29話 僕と魔王。
城壁を粉砕して降臨した絶対的な絶望──魔王シヴリゲルが、その巨大な顎を開いた。
空間全体をビリビリと震わせる重低音の声が、僕たちの鼓膜をダイレクトにハッキングしてくる。
「で、だ。転生者はだれだ?」
ば、バレてるーーー!?
いや、カンで言ってるのか!? どっちだ!?
今ここで1ミリでも不審な動きをするのは致命的だ。僕は冷や汗で顔をドロドロにしながら、視線だけを横に動かして隣のリアを見た。すると、全く同じように視線だけを限界まで動かしたリアと、バチッと目が合った。
……あ、リアが必死な形相で、僕に向かって何かを口パクで伝えてきている……!
なんだ!? この状況を打破する作戦でも閃いたのか!?
『に・く・が・た・べ・た・い』
ダメだこいつーーー!! 混乱のあまりメモリが完全に逆流して幼児退行してやがる!!
「おまっ……」
危ない! 喉元まで出かかった秒速のツッコミを、決死の覚悟で飲み込む。今ここで声を出したらターゲットが僕に固定されて死ぬ!
「ふむ。お前たち三人の誰かが転生者だな?」
え? え? え? なに? なんで一瞬で候補が三人までデトックスされてるの!?
不審に思って恐る恐る辺りを見回した瞬間、僕の背筋に本当の絶望が走った。
──なんで周りの奴ら、全員地面に綺麗に寝転がってるの!?
さっきまで重機並みのスピードで匍匐前進してたサムソンは不自然な姿勢で固まってるし、ヤマトくんに至っては白目を剥いて校庭の砂を噛みながらカニばりに泡を吹いている。
上級生も、さっきまで僕に理不尽な命令をログ流ししてきた教官も、全員が圧倒的な魔王のプレッシャー(覇気)で1ミリも動けずに気絶していた。
つまり今、この魔王の威圧の中で平然と直立不動を維持してしまっているのは、僕、リア、そしてミントちゃんの三人だけだった。
「ア、ワタシモムリデスワ……アーレー」
リア!? こいつ、周りに気づいた瞬間、棒読みで型遅れのロボットみたいにわざとらしく地面にドサリと倒れやがった! 汚い、さすがエルフ汚い!
残されたのは、僕とミントちゃん。
っていうかミントちゃん、なんでお前は魔王を前にしていつも通りの死んだ魚の目で立っていられるんだよ! お前の精神構造のセキュリティどうなってんだよ!
魔王は、無言で突っ立っているミントちゃんをじっと見つめた。
「安心しろ、別に取って食いやしない。……お前は……。!? いや、いい。……お前には干渉せん」
え、何? 何のバグ? 完全にミントちゃんと高度なスタンドプレイしてる空気だけど、ミントちゃん最初から一言も喋ってないし口ピクリとも動いてないからね!?
そして、魔王の冷酷な視線が、最後に残った僕へと完全にロックされた。
「お前が転生者だな?」
「チ、チガイマス(裏返った声)」
「ふむ。では、大人しく我に着いてきたら、世界の半分をやろう」
「ドラ○エの竜王じゃねーか!!!!」
「転生者確定。確保!」
「しまったぁぁぁぁぁーーーー!!! 」
僕の秒速のツッコミが炸裂した瞬間、地面の影からワラワラと不気味な黒い魔物たちがポップし、僕の全身をガチガチに取り押さえた。抵抗できない!
「フム。しかしこの巨大な姿は、喋るだけで無駄に魔力エネルギーを消費するな。しばし待て」
城壁の上の巨大な黒いドラゴンが、内側から激しい光を放ちながら、みるみるうちに縮んでいく。
あ、これはいわゆる、人間の姿(人間体)になって生身でレスバを仕掛けてくるタイプの魔王か……!
光が収まっていく。小さくなって、小さくなって……って、どこまで縮むの!?
そこに立っていたのは、頭にトゲトゲの角を生やし、ぶかぶかのマントを羽織った、どう見ても小学生にしか見えない合法ロリっ娘ドラゴン娘だった。
「では来い、転生者。大丈夫だ、ちょっと城についてくるだけだから! 痛くしないから! 怖くないから!」
「事案の不審者のセリフじゃねーか!! 1ミリも信用ならねえよコンチクショー!!」
このままでは、ロリ魔王の手下たちによって、大真面目な学園の敷地から不条理に連行されてしまう。
万事休す。完全に詰んだ。……いや、待て。
僕は、すぐ足元で死んだ魚の目をして綺麗に寝転がっている、型遅れのポンコツエルフをギロリと睨みつけた。
「おい魔王! この寝た振りのエルフ、僕の従者だから!! 一緒に連れて行け!ちゃんとご主人様を守れよリア! 一人だけ安全圏にログアウトして逃げるなよ!!」
リアのジト目が、寝転がったまま僕へと向けられた。
「……ワタシハスコンブ……。スッパイ、スコンブデス……」
「バグりすぎだろ!なんで酢昆布で隠れられると思ったんだよ!!」
城壁の上の巨大な黒いドラゴンだったロリっ娘──魔王シヴリゲルは、顎を小さく揺らした。
「いいだろう、そのエルフも連れてこい」
「話が分かるなロリ魔王!!」
「ロリって言うな!」
瞬時に、別の影の魔物たちがリアの元へと群がった。
魔物たちはリアの細い体を、まるで収穫された丸太か何かのようにガシッと水平に持ち上げ、「わっしょい、わっしょい」と、妙にリズミカルな掛け声と共に担ぎ上げ始めた。
「……ハッ。主人の知性がジャガイモ未満なので、私の高貴なボディが魔物の御神輿にされていますわ!?主人の社会的生命だけでなく、私の物理的尊厳まで完全焼却です。……き、きしょ……」
「担がれながら僕の知能をディスるな!! あと魔物たちも、ちょっと楽しそうに『わっしょい』するのをやめろよ!!」
大真面目な学園の敷地から、僕たちはとことん不条理なテンポのまま、魔王の城へと連行されていくのだった。




