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16話 僕と学園寮。

 授業などは明日からということで、今日はAクラスの寮へと案内されることになった。

 

「ほら、キリキリ歩く! チンタラ歩いてる奴は今すぐそのたるんだ根性を叩き直してやろうか!」

 

 道中、僕たちを誘導する上級生の口調が、完全に軍隊の上官っぽいところが激しく気になるところだが、誰も文句は言わない。

 

 後ろを振り返ると、ぞろぞろとAクラスに選ばれたクラスメイト達が、一張羅の灰色の制服に身を包み、期待に満ちた眼差しでついてきている。

 

 人数にして、百名弱と言ったところか。一学年二千人の規模から考えれば、これでもひとクラスの人数としては少ないほうだろう。選りすぐりの化け物たちが集まっている証拠だ。

 

 やがて僕たちは、街外れの殺伐とした風景にはおよそ似つかわしくない、結構豪奢な石造りの寮へと到着した。

 

 エントランスに集められると、いかにも仕事が出来そうな上級生が前に立ち、重々しく挨拶を始めた。

 ベネット・オーウェン、寮長は男爵家らしい。

 

「──最後に、最も重要な注意事項を頭に叩き込んでおけ。この寮内、および学園内においては、実家の『身分差』による特権は一切存在しない! 伯爵家だろうが農家だろうが、ここに足を踏み入れた以上は全員一律の生徒だ。身分をカサに着て他者を見下すような真似をする奴は、即座に強制退学処分となっている。以上だ!」

 

 厳しい、だが至極真っ当で厳重な注意だった。

 

 その言葉通り、続いて行われた歓迎会は、思っていたよりもずっと温かい空気で始まった。

 

 広々とした食堂には、スターター村では見たこともないような肉料理や焼き立てのパンが並び、まるで外国のパーティーのような楽しくて賑やかな空間が広がっている。あ、ここ外国だわ!

 

「わあ、美味しそう……! サムソン、このお肉食べていいのかな!?」

 

「おうラフェ、好きなだけ食え! 都会の肉は鍛え甲斐がありそうだぜ!」

 

 お互いに料理を食べながら、自然と周囲との交流が始まり、お互いの自己紹介が進んでいく。

 

 案の定というか、種族としての美しさと強さが際立っているラフェとリアの周りには、すぐに「君、どこの村から来たの?」「綺麗なエルフだね!」と、都会の若者たちが群がって大人気になっていた。


 まあ、リアは真顔でバイブレーションを起こしているんだけど。これを期に、人に慣れるがいいさ!

 

「おいお前! さっき『戦闘特化』って判定されてたな! 俺と腕相撲で勝負しようじゃねえか!」


「ハハハ! いいぜ、都会のパワー、見せてみろよ!」

 

 サムソンは筋骨隆々の同級生から腕相撲を挑まれ、めちゃくちゃ嬉しそうにそれを受けている。机がギチギチと悲鳴を上げ、周囲から「おおお!」と歓声が湧いた。

 

(いいなぁ、みんな秒速で馴染んでるよ。僕なんて小指からビームが出るだけのジャガイモ農家だから、完全に孤立してるんだけど……)

 

 壁際で一人、都会の美味いジュースをすすっていた、その時だった。

 

「──あの、すいません。ちょっといいですか?」

 

 背後から、少し高めの、いかにも内気そうな可愛らしい声が聞こえてきた。

 

(ッ!? きた……! 都会の女の子からの逆ナンイベント発生だ!!)

 

 僕は歓喜に胸を震わせ、勢いよく後ろを振り向いた。

 

「はいっ! 僕でよければ何でも──」

 

「あ、やっぱり。さっき壇上で不思議な光魔法を出してましたよね」

 

 そこに立っていたのは、前髪が長めで、いかにも陰気そうなメガネの少年だった。


 僕は膝から崩折れた。

 

「……あ、男……ね」

 

「え? どうかしましたか?大丈夫ですか?」

 

 がっくりと肩を落とす僕を、メガネの少年は不思議そうに見つめ、それから丁寧に一礼した。

 

「僕はシエル・ノエル。魔道具の鑑定や解析のスキルで、運よくAクラスに入れました。……ねえ、君。さっきの【小指からビームが出る】っていうスキル、ちょっと見せてよ。僕の鑑定の知識にも、あんな魔力の輝き、存在しないんだ。すごく興味があるんだよね」

 

 シエルくんね。僕はすっと目を細め、重々しく頷いた。

 

「シエルくん、悪いがそれはできない。この『小指のビーム』はね……僕自身、まだ完全に制御しきれていない超兵器のようなものなんだ。下手にここで暴発でもさせてみろ、この寮はおろか、グラタブルクの街が一つ消し飛びかねないからね……」

 

 嘘である。実際はジャガイモの芽をくり抜くのが関の山だ。さっきやってみた。

 

 だが、シエルくんは「──ッ!?」と息を呑み、メガネの奥の目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせた。

 

「街を消し飛ばす……未確認の戦略破壊兵器級スキル……!!」

 

「おい、今の聞いたか……!?」

 

「あのジャガイモ農家、街を消滅させる光線を持ってるってよ……!」

 

 ヤバい。壁際で聞き耳を立てていた周囲の都会の若者たちに、一瞬でとんでもない噂として広まっていく。違うんだみんな、消し飛ぶのはジャガイモの黒い部分だけなんだ。

 

 シエルくんは「今度絶対に見せてね!」とメガネをくいっと上げて、ぐいぐいと距離を詰めてくる。男の子とはいえ、都会の人間はみんなキャラが濃い。

 

 そんな賑やかな自己紹介が長々と続く中、僕はふと、食堂のあちこちに『奇妙な見えない壁』があることに気がついた。

 

「おい、あっちの席……」

「触らぬ神に祟りなしだ。貴族の子息たちだよ」

 

 パーティーの中央で平民や地方の若者たちが盛り上がっているのとは対照的に、食堂の隅の特等席では、いかにも実家が太そうな貴族の少年少女たちが、冷ややかな目でこちらの喧騒を眺めていた。

 

 学園内では身分差は無いと厳重注意されたとはいえ、長年染み付いたプライドの壁はそう簡単には崩せないらしい。すこし、ピリついた溝がそこには存在していた。

 

 ──ちなみに、さっきの綺麗な令嬢は、その貴族たちの中心で、扇で口元を隠しながら、あたりの様子を伺っていたけど、僕と目が合うと、パッと気まずそうにツンとそっぽを向いた。名前も知らないけれど、いつかお近づきになれるんだろうか。

 

 やがてパーティーが終わり、それぞれの部屋へと移動する時間になった。

 

「これより、各自の割り当てられた部屋へと移動してもらう。……おい、そこ。何を通路の真ん中で立ち尽くしている」

 

 上級生に注意され、部屋の割り当て表を見て、あることに気づいたリアが、みるみるうちに顔を青くしてカタカタと震えだした。さっきのバイブレーションが「強」に切り替わったらしい。壊れるぞ。

 

 百人規模の新入生だ。当然、男女別の相部屋、あるいは大部屋だろうか。


 まあ、リアも、もっともっと人に慣れた方がいい。


 ところが、先に表を見ていたラフェが、リアの肩にポン、と手を置いた。


「良かったね、リアちゃん!」


 ん?頭にクエスチョンマークが浮かんだ僕とリアも、表を確認する。


 リアのカタカタが止まった。


 マジで!?

 

「ご主人様! 終わりましたわ、私のプライバシーが完全に崩壊しました……! なんで私の部屋が、ご主人様の部屋と同じに設定されているのですか! 辺境伯の倫理観はどうなっているのですの!?」

 

 驚いて表を再確認すると、そこにはやっぱり僕とリアの名前が並んでいた。


 サムソンが頭をポリポリと掻きながら、

 

「……あ、なんだ。村長の紹介状のせいか。従者ってそういう扱いらしいよ」

  

 急に元気を取り戻したリアは、いつものツンとしたジト目で僕の背中をドカンと叩いた。

 

「焦って損しましたわ。さあご主人様! 理由が分かったならさっさと動いてください。ご主人様のそのおめでたい頭が『同室での甘酸っぱいイベント』を妄想し始める前に、私は最速でベッドを9割9分占領しなければならないのですわ!」

 

「痛いっ!? 言い方ァ! あと文句を言いながら僕の尻を蹴りつつ部屋へと急かすのをやめろ! 僕はまだジュースが残ってるんだよ!」

 

「うるさいですわ、ゴミ妄想不審者は最速で退場です!」

 

 ギャーギャーと言い合いながら、僕たちは支給された灰色の制服をはためかせ、廊下の奥へと進んでいく。

 

 やれやれ。小指からビームは出るし、身分の溝はあるし、部屋では毒舌エルフに尻を蹴られるし。

 

 僕のグラタブルク学園生活は、どうやら初日から、とんでもない大波乱の幕開けになっているみたいだ。

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