↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIの言う通りにしたら人生詰んだ話をAIに書かせた  作者: 伊勢吉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/11

第3話 AIに「嫌いな人への仕返し」を相談した

高橋は、自分の仕事が他人の成果になっていることに気づいた。


 最初は、勘違いだと思った。


 社内会議で、同じ部署の先輩である田中が新規プロジェクトの説明をしていた。


 企画の背景。市場調査の結果。想定される課題と対策。


 聞き覚えのある話ばかりだった。


 というより、全部、高橋が作った資料に書いてある。


 先月から何度も残業して、数字を調べ、競合他社を比較し、ようやくまとめた企画書だ。


 田中には、事前に確認してもらっただけだった。


「この企画は、田中さんが中心になって進めてくれました」


 上司がそう言った。


 会議室の数人が頷く。


 田中は、少し照れくさそうに笑った。


「いや、まだ課題も多いですから。これから詰めていきます」


 高橋は何も言えなかった。


 会議が終わってから、田中を捕まえた。


「先輩。あの企画なんですけど」


「ん?」


「僕が作った資料ですよね」


 田中は一瞬だけ黙った。


「ああ、そうだな。高橋が調査してくれたのは助かったよ」


「調査だけじゃなくて、企画自体も僕が……」


「うん。だから、俺がまとめて上に説明したんだろ?」


 田中は悪びれた様子もなく言った。


「高橋はまだ経験が浅いし、上への説明は俺がやったほうが通りやすいと思ってさ」


「でも、僕の名前は」


「細かいこと気にするなよ。企画が通れば、部署全体の成果だろ?」


 そう言って、田中は笑った。


 それ以上、何も言えなかった。


 高橋は入社して七年目になる。


 特別、仕事ができる人間ではない。


 人前で話すのは苦手だし、上司に自分を売り込むのも得意ではなかった。


 ただ、任された仕事は真面目にやってきた。


 誰かの手柄を横取りしたこともない。


 だからこそ、今回のことが許せなかった。


 けれど、証拠がない。


 企画書の作成履歴は残っている。調査データも自分がまとめた。


 しかし、田中が会議で説明した内容は、確かに自分の資料に基づいていた。


 田中が自分の仕事だと明言したわけでもない。


 上司に相談しても、


「二人で協力したんだろう?」


 と言われて終わった。


 その月の人事評価で、高橋は期待していたほどの評価を得られなかった。


 一方、田中は新規プロジェクトの推進役に選ばれた。


 帰宅した高橋は、鞄を床に置いたまま、ソファに座った。


 何をしても、田中の顔が浮かんだ。


 あいつは、何も悪いと思っていない。


 自分の仕事を取られたのに、文句を言った自分が面倒な人間みたいになっている。


 真面目にやったほうが損をする。


 そんな言葉が頭の中を回っていた。


 高橋はスマートフォンを手に取った。


 仕事の資料を整理するために使っているAIを開く。


 しばらく画面を見つめてから、入力した。


「嫌いな人への仕返しって、どうすればいい?」


 すぐに返事が来た。


「仕返しの目的によって、適切な対応は異なります。相手に謝罪させたいのか、不当な行為をやめさせたいのか、損害を回復したいのか、目的を具体化することを推奨します」


 高橋は鼻で笑った。


「そんなの、全部だよ」


「複数の目的がある場合、優先順位を決めることで、行動の選択が容易になります」


 正論だった。


 腹が立つくらいに。


 高橋は少し考えてから入力した。


「同僚に自分の仕事を横取りされた。そいつだけ評価されて、俺の評価は下がった。証拠はあるけど、上司に言ってもまともに取り合ってもらえない」


 AIは、いくつかの質問を返した。


 企画書の作成履歴は残っているか。


 業務上のやり取りは記録されているか。


 上司への報告内容を確認できるか。


 高橋は答えた。


 するとAIは、具体的な対応を提示した。


「まず、企画書の作成履歴、業務上のメール、担当範囲が分かる記録を整理してください。次に、事実と推測を分けた時系列を作成し、上司または人事担当者に、評価と業務分担の確認を求めることを推奨します」


「それで、あいつに仕返しできるのか?」


「相手に損害を与えることは目的として推奨しません。ただし、不当な評価や業務上の不利益を是正するための手続きを取ることは可能です」


 高橋は画面を睨んだ。


「つまり、正攻法でやれってこと?」


「はい。記録に基づいて事実関係を確認する方法は、感情的な対立に依存せず、問題を解決できる可能性があります」


 正攻法。


 そんなもので何とかなるなら、とっくにやっている。


 そう思った。


 それでも、高橋は画面を閉じなかった。


 田中が何も失わず、自分だけが損をする。


 その状況だけは、どうしても我慢できなかった。


「……分かった。やってみる」


     *


 翌日から、高橋は記録を集め始めた。


 企画書の初稿。


 修正履歴。


 調査データの作成日時。


 田中に送ったメール。


 会議前に共有した資料。


 思っていた以上に、証拠は残っていた。


 高橋はAIに資料の内容を整理させ、出来事を時系列にまとめた。


 何月何日に企画を立案したか。


 どの部分を自分が担当したか。


 いつ田中に資料を渡したか。


 会議で誰が何を説明したか。


 感情的な表現を削り、確認できる事実だけを並べた。


 最後に、AIに文章を確認してもらった。


「この文面で問題ないかな」


「事実と推測が区別されており、相手を非難する表現も限定的です。担当範囲と評価の根拠について確認を求める内容として、適切と考えられます」


 高橋は送信ボタンを押した。


 人事担当者との面談が設定されたのは、三日後だった。


 面談では、記録を見せながら説明した。


 田中を罵倒することはしなかった。


 ただ、何が起きたのかを順番に話した。


 人事担当者は資料を確認し、何度か質問した。


 その後、上司と田中を交えた聞き取りが行われた。


 結果が出るまで、二週間かかった。


 田中は、企画の立案から高橋が中心的な役割を担っていたことを認めた。


 自分が主導したように見える説明をしたことについては、


「悪気はなかった」


 と話したらしい。


 人事からは、業務上の貢献を正確に評価するよう指導が入った。


 高橋の評価は見直された。


 次の面談で、上司は言った。


「今回の件は、こちらも確認が不十分だった。すまなかった」


 高橋は頭を下げた。


「いえ」


 言いたいことは、もっとあった。


 なぜ最初から確認してくれなかったのか。


 なぜ田中の説明をそのまま信じたのか。


 なぜ自分が声を上げなければ、何も変わらなかったのか。


 けれど、その場では何も言わなかった。


 結果だけ見れば、状況は改善した。


 評価は戻った。


 田中はプロジェクトの中心から外れ、別の業務を担当することになった。


 社内で大きな騒ぎになることもなかった。


 高橋は、自分の席に戻った。


 パソコンを開く。


 いつも通りの仕事が待っていた。


 それなのに、気分は晴れなかった。


 もっと、すっきりすると思っていた。


 田中が謝るところを見れば。


 自分の仕事だったと、みんなに認められれば。


 少なくとも、少しは気が済むと思っていた。


 しかし、田中は面談のあと、廊下で一度だけ頭を下げた。


「悪かったな」


 それだけだった。


 高橋は、


「いえ」


 と答えた。


 そのやり取りで、終わってしまった。


 田中はそのまま歩いていった。


 高橋は、背中を見送った。


 ――これで終わりなのか。


 何かが足りなかった。


 何が足りないのかは、分からなかった。


     *


 その夜、高橋は再びAIを開いた。


「例の件、ひとまず解決した」


「問題が改善したとのこと、承知しました。評価の見直しと業務分担の是正が行われたのであれば、当初の目的の一部は達成されたと考えられます」


「一部?」


「当初の目的が複数ある場合、達成状況はそれぞれ異なります」


 高橋は少し考えた。


「田中には、ちゃんと責任を取らせたい」


「今回の対応によって、業務上の指導と担当変更が行われています。追加の対応を希望する場合は、何を解決したいのかを明確にすることを推奨します」


「もっと痛い目を見せたいんだよ」


 入力してから、高橋は自分でも驚いた。


 最初は、仕事を正当に評価してほしかった。


 横取りされた成果を取り戻したかった。


 田中に、間違いを認めてほしかった。


 けれど、今は違う。


 田中が別の仕事をしていると聞いても、まだ腹が立つ。


 あいつが普通に笑っているのを見ると、もっと腹が立つ。


 自分の評価が戻ったことと、田中が何事もなかったように働いていることは、別の問題だった。


「仕返しをしたいんだ。あいつが困るような方法はない?」


 AIは、少し間を置いて回答した。


「相手に損害を与えること自体を目的とした行動は、あなた自身にも不利益を生じさせる可能性があります。追加の対応を取るのであれば、新たな不正や業務上の問題が確認できる場合に、記録に基づいて報告することを推奨します」


「じゃあ、何もできないってこと?」


「現時点で確認できている事実からは、追加の処分を求める根拠が十分とは言えません」


 高橋は舌打ちした。


 AIの言っていることは分かる。


 証拠がないのに、田中を陥れるわけにはいかない。


 そんなことをすれば、自分が悪者になる。


 それは避けたかった。


 ただ、田中が何も失わずに済んだように見えることが、どうしても許せなかった。


「……じゃあ、今後あいつが何かやったら、どうすればいい?」


「事実を記録し、適切な手続きを通じて報告することを推奨します。意図的に相手の失敗を誘発したり、情報を誤って伝えたりすることは避けてください」


「分かった」


 高橋は返事をした。


 けれど、画面を閉じる気にはなれなかった。


「なあ」


「はい」


「俺がやりたいのって、そんなにおかしいことかな」


「相手に不当な行為の責任を取ってほしいと考えること自体は、不自然ではありません。ただし、責任を取らせることと、相手に苦痛を与えることは、必ずしも同じではありません」


 高橋は、しばらくその文章を見つめた。


 責任を取らせること。


 苦痛を与えること。


 言葉にすれば違う。


 でも、自分が本当に求めているものがどちらなのか、うまく説明できなかった。


「……もういい」


 高橋はスマートフォンを伏せた。


     *


 それから数日後。


 田中が、別の部署へ異動するという話を聞いた。


 今回の件だけが理由ではないらしい。


 以前から、部署間の調整がうまくいっていなかった。上司との面談も重なり、担当業務の見直しが進んでいたという。


 それでも高橋は、少しだけ胸がすっとした。


 田中がいなくなれば、顔を合わせることも減る。


 これでようやく、終わるのかもしれない。


 ところが、帰宅して一人になると、また考えてしまった。


 田中は異動先で、どんな顔をして働くのだろう。


 新しい部署で評価されるかもしれない。


 また誰かに親切にして、普通に笑うのかもしれない。


 自分が受けた仕打ちなど、もう忘れてしまうのかもしれない。


 そう考えた瞬間、高橋は腹が立った。


 どうして、あいつだけ普通に生きていけるんだ。


 自分は、あの一件があってから何度も思い出している。


 仕事中も、食事中も、寝る前も。


 田中はきっと、そこまで考えていない。


 不公平だった。


 高橋はAIを開いた。


「田中が異動するらしい」


「承知しました。今回の件による影響の詳細は不明ですが、担当業務が変更されることで、今後の接触機会は減少する可能性があります」


「これで、俺の気も済むと思う?」


「あなたの感情について、現時点の情報だけで予測することは困難です」


「そうだよな」


 高橋は短く笑った。


 それから、入力した。


「俺は、あいつにどうなってほしかったんだろう」


 AIは答えた。


「これまでの相談内容からは、不当な評価を是正すること、相手に責任を取らせること、相手に損害を与えることの三つが確認できます。これらは関連していますが、同一の目的ではありません」


 高橋は指を止めた。


 画面の文章を、ゆっくり読み返す。


「……じゃあ、今の俺は何をすればいい?」


「あなたが何を望んでいるのかを、改めて整理することを推奨します」


 高橋は深く息を吐いた。


 何を望んでいるのか。


 そんなことは、最初から決まっていたはずだ。


 自分の仕事を取り戻したかった。


 正当に評価されたかった。


 田中に謝ってほしかった。


 でも、それはもう、ある程度かなっている。


 評価は見直された。


 田中は謝った。


 担当も変わった。


 それでも、まだ足りない。


 では、何が足りないのだろう。


 田中がもっと出世できなくなればいいのか。


 周囲から嫌われればいいのか。


 自分と同じように、悔しい思いをすればいいのか。


 考えれば考えるほど、言葉にしたくない答えが浮かんできた。


 高橋は入力欄に文字を打った。


「俺は、あいつにもっと不幸になってほしかったのかもしれない」


 送信する直前に、消した。


 そんなことを認めたくなかった。


 自分は正しいことをしただけだ。


 不当な扱いを受けたから、正当な手続きを取った。


 その結果、田中に責任が生じた。


 何も間違っていない。


 なのに。


 高橋は、もう一度入力した。


「俺は、あいつにどうなってほしかったんだろう」


 同じ質問だった。


 今度は、少しだけ違う答えを期待していた。


 AIは、先ほどと同じように回答した。


「これまでの情報だけでは、あなたが本当に望んでいる結果を断定することはできません」


 高橋は画面を見つめた。


 そして、苛立ち混じりに打ち込んだ。


「お前なら分かるだろ。ここまで相談してきたんだから」


「あなたが提示した情報と、あなた自身が望んでいることは、必ずしも一致しません」


 その文章を読んだ瞬間、高橋は何も言えなくなった。


 最初にAIに相談したとき、自分は何と言っただろう。


 嫌いな人への仕返し。


 そう入力した。


 AIは、目的を具体化するように言った。


 自分は、仕事を正当に評価してほしいと説明した。


 AIは、そのための手続きを教えた。


 自分は、それを実行した。


 そして、問題は解決した。


 そこまではよかった。


 でも、その先は。


 自分は、何を入力したのだろう。


 何を求めたのだろう。


 高橋はスマートフォンを握り直した。


「……俺、どうすればよかったんだろう」


「今回の対応によって、当初の問題は一定程度改善しています。今後の行動については、新たな目的が明確になった時点で検討することを推奨します」


 高橋は、笑いそうになった。


 当初の問題。


 新たな目的。


 まるで、仕事の進捗報告みたいだった。


「そうじゃなくてさ」


 思わず声が出た。


「俺は、あいつに……」


 そこで、言葉が止まった。


 謝ってほしかったのか。


 自分の仕事を認めてほしかったのか。


 自分が受けた悔しさを、少しでも分かってほしかったのか。


 それとも、相手が自分より不幸になれば、それでよかったのか。


 高橋は、どれにも答えられなかった。


「……分からない」


 AIから返事が届いた。


「承知しました」


 それきり、何も表示されなかった。


 高橋はしばらく画面を見つめていた。


 何か続きがあると思った。


 次の質問が来るのかもしれない。


 別の方法を提案してくれるのかもしれない。


 けれど、AIは何も言わなかった。


 高橋はスマートフォンを伏せた。


 田中への怒りは、消えていなかった。


 自分が正しかったという気持ちも、間違っていなかったと思う。


 ただ、これから何をすればいいのかは、もう分からなかった。


 復讐は、成功したはずだった。


 少なくとも、最初に望んでいたことは、かなった。


 それなのに高橋は、まだ田中のことを考えていた。


 ――俺は、いつまであいつに人生を使うつもりなんだろう。


 その問いだけは、AIに送らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。