3話 僕は春のごほうびを諦めた。
はあはあはあ
どうすんだ、これ
僕は倒したウサギを見下ろしていた。
「ご主人さま、鼻息がキモいです」
「鼻息じゃねーよ!息きれてんだよ!」
リアは少し考えたあと、
「失礼。ご主人様、息がキモいです」
「言い直しの意味ねーなそれ!どっちみちキモいんじゃねーか!」
「ハァ。では魔石を取りましょう」
「魔石!やっぱあるんだ」
「わかりません」
「あ、取れるか取れないか、確率って感じのやつ?」
リアは何を言ってるんだこいつ、みたいな目でこっちを見た。
「私が知るわけないじゃないですか」
「魔石が取れるって言ったの、リアだよな!?」
「異世界とはそういうものでは?」
「異世界の知識雑う!ていうかお前、この世界の存在じゃないの!?」
リアは目をぱちくりと瞬かせた。
「私が……この世界の存在……?」
「なんで疑問形なんだよ!どっから来たんだよお前」
「私がどこから来たか……ずいぶん哲学的な事を聞くのですね。人はどこから来て、どこへ行くのか。それは未だに……」
「哲学的な意味じゃねーよ!」
「ご主人様はどこから来たんですか?」
「日本からだよ」
リアはポンと手を打った。
「では私も日本から?」
「だからなんで疑問形なんだよ!しらねーよ!」
ギャーギャー言いながらも、リアはどこからか取り出した紐でウサギを木の枝に縛り付けた。
おい、その紐どこから出した。
「ではご主人様、運んでください」
「だと思ったよ!まあしゃーないか」
「おお。こうして見るとご主人様…」
「お?力持ちっぽい?惚れちゃう?」
「原始人みたいですね」
「…………」
僕は重々しく頷いた。
「……重いな、これ。リアもちょっとは持ってくれてもいいんだが?」
「却下です。私が荷物を持つと、美少女としての説得力が薄れます。その瞬間、私は“荷物を持つタイプの美少女”に格下げされます」
「………。あれ?それでも良くね?」
「…………」
「おい、無視すんな!」
「ご主人様の発言をスパムとして処理しました。以降、ご主人の声は私には『アヒルが鳴くような音』に変換されて届きます。クワッ」
「クワッじゃねえよ!解除しろ!」
「クワッ?クワッ!クワワッ!!」
「お前の声が、アヒルが鳴くような音に変換されてんじゃねーか!」
リアは、びっくり!みたいに目を見開いた。
「クワッ!?私としたことが……」
それから先も、リアを先頭に、道なき道を歩き続ける。
「安心してください。現在の進行速度と、私の直感的な演算結果を照らし合わせると、街はだいたいあっちの方向です。たぶん。おそらく。……メイビー」
リアは、生い茂る木々の向こう、全く何も見えない森の奥を指差した。
「おい、地図とかないのかよ。エルフだろ、森の道くらい把握できないのか?」
「地図? ああ、あんな紙切れに頼るのは低スペックな種族のすることです。私は常に『概念』で道を把握しています。……現在、その概念が少しだけお出掛け中なだけです」
「迷ってるんだな!?」
「迷っているのではなく、現在位置を再定義している最中なのです。……おや、ご主人様。あそこの岩陰に、非常に興味深い『ドロップアイテム』が落ちていますよ」
リアが指差した先には、ただの、どこからどう見ても汚い石ころが転がっていた。
こいつ……誤魔化したな。
「……ただの石だな」
「これは『ただの石ころ』ですが、ご主人が『伝説の石』だと思い込めば、プラシーボ効果で攻撃力が1上がります。おめでとうございます」
「役に立たねえ!」
結局、リアの「なんとなく」な道案内に従い、僕はウサギを担いでさらに数時間歩かされる羽目になった。
街道を見つけたのは日が傾き始めた頃だった。
「街道……だよな?」
「イエス、サー」
僕は担いでいたウサギを地面にドサリと下ろした。死因が「餓死」に更新される前に、このウサギをなんとかしなければ。
「リア、これ、食べられるんだよね? 解体とか……エルフなら得意だろ?」
リアは、僕が下ろしたウサギをじっと見つめ、人差し指を顎に当てて可愛らしく小首を傾げた。
「……現在、私の『サバイバル・パッケージ』は未購入状態です。解体手順を確認するには、まずご主人様がこのウサギを一口食べて、毒がないかデバッグする必要があります。さあ、どうぞ。ワイルドに生で」
「生でいけるか! 腹壊して死ぬわ! 」
「チッ。……仕方がありませんね。では、私の『直感』という名の適当な推論に基づいて調理します」
リアはどこからか取り出したナイフ(さっき僕のでっぱりを狙ったやつだ)を鮮やかに回すと、ウサギに向き合った。そこからは早かった。エルフらしい無駄のない動き……なのだが、なぜか彼女は「シュバババッ!ドゥン!ドゥン!1HIT!2HIT!」と、どこかで聞いたような格闘ゲームのSEを口で言いながら作業を進めている。
「……よし。コンボ完了です。こちらが『ウサギの何か』になります」
目の前に差し出されたのは、木の枝に刺さった肉の塊だった。
「何かってなんだよ!?生だよな、これ!?」
「私の内部処理的には『焼き』判定ですが、現実の物理法則が追いついていないようです。ご主人様、この火打ち石を使って、私の計算通りの熱量を供給してください」
「結局僕がやるのかよ!」
僕は泣く泣く、リアに指示されるがまま火を起こした。
パチパチと爆ぜる火を囲みながら、ようやく肉が焼けてくる。
じうじう、と肉の焼けるいい匂いが辺りに漂い始める。
味付けなんて何もないが、空腹という最高のスパイス……いや、この世界の空気すらも隠し味に思えてくるから不思議だ。
「……よし。これでいいだろう。いただきまーす!」
僕は焼き上がった肉を、火傷しそうな熱さも構わず口に放り込んだ。
……美味い。そして熱い。驚くほど普通に熱い。美味い。熱い。もっと獣臭いかと思ったが、熱い。鶏肉に熱い。近いさっぱりした味わいだ。熱い。
僕は舌をヤケドした。
「その真っ赤なご主人の舌、実に良質なタンですね。もっと強火で良く焼いたほうがよろしいかと。今ならいい感じの『焼き加減』をご提案できます」
「この舌はくいもんじゃねぇよ!」
僕はいったん深く息を吸い込んだ。
落ちつけ…冷静に…
深く…重々しく頷くんだ。
「ふぅ。リアも食べるは?」
半分に割って差し出すと、リアは火の光に照らされた瞳でじっと肉を見つめた。
「……ご主人様の『毒見』は完了したようですね。幸い、ご主人の口腔内が爆発するようなクリティカルなエラーは発生していないようです」
「言い方ぁ! 普通に『美味そうだね』とか言えないのかよ!」
「では、いただきます」
リアは肉を一口齧ると、ふっと目を細めた。一瞬だけ、本当に一瞬だけ「神秘的なエルフ」に見える横顔。しかし、その口から出た言葉は期待を裏切らなかった。
「……判定。エネルギー充填効率は良好ですが、塩分が不足しています。ご主人様、今すぐ海まで行って海水を汲んでくるか、あるいは私のために『涙』を流して塩分を供給してください」
「鬼か! なんで僕の涙で味付けしようとすんだよ! そもそも海なんてどこにあるんだよ!」
「冗談です。塩分は私の『我慢』で補います。次はこれに合うワインを要求します」
「……はぁ。肉は美味かったけど、喉が渇いたな。水、持ってない?」
リアは焚き火の爆ぜる音をBGMに、優雅に指先の手入れをしながら答えた。
「水ですか? ありますよ。眼球の裏側に、適度な塩分を含んだ水分が貯蔵されています。……飲みますか? 今すぐご主人様の股間を蹴り上げて、一リットルほど生成して差し上げてもよろしいですよ」
「リリースって言うな! 痛みと引き換えの水分補給とか、地獄の選択肢すぎるわ!」
僕は泣く泣く、街道の脇に小さな水場がないか探し始めた。幸い、少し歩いたところに岩の間から細く滴る湧き水を見つけた。
「……これ、飲めるかな。変な寄生虫とか入ってない?」
「私のスキャン結果によれば、その水に含まれる不純物は、主人の脳内に詰まっている煩悩の量に比べれば微々たるものです。……あ、おめでとうございます。今、一口飲むごとに、主人の『お腹を壊す確率』が、さっきのウサギに勝てる確率を上回っていきます」
「飲む前に言うなよ!! 喉の渇きと腹痛、どっちを取れってんだ!」
結局、僕は「異世界の免疫力」を信じて、その水をごくごくと飲んだ。冷たくて美味い。だが、リアの不吉な予言のせいで、喉を通り過ぎるたびに胃袋が怯えている。
「……で、リア。お前は飲まないのかよ。エルフも水分摂るだろ?」
「私は先ほど、主人が一人で必死にウサギの目を枝で突こうと格闘していた『空白の1時間』に、向こうの綺麗な川で優雅に済ませてきました」
「……あの一時間、お前ずっと僕のこと見てたんじゃないのかよ!? 助けてもくれず、自分だけ水飲みに行ってたのか!?」
「『情報の非対称性』というやつです。主人が必死に泥にまみれる姿が、あまりに原始的なエンターテインメントとして完成されていたので、邪魔をしてはいけないという私の高度な配慮です」
「配慮じゃねえよ! 放置だろ!」
「いえ。心の中で、チャンネル登録と高評価を三回押しておきました。収益化おめでとうございます」
「どこで換金するんだよ!!」
「おかげで、私はリフレッシュした状態で主人の『ウサギ解体コンボ』に臨むことができました。……あ、減点1です」
「何が!?」
「水場の発見を私に頼ったことによる、自立心の欠如です。春のごほうびが遠のきましたねぇ」
「一生皿が貰える気がしねえ……」
僕は力が抜けてつぶやいた…。




