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58話(41.1話)僕と、地獄の特訓。

迷宮に潜る直前のお話です。


 学園の裏手にある森をしばらく歩いた先で、ルビーさんが元気よく振り返った。

 

「はい!今日はユーキさんだけの特別特訓!特訓場所に到着しましたぁ!」

「帰りたい…」

「綺麗な場所だねー」


 シエルくんが感嘆の声をあげる。

 

 目の前に広がっていたのは、木々に囲まれた綺麗な泉だった。

 透き通った水面に朝日がキラキラと反射している。小鳥のさえずりまで聞こえてきて、特訓場所というより完全にピクニックスポットだ。

 

「なんだ。もっと地獄みたいなところに連れていかれるかと思ったよ」

 

「ふふふ。今日はここにいる泉シャークを使って特訓します!」

 

「……なんて?」

 

「泉シャークです!」

 

「なにそれ?」

 

「泉にいる人喰いサメです!」

 

「どんな存在だよ!!」

 

 その瞬間。

 スゥー……。

 静かな水面を、巨大な三角形の背びれが横切った。

 

「いるぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

 

 僕は反射的に後ろへ飛び退いた。

 

「なんで泉にサメがいるんだよ!? 海じゃないの!?」

 

「泉シャークですから!」

 

「名前で説明を完結させるなよ!!」

 

 しかもデカい。

 どう考えても泉で生まれ育ったサイズじゃない。背びれだけで僕の上半身くらいあるんだけど!

 

「今日の目的は実戦での対応力を身につけることです。これからユーキさんには、泉シャークと戦ってもらいます!」

 

「人喰いザメと!?」

 

「大丈夫です!頭を食いちぎられなければ回復しますから!」

 

「大丈夫の基準がおかしいんだよ!!!!」

 

 僕が逃げようと振り返ると、いつの間にかリアが退路を塞いでいた。

 

「さあ、ご主人様。立派に噛まれてきてくださいまし」

 

「噛まれる前提なの!?」

 

「ご安心を。片手ぐらいならルビー先生が治してくださいますわ」

 

「安心材料がひとつもねえよ!!」

 

「ほらほらユーキくん!がんばって!」

 

 シエルくんまで何やら楽しそうだ。

 僕は抵抗する間もなく泉の前まで連行された。

 水面から、巨大な背びれがこちらへ方向転換する。

 

「ちょっと待って! あいつ完全に僕を見てるよ!?」

 

「それでは実戦形式でいきます! よーい……スタート!」

 

「心の準備させてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 ザバァァァァン!!

 

 泉シャークが水面から飛び出した!

 

「泉から飛ぶなあああああ!!」

 

 ガブッ!!

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

 

 巨大な口が僕の脇腹に食らいついた。

 普通の人間ならこれだけで死にそうだけど、レベルが上がってるからなんとか耐えれる!

 

 でも痛い痛い痛い痛い!!

 僕は必死に泉シャークの頭をバシバシ叩いて、なんとか歯を外す。

 

「シエルくん、HPは?」

 

 リアが冷静に尋ねる。

 シエルくんが僕をじっと見つめた。

 

「12!今ので12まで減ってたよ!」

 

「危なかったぁぁぁぁぁ!!」

「なるほど」

 

 リアが顎に手を当てた。

 

「では、次は11までいけますわね」

 

「なんで安全マージンを削る方向に学習してんだよ!!!!」

 

「なるほどぉ!もう少し深く噛ませてみましょう!」

 

「ルビーさんまで納得しないで!?」

 

 ルビーさんの回復魔法で傷がみるみる塞がっていく。

 すごい。

 本当に傷が消えた。 

 だからといって、もう一回噛まれていい理由にはならない!!

 

「次いきますよぉ!」 

「待って!今ので十分実戦経験積んだと思う!」 

「まだHP12も残っていましたから!」 

「12しか、だよ!!」

 

 ザバァァァン!!

 

「また来たぁぁぁぁぁ!!」

 

 僕は横っ飛びで泉シャークを避ける。

 

「おお!避けた!」

「やった!」

「素晴らしいですわ、ご主人様」

「だろ!?僕だってやれば──」

「では次は二匹にしましょう」

「増やすなよ!!!!」

 

 スゥー……。

 スゥー……。

 水面に背びれが二つ現れた。

 

「本当に二匹いるぅぅぅぅ!!」

 

 そこからは地獄だった。

 噛まれる。

 治される。

 逃げる。

 噛まれる。

 治される。

 また放り込まれる。

 

「HP9!」

「一桁いったぁぁぁぁぁ!!」

「素晴らしいですわ。次はいよいよ8を目指しましょう」

「記録更新みたいに言うな!!」

「大丈夫ですよぉ!致命傷くらいなら治せますからぁ!」

「『致命傷くらい』を軽く言うなよ!!」

 

 こうして僕は、何度も何度も泉シャークの餌にされ続けた。

 

 そして。

 日が傾き始めた頃。

 

「はい!今日の特訓はここまでです!」

「お、終わった……」

 

 僕はその場に崩れ落ちた。

 生きてる。

 僕、生きてるよ……。

 

「どうでした、ご主人様?」

「二度とやらない」

「ですが、最後の方はかなり攻撃を避けられるようになっていましたわよ」

「……まあね」

 

 僕はふらふらと立ち上がった。

 なんだかんだ言って、確かに最初より泉シャークの動きが見えるようになった気がする。

 

「ふっ。僕にも戦闘の才能があるのかもしれないな」

 

 僕は胸を張り、泉に背を向けた。

 その背後で。

 ザバァァァァァァン!!!!

 巨大な音が背後から聞こえた。


 しまったー!終わったタイミングで襲いかかって来るのはサメ映画の基本じゃないか!!!

 

「ご主人様、後ろですわ」

「!!」

 

 あわてて振り返った。

 目の前いっぱいに牙があった。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!」

 

 グワッ!!

 泉シャークの巨大な口が、僕の頭を丸ごと飲み込もうとして──。

 …………。

 ピタッ。

 

「……え?」

 

 泉シャークが止まった。

 僕の顔に鼻先を近づける。


 …………。


 パクン。


 静かに口を閉じた。

 

「…………?」

 

 そして。

 右胸ビレを大きく振りかぶった。

 バシィィィン!!!

 

「ぶべっ!?」

 

 僕は吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロゴロと転がった。

 泉シャークは何事もなかったかのように泉へ戻っていく。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 リアが静かに口を開いた。

 

「ご主人様はどうやら不味いから、もう口に入れたくないそうですわ」

 

「なんで負けた気がするんだよ!!!!」


あしたの更新で最後の予定です!

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