57話(4.5話) 僕と、現実に咲く狂い花
「教えるも何も、ご主人様があまりにも幸せそうに緑色の小鬼にデレデレされていたので、邪魔をしては悪いかと思いまして……」
「どんな配慮だよ!! 悪魔かお前は!!」
洞窟の床で組み伏せられたまま絶叫する僕を見て、イケメンエルフは深いため息をついた。
「……哀れな奴だ。強力な幻惑魔法に侵されているようだな。よし、私が精霊魔法でその幻惑を解いてやろう」
「お、お願いイケメンさん! 僕を現実に引き戻してぇぇぇ!!」
イケメンエルフが僕の額にそっと手をかざすと、透き通るような美しい緑色の光が溢れ出した。
『──精霊の清廉なる風よ、偽りの瞳を穿ち、真実を取り戻せ。『解呪』!』
シュヴァァァァン……!
温かい光が全身を駆け抜けた瞬間、僕の視界を覆っていた『何か』が、まるで薄皮が剥がれるようにポロリと抜け落ちていった。
「……あ」
脳裏に浮かんできたのは、さっきまで僕が過ごしていた「パラダイス」の、真実の姿だった。
僕の膝に抱きついて「あ〜ん」してくれていたピチピチの美少女。
……その正体は、ぼろぼろの布切れを纏い、黄色い歯を剥き出しにしてニタニタ笑う、シワシワの小鬼。
僕が「美味しい! ジューシー!」と嬉々として頬張っていた肉やご馳走。
……その正体は、腐ったような葉物と、正体不明の骨をこねくり回した謎の物体。
そして何より──全員が『まな板』だった理由。
……単にゴブリンの胸が平坦だっただけだあああああああっ!!!
「ちなみにご主人様。昨日『柔らかい感触がする』などと大変ご満悦でしたけれど」
「言うな」
「あれ、腹ですわ」
「言うなああああああああああ!!!!」
「しかも一匹、かなり年配の雄でしたわね」
「追加情報を入れるな!!!!!」
「膝枕をしてくださった方ですわ」
「特定するなああああああ!!!!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
絶望と精神的ダメージが限界突破し、僕は洞窟の天井を突き破らんばかりの奇声を上げた!
「僕の……! 僕のピチピチ美少女ハーレムを返せぇぇぇぇぇっ!! 汚い小鬼に抱きつかれて喜んでた僕を殺せぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ご、ご主人様!? 突然発狂して、暴走しはじめましたわ!?」
僕はイケメンエルフの拘束を力任せに跳ね除けると、鬼の形相で洞窟を飛び出した!
「許さん……! 許さんぞゴブリンどもーーーーーっ!!!」
怒りと羞恥心で全身から謎の赤いオーラ(火事場の馬鹿力)を噴出しながら(幻覚)、僕は村へと猛ダッシュで殴り込んだ!
「ギャギャッ!?」
村に到着すると、そこは可愛らしい集落などではなく、骨と生ゴミが散らばる不気味なゴブリンの巣窟だった。
出迎えたゴブリンたちが呆気にとられる中、僕は落ちていたペラペラの木板(偽村の看板)をブンブンと振り回して暴れに暴れまくった!!
「死ねぇぇぇっ! 僕の夢を壊した罪は重いぞぉぉぉっ!!」
ドガッ! バキッ! ギャアアアッ!?
クモの子を散らすように逃げていくゴブリンたち。
「うわぁ……。人間って、精神的トラウマがキャパシティを超えると、あそこまで凶暴化するのですのね。勉強になりますわ」
後から優雅に追いかけてきたリアが、遠くから感心したように拍手を送っている。
「人ごとみたいに見てないで手伝えーーーーっ!!」
僕の大暴れで、ゴブリンどもは村を捨てて散り散りに逃げていった。
「はぁ……はぁ……全部追い払ったぞ……!」
「お見事ですわ、ご主人様。昨日まで妻候補だった方々を自らの手で村から追放するとは」
「その言い方やめろ!!」
「元婚約者二、三十名ですわね」
「僕の人生にそんな経歴を刻むな!!」
僕は膝から崩れ落ちた。
──それから、数時間後。
精神的にボロボロになり、魂が口から抜けかけた状態で歩いていた僕たちは、イケメンエルフの案内によって、今度こそ『本物の人間の村』へとたどり着いた。
「ここは本物の村だ。のどかな農村だが、安心して休むといい」
「あ、ありがとうイケメンさん……。僕、もう誰も信用できない……」
「フッ、健闘を祈るよ。あと、そのエルフの連れ……口は悪いが、君のことを見捨てずに追っていたぞ。大切にな」
イケメンエルフは爽やかな笑顔を残し、風のように去っていった。
「ふん。とうぜんですわ。メイドたるもの、今度こそ主人の成長を妨げないよう、これからは一切の家事と労働を主人にお譲りしますわ。やっと『真・スターター村』に到着ですわね」
「また適当な名前つけてるよ…」
僕らは村人たちに事情を話すと、泥だらけで絶望の表情を浮かべた僕(と、真顔のリア)を不憫に思ってくれたらしく、今夜の宿と食事(本物)を提供してくれることになった。
「ただし旅人さん、明日の朝からは、宿代代わりにしっかり畑仕事をしてもらうよ!」
「はい……。喜んで働きます……」
僕は生気のない目で深く深く頷いた。
そして忌まわしい記憶を全力で無かったことにすることにしたのだった。




