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21話 僕の晩ごはん。1

 ついに来てしまった。

 恐怖の、晩ごはんの時間だ。

 

(どどど、どうしよう……! 昼にあれだけ大騒ぎになったんだ、夜は絶対に目立たない、どこにでもある普通のスープとパンあたりを強烈に意識しなきゃ駄目なのに……!)

 

 僕が額から滝のような冷や汗を流してガタガタと震えていると、隣の席のリアが、フンと細い鼻を鳴らしてジト目を向けてきた。

 

「……ご主人様、そんなに怯えて情けない顔をしないでください。昼のあの野蛮でギトギトした脂の沼に比べれば、夜の学園の配給など、何を引こうが驚きはしませんわ。この高位エルフである私が、しょうがないから一緒に食べてあげますので、さっさとそのおめでたい妄想を停止させてください」

 

「いや、止まらないんだよ! 止まってくれないんだ、僕の脳内が……!」

 

 必死に平穏を祈る僕の抵抗も虚しく、僕が今、猛烈に思い浮かべてしまっているのは──前世の子供の頃、おじいちゃんが特別な日に連れていってくれた、あの有名な高級ステーキハウスの記憶だった。

 

 ぶ厚い鉄板、最高級の和牛、五感を刺激する極上のソース。空腹の胃袋が、その映像を完全にロックオンしてしまっている。

 

 ゴーン、と食堂に夜の鐘が鳴り響いた。

 

 一斉に机の魔法陣が光を放ち、二千人の晩ごはんが現実化する。

 

 ──そして、光が収まった瞬間、周囲の喧騒が嘘のように、ピタッと静まり返った。

 

 ジューーーーーッッッッ!!!!

 

 静寂に包まれた大広間に、凄まじく威勢のいい、肉の焼ける極上の激しい音が木霊する。

 

 僕の目の前に現れたのは、熱々の鉄の皿だった。その上で、大人の拳二つ分はあろうかという分厚いステーキ肉が、これでもかと肉汁の波を踊らせている。特製の醤油とにんにくのソースが焦げる香ばしい匂いが、暴力的なまでの破壊力で食堂全体へと拡散されていく。

 

 ゴクリ、と誰かの喉が鳴る音が、静まり返った空間にやけに大きく響いた。

 

「……おい、あいつの席、何だあの肉……」

 

「もしかして、どこかの大貴族の隠し子なんじゃないか?」

 

「噂の、エルフを従者として従えてるっていう……平民の皮を被った化け物だろ……」

 

 周囲からひそひそと、場違いすぎる勘違いの会話が飛び交い始める。

 

 さらに最悪なことに、昼間は遠くから見ているだけだった、食堂の隅の『貴族の子息グループ』からも、鋭く睨みつけるような嫉妬の視線が一斉に突き刺さってきた。

 

 ちらりと彼らのテーブルを見てみると……現れているのは、上品ではあるけれど、どこか冷めていてパサついていそうな、明らかに僕のステーキよりも美味しくなさそうな薄い肉料理だった。

 

(視線が痛い! 貴族のプライドを食事の戦闘力で完全破壊しちゃってるよ!!)

 

 僕が内心で頭を抱えていると、案の定、右側から巨大な影がヌッと迫ってきた。

 

「……なあ、ユーキ」

 

「ダメだから! これは僕の晩ごはんだから! 昼みたいに一口ずつ配ってたら、僕の思い出のステーキが消滅しちゃうから絶対に駄目!!」

 

 僕はステーキを抱え込むようにして必死にガードした。

 

 しかし、サムソンはあからさまに大型犬のように肩を落とし、この世の終わりみたいな悲しそうな顔で、自分が引いた「豪快な鳥肉の丸焼き」を見つめている。


 ……くっ、そのガチムチな体格で、そんな捨てられた子犬みたいな顔をするのはずるいだろ!

 

「……はぁ。分かったよ、一切れだけ、本当に一切れだけだからね!」

 

 僕は折れて、サムソンの鳥肉の一片と交換で、小さく切り分けたステーキを彼の皿に移送してやった。

 

 サムソンは嬉しそうに目を輝かせ、その一切れを口に放り込んだ。

 

 ──その瞬間、サムソンの背後に、なぜか存在しないはずの荒々しい大波と、満開の桜吹雪の幻影がバッと吹き荒れた。

 

「な……なんという圧倒的な肉の弾力……!! 歯を押し返すほどの強靭な噛み応えの奥から、溢れんばかりの濃厚な牛の旨味が、まるで決壊したダムのように俺の舌の上を蹂躙していく……っ! さらにこの未知のソース、黒い調味料の塩気の中に、大地の恵みを感じるにんにくの鋭いキレ味がブレンドされ、肉の脂のクドさを完全に調和している! これは美味い、美味すぎるぞおおお魂が震える美味さだ!!」

 

「料理漫画みたいな食レポ始めるなよ!! あと君の背後に演出が見えるんだよ!何なんだよ!ここは食堂なのに!!」


 僕は重々しく頷くのも忘れて盛大にツッコミを入れた。

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