたいのかを、よく分かっていなかった。


 AIは、連絡の仕方を教えてくれた。


 失礼にならない文面を提案し、相手の反応を決めつけず、再会の機会を作る手助けをした。


 その助言は、間違っていなかった。


 ただ、AIに入力しなかったことまでは、答えようがなかった。


 健太は、写真をもう一度手に取った。


 裏に書かれた『十年後、ここで』という文字。


 その下に、薄く残る別の線。


 よく見ると、最初の文字の横に、小さな続きがあった。


『十年後も、三人で』


 そして、その下には、もっと小さな字で。


『忘れても、また会えばいい』


 健太は、目を閉じた。


 今度は、少しだけ思い出せた。


 あの日、二人は約束をしようと言った。


 自分は、約束を守れる自信がないと答えた。


 それでも二人は、会いたいと思ったら会えばいい、と言ってくれた。


 約束は、未来を縛るためのものではなかった。


 戻ってくる場所を、残しておくためのものだった。


 健太は、真帆と亮介のメッセージ画面を開いた。


『今度は、約束とか関係なく、また三人で会おう』


 送信すると、亮介からすぐに返事が来た。


『おう。次はお前が店決めろよ』


 真帆からも、短い返信が届いた。


『今度は写真も撮ろうね』


 健太は笑った。


 十年後に会う約束は、もう終わっていた。


 けれど、三人で会う理由は、まだ残っていた。


 AIに聞けば、連絡する方法は分かる。


 相手の負担を減らす言い方も、失礼にならない誘い方も、きっと教えてくれる。


 でも、なぜ会いたいのか。


 会ったあと、何を大切にしたいのか。


 その答えだけは、最初から自分の中にあったのかもしれない。


 健太は、写真をアルバムに戻した。


 今度は、裏の文字が見えるようにして。


 忘れても、また会えばいい。


 その言葉は、昔の自分が、未来の自分に残したものだった。

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