24話 僕とお風呂。
あーつかれたー。
激動すぎる一日を終えた僕は、宿舎の談話室にあるふかふかのソファで、盛大に仰け反っていた。野球で泥まみれになり、ラーメンとステーキの争奪戦で精神を削られ、僕のHPはもう残り僅かだ。
「新入生の風呂の時間、および大浴場の開放は19時半から20時半までだ。入るやつは時間厳守。1分でもオーバーしたら容赦なく叩き出すからな」
あ。威厳を放ちながら談話室に入ってきたのは、ベネット・オーウェン先輩だ。
「あ、寮長! 了解しました!」
「私は寮長ではない。監督生だ」
「……。ご主人様、あの厳格そうな先輩に向かって初手から肩書きを間違えるなんて、相変わらず脳細胞にバグが起きている不燃ゴミですわね。『寮長』とは最高学年から選ばれる学園の最高権力組織の一角であり、こちらのベネット先輩のような『監督生』は、風紀の乱れや規約違反をその強靭な物理肉体で叩き直す現場の執行官的な役職ですわ。つまり、今すぐ大人しく言うことを聞かないと、そのおめでたい頭を消し炭にされるということです」
「僕を不燃ゴミ呼ばわりするな! あとベネット先輩、無言で僕の小指を見つめるのをやめてください!危険物ではありませんから!」
僕が全力聞き流していると、リアは「まったく……」と憤慨しながらも、お風呂という言葉に反応してどこかソワソワし始めていた。
「それにしても、この世界にもちゃんとお風呂なんて文化があるんだな」
「ユーキ! お風呂だって! たのしみ! 一緒にはいろ!」
ソファの横から、ラフェちゃんが満面の笑顔で僕の首にギュッと抱きついてきた。
柔らかくて温かい感触がダイレクトに伝わってくるけれど、悲しいかな、この子は純粋無垢な野生児。そこに1ミリの恋愛感情や破廉恥な意図はないんだよなぁ。
僕は大人の余裕を醸し出し、重々しく頷きながら答えた。
「いいだろう。特別に僕が背中を流してあげよう」
すると、近くの席で本を読んでいたシエルくんが、クスクスと、
「ざんねん、ユーキくん! ここの大浴場は完全なる男女別だよ!」
くそっ!!!
せっかく人生初の『ラノベ的ラッキースケベ(合法)』を狙って、当たり前みたいな顔をしてラフェちゃんと混浴にログインできると思ったのに! 異世界のくせにそこはコンプライアンスがしっかりしてんじゃねえよ!
「えー。つまんないのー。村ではサムソンとよく一緒に川で水浴びしてたのに!」
ぷくー、と頬を膨らませて不満を露わにするラフェちゃん。
僕はバッ!!! と猛烈な速度でサムソンを凝視した。視線の先で、サムソンは「うむうむ、あの川の水浴びは最高だったな!」と豪快に頷いている。
くそーーーーーーサムソン!!! お前そのガチムチボディの特権でなんて羨ましからんイベントを日常消化してやがったんだ! 前世の全男子を代表して爆破してやりたい!その大胸筋を引きちぎってやりたい!
「ラ・フィ、大浴場だって。あわあわの泡まみれにして、背中もお腹も隅々まで綺麗に洗ってあげるわね」
「ええ、レ・フィ。ユーキがそっちの壁の向こうで聞き耳を立ててないか、しっかり警戒しながら極上の癒やしタイムを堪能しましょう。怖いわ怖いわ」
「うさ耳姉妹、壁越しに僕を犯罪者予備軍扱いするな! 覗かないから! むしろその不穏な会話を今すぐやめなさい!」
彼女たちが楽しそうに女子風呂へと向かっていくのを見送りつつ、僕は首を傾げた。
「ん、あれ? そういえばリアは?」
「……。監督生の話が終わったら……大浴場の方に、最速で消えていったわ……。はぁ、やっと寝れる……でも、先にお風呂は入らなきゃ……」
「うわっ、ミントちゃん!? いきなり僕の背後から虚無の瞳でポップするのやめて!?」
相変わらずちっちゃくて可愛いグラフィックをしているのに、放つオーラが完全に深夜3時のゾンビのそれだった。彼女はそのままトボトボと女子風呂の方に消えていった。
気を取り直して、僕たち男子一同は大浴場へとログインした。
湯気の中に広がるのは、石造りの立派な湯船。僕は泥と冷や汗を洗い流し、極楽気分でザパーンと湯船に肩まで浸かった。
「ふぅ……。生き返るなぁ……」
「いや、まさに極楽。ユーキ殿、昼の戦いといい、夜の飯の宴といい、今日の一日は実に濃密な武者修行であったな」
すぐ隣に座った、見事な細マッチョの少年が爽やかに話しかけてきた。
「……。……え、だれ、だれだよ!? あ、君 もしかしてヤマトくん!?」
「拙者だ。風呂場で化粧をしている武士がどこにいる」
「普段からその顔でいてよ! イケメンすぎて心臓に悪いから!」
ちなみに、シエルくんは「僕は部屋のお風呂(個室)派だから……」と言って、大浴場には入ってこなかった。あいつ、眼鏡を外した素顔を見せたくないタイプか。
すると、湯気の向こうから、これまた見覚えのあるプルプルした顔が迫ってきた。
「……ふん。平民の分際で、このベッケンブヮーガー家と同じ湯に浸かるとは、どこまで図々しい男だ」
チーザー・ベッケンブヮーガー! 風呂場にまで取り巻きを引き連れて、律儀にマックのセットメニューみたいなふんぞり返り方をしている。
「あ、ハンバーガー次男」
「ベッケンブヮーガーだ!! 誰がハンバーガーだ! ……貴様、さっきから余裕そうな顔をしおって。いいだろう、どちらが本物の『男の器』を持っているか、この湯船で我慢大会といこうじゃないか!」
湯気の中でパチパチと火花が散る。
「へぇ、いいよ。平民の『我慢の底力』、舐めないでもらおうか。受けて立つ」
こうして、熱々の湯船の中で、謎の男のプライドをかけたデスゲーム(我慢大会)が幕を開けた。
5分後。
「ち、チーザー様……もう限界です……っ」
まず、湯の熱さに耐えかねたチーザーのチビ取り巻きAが、ゆでダコのように真っ赤になって脱落。
10分後。
「……くっ、肉体が、肉体が熱を吸収しすぎる……っ!」
筋肉の体積が大きすぎて熱がこもったのか、まさかの武闘派サムソンが「無念……っ」とのぼせながら脱落。
15分後。
「拙者の……武士のソウルが……沸騰、いた、した……」
隈取りのないヤマトが、白目を剥きながら湯船の縁に沈み込んで脱落。
残ったのは、僕とチーザーの二人だけだった。
お互いに皮膚が真っ赤に染まり、意識が朦朧とする中で、ただ意地だけで睨み合う。
「はぁ……はぁ……やる、じゃないか……ユーキ……。貴様を、ただの平民と、侮っていた、俺の……負け、だ……。これからは、良きライバル、と──」
「ああ……チーザー……。お前も、ただの食いしん坊、じゃ、なかった、な──」
僕たちが湯気の中で熱い友情(?)を確かめ合い、互いの裸の手を握り合おうとした、その瞬間だった。
「貴様らァーーーーーー!!! 時間を何分オーバーしていると思っている!!! 規約違反者は全員まとめて叩き出すと言ったはずだ!!!」
バァアン!!! と大浴場の扉が爆音を立てて開き、仁王立ちしたベネット先輩が姿を現した。
「ひえっ!? 監督生!!!」
次の瞬間、僕とチーザーは、友情を育む暇もなく、生まれたままの姿(全裸)のままベネット先輩の剛腕によって談話室の廊下へと一瞬で叩き出されたのだった。
「イヤアァァァァ」
……うん。僕のグラタブルク学園生活は、初日から、全裸で徘徊する運命だっったらしい。




