9話 僕のばんごはん。
一文無しの僕らに与えられた、ちょっと埃っぽい家から、僕とリアは集落の広場へと足を運んだ。
夕食の「配給」でも貰いに行くつもりだったのだ。
だが、広場に一歩足を踏み入れた瞬間、僕たちの動きはピタリと止まった。
「……ご主人様。私の簡易スキャンによれば、この村の住民は『脳のメモリが三歩歩くと完全に揮発する』という特殊なバグ属性を持っているようです。昼間のあの悲惨な地獄絵図から、なぜわずか数時間で、この国家転覆レベルのお祭り騒ぎに移行できるのですか。適応力のパッチが狂いすぎていますわ」
リアが引きつった声でブツブツと呟く。
それもそのはず、そこにあったのは村総出の――ざっと四十人は下らない男、女、子供、老人が一堂に会した、大爆発の宴会場だった。
広場の中央では巨大な篝火が赤々と燃え盛り、丸太を組んだ大テーブルには、香ばしく焼ける特大の肉や、なみなみと注がれる酒樽が並んでいる。
村の奥さんや若い娘さんたち、女性陣も総出で、笑いながら大皿を運んだり、歌に合わせて手を叩いたりしている。小さな集落だと思っていたが、こうして全員が集まると、ものすごい熱気と規模感だ。
「いいじゃん楽しそうなんだから! ほら、行くぞリア!」
「……チッ。配給のつもりだったのに、これではただの不法フェスへの強制参加ですわ」
リアは文句を言いながらも、僕が腕を引っ張ると、また僕の服の裾をぎゅっと掴んで後ろについてきた。
相変わらず人がいるとおどおどしてるな、このエルフ。
でも、その鼻は、肉の焼ける匂いに向かってピクピクと高速でアイドリングしている。不満を言う口と、お腹のシステムチェックは完全に別腹らしい
すると、人混みの向こうから、サムソンが大きく手を振って駆けてきた。
「おーい! ユーキ! こっちだこっち! 肉が最高にいい感じに焼けてるぜー! リアもこっち来いよ!」
「おーサムソン! いやぁ、すっかりお風呂上がりでサッパリしたね!」
僕たちがサムソンのテーブルに合流すると、背後から豪快な笑い声と共に、熊のようにガッチリした体格の村長が僕の背中をパァン!! と叩いて現れた。あまりの衝撃に、僕の肺から強制的に空気がログアウトしかけた。
「ガハハハ! ユーキに、エルフの嬢ちゃん! 遠慮せずつまんでくれ! 今日はお前さんたちの『歓迎会』も兼ねてるからな!」
「えっ、僕たちの歓迎会ですか? ありがとうございます!」
「気にするな! 昼間のスライムどもから取れた『魔石』が、商人に思った以上の高値で売れてな! 完全に臨時収入よ! 今日は村の予算の許す限り、村総出でドカンと楽しむのが我が村のルールだ!」
「ありふぁとうふぉございまふ」
リア!?振り返ったら、すでに両手に骨付き肉をもって、ぱんぱんに頬を膨らませたリアがいた。
リスかな?
「ガハハ、もう楽しんでるな!なにより!」
村長は僕に果実水の入った大きな杯を、リアにはさらに山盛りの肉が乗った皿を押し付けた。
村の女性たちも「たくさん食べなさいねー」「可愛いお嬢ちゃんだこと」とリアに笑いかけ、リアは「あ、ふ、ふぁい。……感謝のログを送信します……っ」と、顔を赤くしてまた僕の背中に隠れようとしている。その様子を見て、村の娘さんたちが「可愛い!」と黄色い声を上げていた。
解せぬ。
だが、村人たちと楽しく肉を突ついているうちに、村長や周りの狩人たちの会話の内容が、なんだか不穏な方向へシフトし始めた。
「そういやユーキ、お前らの家、ちょっと雨漏りするだろ? 来週、村の男たちみんなで一斉に屋根を直してやるからな」
「おうよ! あとユーキ、お前若い割にクワの使い方が全くなってないからな。明日から俺が畑でビシバシ仕込んでやる。冬までには一人前の『芋掘り職人』にしてやるから覚悟しろ!」
「…………え?」
僕は、肉を口に咥えたまま完全にフリーズした。
「あの、村長? 狩人さん? 来週とか、冬とか、聞き捨てならない超長期的なロードマップが聞こえたんですけど……。僕、いつの間にかこの村に『住むこと』になってます……?」
村長は酒をグイッと煽り、何を当たり前のことを、という顔で僕を見た。
「ん? なに寝ぼけたこと言っとるんだ。一文無しで行くあてのない若者を、そのまま放り出して野垂れ死にさせるほど、この村は薄情じゃねえぞ! ガハハ! しっかり骨を埋める覚悟で、明日からゴリゴリ働けよ!」
隣でウサギ並みの速度で肉をモグモグしていたリアが、急にスンとした真顔になって僕を見た。
「素晴らしい人生設計ですね、ご主人様。ギルドでの華麗な冒険という妄想(夢)から永遠にログアウトし、こののどかな集落で、土と共に生き、早く年老いて静かに死んでください。お葬式のBGMには、私が責任を持って、あの朝の狂ったアヒルの歌を流して差し上げますわ」
「勝手に僕の人生をエンディングまでスキップするな!! まだ冒険は一ミリも諦めてねえからな!?」
そんな僕の叫びが、四十人以上の笑い声にかき消された、その時だった。
宴も最高潮に達し、酒が限界まで回った村の男たちが、急にソワソワと互いに顔を見合わせ始めた。
「おい、夜風が気持ちいいな……」「だな、ちょっと身体が火照ってきたわ……」という、ものすごく不吉な会話が広場のあちこちから聞こえてくる。
次の瞬間、サムソンが立ち上がり、空に向かって拳を突き上げた。
「よっしゃあ! 宴の締めだあああ!! みんな、ソイヤ行くぞおおお!!!」
サムソンが叫ぶなり、ものすごい勢いで服をパージし始めた。
それを合図に、昼間スライムに服を溶かされたガチムチの男たち、いや、それだけじゃない、村長も含めた総勢二十人以上の男たちが……瞬きをした次の瞬間、裸になっていた。
僕は戦慄した。いつ脱いだんだよ!!!
そして、赤々と燃え盛る篝火の周りで全員が肩を組み、謎の「裸踊り」をスタートさせたのだ!
「「「ソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッ!スライム退散ッ!!スライム退散ッ!!」」」
地響きのような野太い大合唱。
燃え盛る炎に照らし出されるのは、昼間のお風呂回を遥かに凌駕する、圧倒的な質量となった「褐色の筋肉」と「飛び散る汗」の乱舞。
女性陣や子供たちは「あ、やっぱり今夜もソイヤね」「風邪ひかないようにねー」と、完全に実家のオカン並みの慣れた手つきで手拍子を始めているが、僕たちの目の前は、一瞬にして謎の男塾へと変貌し、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。
「いや、お色気担当の方向性が狂いすぎだろ!! 誰得だよ!!!」
僕の放った魂の絶叫が、再び虚しく響き渡った。
ふと隣を見ると、リアがこれまでに見たこともないような「限界を迎えた顔」で、持っていた骨付き肉の骨を握りしめていた。その目は完全に、死んだ魚のそれだった。
「……システムに致命的なエラーが発生。地獄絵図が……地獄絵図が戻ってきました……。私の『美少女エルフとしての尊厳』が、あの飛び散る汗のノイズによって消滅しかけています。……ご主人様、今すぐ、ここから私をログアウトさせてください……っ」
「僕だって今すぐログアウトしたいよ!!」
燦々と輝く美しい星空の下、あまりにも男臭すぎる炎の地獄絵図を視界からシャットアウトするため、僕とリアは固く目を閉じ、全力で見なかったことにした。




