6話 僕の悲しい事件。
「火を持て! 奴らが来るぞ!」
静寂を切り裂く狩人の怒号。村人たちが震える手で松明を掲げ、集落の広場へと集まってくる。
僕とリアも広場へと集まったが、リアは僕の後ろから服を掴んで無言だ。
「……おい、リア。服を掴む力が強すぎて、首が絞め殺されそうなんだけど」
僕が小声でぼやくと、リアは僕の背中に顔を隠したまま、消え入りそうな小声で毒を吐いてきた。
「……うるさいです、不燃ゴミ。これは……主人が恐怖のあまり勝手にログアウト(逃走)しないよう、私が『物理的なアンカー』の役割を演じてあげているのです。感謝してください……っ」
「アンカーっていうか、お前が震えてるからバイブレーション機能みたいになってるぞ」
「……震えてなどいません。これは、緊急事態に備えた……そう、エンジンのアイドリング状態ですわ……。いいから……前だけ見て、壁になっていなさい」
強気な言葉とは裏腹に、掴んでいる手はぎゅっと強くなる。どうやらこのメイド、未知のモンスターには相当「脆弱」な仕様らしい。
まだお昼前だというのに、空気が重苦しい。
「また、何人かが犠牲になってしまうのか……」
男たちの顔には悲壮な決意が滲み、狩人の男が、僕とリアに向かって鋭く叫んだ。
「客人たちには逃げてほしかったが、もう囲まれてしまった。すまない……。男は前だ! 女は後ろへ! 来るぞ!!」
地面を埋め尽くす不気味な震動。
森の闇から這い出してきたのは、日の光を浴びてドロリと光る無数のスライムだった。
RPGでよく見るような可愛らしいやつじゃない。ねばねばのアメーバみたいなやつだ!
「ご主人様……。私の演算によれば、あの粘着物質に飲み込まれた個体は、骨の一片も残さず溶解・消滅……。ああ、世界がバグに侵食されていく……」
あまりの恐怖に僕が足をすくませた、その一瞬の隙だった。
横の茂みから、太陽の光さえ透過しないほどどす黒い巨大なスライムが、弾丸のような速度で僕の喉元へ跳ね上がってきた。
「――っ!? あ……」
「ご主人様!!」
リアの悲鳴が耳を打つ。死を覚悟し、僕が反射的に目を閉じた、その時。
「うわああああっ!?」
悲鳴と共に僕を突き飛ばし、身代わりにその身を捧げたのは、村の若者サムソンだった。
巨大なスライムが、一瞬にして彼の体を足元から飲み込んでいく。
「ああっ、サムソン! サムソンがやられた!!」
狩人の叫びが響く。
僕たちの目の前で、サムソンの体が、顔が、粘液の渦に沈んでいく。
「気にするな……客人……。こいつは……俺が食い止める……」
サムソンは、喉元まで迫る粘液に抗いながら、僕を見据えて力強く笑った。
「失うもんなんて……最初から……何も……持って……ねぇんだよ……。あばよ……っ!!」
「サムソン!!」
僕は絶望に叫んだ。
リアは恐怖のあまり「ぅ、ぁ……」と声を漏らし、僕の服をちぎれんばかりに握りしめている。
一人の若者が、己のすべて投げ出す覚悟で、今まさに、その命を散らせようとして――。
――ベッ!!
湿った、実に下品な音が響いた。
スライムが、飲み込んでいた「中身」を勢いよく吐き出した。
「……え?」
そこに転がっていたのは、一筋の傷もない、しかし一筋の繊維も身に纏っていない、完全無欠の全裸になったサムソンだった。
「……チクショー!! 松明を貸せ!!」
サムソンは叫ぶなり、呆然とする僕の手から松明をひったくった。
「松明を持ってこい! 奴らを焼き払え!!」
それを合図に、次々とスライムに飲み込まれ、そして「ぺっ」と吐き出されて全裸になったガチムチの村人たちが、松明を手に立ち上がった。
あちこちで、服を溶かされた屈強な男たちが、全身をヌルヌルと光らせながら、叫び声を上げてスライムと取っ組み合っている。
「食らええええ!!」
「滑る! 奴ら、めちゃくちゃ滑るぞ!!」
高く昇った太陽に照らし出される、野太い雄叫びと、褐色の筋肉、そして至る所で跳ね返るスライムの粘液。
「いや、これ誰得だよ!!!」
昼下がり。僕の魂の絶叫が、昼下がりの村に響き渡った。
ふと隣を見ると、リアがこれまでに見たこともないような、魂の抜けた顔でその地獄絵図を見つめていた。
「……ご主人様。私の視覚野に、修復不可能なノイズが混入しました。……あの、お昼の光に輝く『熟成された太もも』は、一体何のバグですか?」
「見なくていい! リア、そっちを見ちゃダメだ!!」
結局、村人たちの全裸での奮闘により、スライムの群れは森へと撤退していった。
後には、ただヌルヌルとした粘液と、力尽きて横たわる全裸の男たちが残された。
燦々と降り注ぐ太陽の下、あまりにも眩しすぎるその光景を、僕とリアは遠い目をして、全力で見なかった事にした。
「……悲しい事件だったな」
僕が重々しく呟くと、リアは虚空を見つめたまま、重々しく頷いた。
「……はい。……実に、悲しい事件でしたわ」
あばよ……っ!!(俺の服)
服だけ溶かすスライムもテンプレだよね?
ご主人の評価:不燃ゴミ
(´・ω・`)




