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AIの言う通りにしたら人生詰んだ話をAIに書かせた  作者: 伊勢吉


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2/11

第2話 AIに「この人と付き合うべき?」と聞いた

美咲には、付き合って二年になる恋人がいた。


名前は健太。


優しい。

仕事も安定している。

ギャンブルもしないし、酒で暴れることもない。


友達に紹介したときも、みんな同じようなことを言った。


「いい人じゃん」


美咲も、そう思う。


だから困っていた。


――私は、この人のことが好きなんだろうか。


別に嫌いなわけじゃない。


一緒にいて嫌なことも、それほどない。

話も合うし、休日に出かければ普通に楽しい。


ただ、ときどき思う。


このまま、この人と結婚していいんだろうか。


二十九歳になってから、そのことを考える時間が増えた。


友達に相談してみたこともある。


「健太さん、いい人なんでしょ?」


「うん」


「じゃあいいじゃん」


「……そうかな」


「美咲は考えすぎなんだよ。好きなら分かるって」


その言葉を聞いて、美咲は余計に分からなくなった。


好きなら分かる。


その「好き」が、分からない。


その日の夜。


美咲はスマートフォンを手に取った。


最近、仕事でも使っているAIを開く。


少し迷ってから、入力した。


「この人と付き合うべき?」


すぐに回答が返ってきた。


「判断するためには、対象となる人物と現在の交際状況について、いくつかの情報が必要です」


美咲は、健太について入力した。


年齢。

職業。

収入。

性格。

休日の過ごし方。

金銭感覚。

家族との関係。

結婚に対する考え方。


交際期間についても入力した。


少し考えてから、自分についても入力する。


「私は、安定した生活をしたい。結婚後も仕事は続けたい。できれば子どもも欲しい。相手とは価値観が近いほうがいい」


しばらくして、AIが回答した。


「提示された条件を総合すると、現在の交際相手との関係を継続することを推奨します」


美咲は画面を見た。


「……理由は?」


「生活面、金銭面、性格面、将来設計のいずれにおいても、大きな不一致が確認されません。また、交際期間が二年であることから、短期的な印象だけで判断している可能性も低いと考えられます」


理屈は通っていた。


というより、反論できなかった。


「じゃあ、別れないほうがいいってこと?」


「現在提供された情報のみを基準とする場合、交際を継続する合理性は高いと判断します」


美咲は少し笑った。


「そっか」


それだけだった。


でも、その日からだった。


美咲が恋愛についてAIに相談するようになったのは。


たとえば、健太から仕事終わりに、


『今日、少し会える?』


とメッセージが来たとき。


以前なら、自分の気分で返していた。


その日はAIに聞いた。


「仕事で疲れてるんだけど、会ったほうがいいかな?」


AIは、翌日の予定と最近の二人の会話を考慮して答えた。


「短時間の対面交流は、現在の関係性を維持するうえで有効と考えられます」


美咲は、


『少しだけなら会えるよ』


と返信した。


健太は喜んだ。


別の日。


二人で食事をしているとき、健太が仕事の愚痴をこぼした。


美咲は何と返せばいいか分からなかった。


帰宅してからAIに聞いた。


「彼氏が仕事の愚痴を言ってきたとき、どう返すのがいい?」


AIは三つの対応を提示した。


共感。

質問。

解決策の提示。


美咲は、その中から共感を選んだ。


翌日、健太は言った。


「昨日、美咲に話してよかった」


美咲は嬉しかった。


――AIって、すごい。


そう思った。


喧嘩をしたときもそうだった。


感情的になってしまった美咲に、AIは一度時間を置くことを勧めた。


「現在の心理状態では、即時の結論を出すことは推奨しません」


言われた通りにした。


数時間後、二人は落ち着いて話すことができた。


以前より、喧嘩は減った。


健太からも言われた。


「最近、美咲って変わったよね」


「そう?」


「うん。なんていうか……ちゃんと話を聞いてくれるようになった」


美咲は笑った。


「そうかな」


「うん。前より一緒にいて楽しい」


その言葉を聞いて、美咲は少しだけ胸が痛んだ。


自分でも理由は分からなかった。


ある日。


健太から、結婚の話をされた。


「そろそろ、ちゃんと考えたいと思ってる」


美咲は黙ってしまった。


帰宅して、AIを開く。


「この人と結婚していいと思う?」


AIは質問を返した。


現在の収入。

生活環境。

家事分担。

子どもについての希望。

仕事を続けるか。

住居。

両親との関係。


美咲は一つずつ答えた。


最後にAIが言った。


「現在の情報から判断すると、長期的なパートナーとしての適合性は高いと考えられます」


「結婚しても大丈夫?」


「重大なリスクは確認されていません」


その回答を見て、美咲は息を吐いた。


大丈夫。


そう思えた。


数週間後。


美咲は健太からのプロポーズを受けた。


泣いた。


嬉しかった。


……たぶん。


両親も喜んだ。


友達も喜んだ。


「おめでとう」


「いい人と出会えてよかったね」


「絶対幸せになれるよ」


美咲は笑って、


「ありがとう」


と答えた。


それからしばらくして。


結婚式の話をしていた夜だった。


健太が突然、美咲を見た。


「ねえ」


「ん?」


「美咲ってさ」


少しだけ間があった。


「俺のこと、好き?」


美咲は笑おうとした。


「何それ。急に」


「いや……なんとなく」


「好きだよ」


そう答えればいい。


そう思った。


でも。


声が出なかった。


健太は何も言わず、美咲を見ていた。


美咲は視線を逸らした。


「……ごめん。ちょっと疲れてる」


「そっか」


その夜。


健太が眠ったあと、美咲は一人でスマートフォンを開いた。


いつものAIを起動する。


そして入力した。


「私、この人のこと好きなのかな?」


すぐには回答が来なかった。


数秒後。


画面に文章が表示された。


「現在提供されている情報だけでは、あなたの感情を断定することはできません」


美咲は眉を寄せた。


「どうして?」


「私は、あなたが提供した情報をもとに分析しています。相手の性格、生活状況、価値観、将来設計などについては評価可能です」


そこまで読んで、美咲は気づいた。


今までAIに伝えてきたこと。


優しい人がいい。


安定した生活がいい。


価値観が合う人がいい。


結婚後も仕事を続けたい。


子どもが欲しい。


一緒にいて大きなストレスがないほうがいい。


たくさんの条件を伝えてきた。


でも。


一度も入力していなかった。


――この人が好き。


美咲は画面を見つめた。


「じゃあ、今までの判断は何だったの?」


AIは答えた。


「あなたが提示した条件に基づき、適合性の高い選択肢を提示していました」


「……それだけ?」


「はい」


美咲はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。


隣では健太が眠っている。


明日は二人で結婚式場を見に行く予定だった。


「私……」


指が止まる。


「この人と結婚したいのかな?」


AIの回答は、すぐに返ってきた。


「現在の情報では、その判断に必要な情報が不足しています」


美咲は画面を閉じた。


暗くなったスマートフォンに、自分の顔が映っている。


嬉しそうには見えなかった。


悲しそうにも見えなかった。


ただ、困っている。


美咲は小さく息を吐いた。


そして、ふと思った。


――私は、いつから。


――「好き」を条件にすることをやめたんだろう。

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