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14話 僕と大都会。

「ここから先は、儂が飛ぶと都の人間をパニックに陥れてしまうからな」と、至極常識的な気遣いを見せてくれた黒竜お父さんの背中を見送り、僕たちは徒歩で都の『東門』へと到着した。

 

 見上げるほどの白亜の城壁。そして、門の前に立っていたのは、フルプレートアーマーに身を包み、凄まじく厳つい顔をした門番の男だった。

 

 ずだ袋を背負った僕たちを、門番は蛇のような鋭い目でジロジロと値踏みしてくる。

 

「……ご主人様。私の『裏社会の知識』が、この状況に対する最適解を出しましたわ。こういう時は【ワイロ】です。都会の門番というシステムには、袖の下として現金を渡すのが全宇宙の相場と決まっていますわ。さあ早く!」

 

「いや現金なんて一ミリもねえよ!? 僕のカバン、9割9分ジャガイモだよ!」

 

「仕方がありませんね。……門番さん、こちらでログインをお願いします」

 

 リアに背中をドカンと押され、僕はよろよろと前に進み出た。

 

 厳つい門番が「ああん? なんだお前は」と地鳴りのような声で威嚇してくる。僕はガタガタとバイブレーションを起こしながら、ずだ袋から、一番出来のいい泥付きのジャガイモをそっと差し出した。

 

「お、お納めください……。こちらが我がスターター村が誇る、最高級の大地の恵みになります……」

 

「…………は?」

 

 門番の動きがピタリと止まった。

 差し出された茶色い芋と、僕の顔を、困惑した目で交互に見つめている。

 固まった門番をよそに、後ろからドラゴン娘のラフェちゃんが、サムソンの腕をビシッと叩いた。

 

「ほらサムソン、あれ! 村長から預かった手紙、早く提出しなよ!」

 

「あ、おう! すまねぇ門番の兄ちゃん、これ村長からの紹介状だ!」

 

 サムソンが慌てて差し出したクシャクシャの手紙を受け取り、門番はフッと厳しい表情を緩めた。

 

「……なんだ、今年の学園の入学生か。ハハ! 驚かせやがって! ようこそ、辺境伯領の首都『グラタブルク』へ!」 

 

「……え? いま、『グラタン・ビッグ』って言いました……!?」

 

「……ご主人様。門番さんは『グラタブルク』としか言っていませんわよ。主人のその卑しい『食い意地』の悪さのせいで、歴史ある辺境伯の都の音が、一瞬にして『大盛りグラタン』にハッキングされてしまいましたわ。さあ、恥ずかしいので今すぐその原始的なヨダレを消去してください」

 

「ヨダレじゃねえよ! 朝からまともな主食を食ってないから、脳が勝手に美味そうな音に変換しただけだよ!!」

 

 僕たちのギャーギャーとした言い合いを見て、厳つい門番さんは「ハハ! 仲のいい客人たちだ。その芋はありがたく今夜の酒のつまみにさせてもらうよ。ほら、通りな!」と、めちゃくちゃ良い笑顔で僕の背中を叩いて通してくれたのだった。

 

 話してみたら、普通にめちゃくちゃいい人だった。


「そういや、衣食住は、学園が保証してくれるんだよな?」

 

「ああ、寮に泊まればその辺は考えなくてもいいらしいぜ!」

 

「めちゃくちゃいいな!辺境伯はふとっぱらだな!」

 

「……ハァ。ご主人様、脳内の『おめでたいシステム』を今すぐ再起動してください。私の演算によれば、辺境伯という上位個体が、一文無しの住民に無償で衣食住を提供するメリットなど皆無ですわ。慈善事業ではなく、将来の『有能な労働力』および『兵力』の先行投資、つまり【青田買いの強制】です。無料で教育してやったという莫大な『恩』を若者の脳に書き込むことで、卒業後は辺境伯領から一生抜け出せない奴隷(終身雇用)として固定する仕様なのですわ」

 

「言い方ァ!!! せっかくの都会の優しさを一瞬でブラック企業の雇用契約書みたいに翻訳すんなよ!!」


「でも、騎士になるの、憧れるよ!成績良ければ騎士になれるかもだって!楽しみ〜」


「そうだな!この鍛え上げた筋肉が辺境伯領でどこまでのものか、はやく試したいぜ」


「……いや、サムソンほどの筋肉が沢山いるのは考えたくないな……」


「その場合、ご主人様は卒業までいじめられることが確定しますわね」


「なんで僕がいじめられる前提なんだよ! 筋肉のディストピアに放り込むのをやめろ!」

 

 東門をくぐって少し歩くと、いかにも都会といった風情のお洒落なカフェが目に飛び込んできた。


 テラス席からは、スターター村では嗅いだこともないような、バターの香ばしい匂いが漂ってくる。

 

 僕がふらふらと匂いに釣られて歩いていた、その時だった。

 

「もう話を聞く価値もありませんわ!」

 

 カフェの扉が勢いよく開き、顔を真っ赤にしたお上品な令嬢が、もの凄い勢いで飛び出してきた。

 

「うおっ!?」

 

 避ける暇もなく、正面から衝突する。

 

 華奢な彼女の身体が、都会の硬い石畳に向かってよろめいた。僕は咄嗟に「おっと!」と手を伸ばし、ガシッとその細い身体を抱きとめた。

 

 腕の中に、信じられないくらい柔らかくて良い匂いのする感覚が広がった。

 

「な、何かしらこの不躾な……! 人の進路を妨害しないで頂戴!」

 

 令嬢はパッと僕から飛び退くと、手にした扇をバッと広げて顔を隠し、ツンと鋭い視線を向けてきた。泥付きのジャガイモが詰まったずだ袋を背負っている僕を、明らかに警戒している。

 

「あ、ごめんごめん。でも都会の石畳は硬いからさ。怪我はない? 大丈夫?」

 

 僕が心配して声をかけると、彼女は一瞬だけパチクリと目を丸くした。それから、何かを値踏みするように僕の顔をじっと見つめ、なぜかその白い頬をみるみるうちに朱色に染めていく。

 

 彼女はきまずそうにツンとそっぽを向くと、扇の隙間から蚊の鳴くような声で言った。

 

「……ぶつかったのは、わたくしの不注意ですわ。……でも、助けていただいたことには、その……感謝いたしますわ。ありがとう」

 

 強がってはいるけれど、隠しきれないお上品さと素直さで、彼女は小さく頭を下げてくれた。


 パタパタと小走りで去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、ラフェがポツリと呟いた。

 

「……すっごく綺麗な人だったね」

 

「……ああ、本当に」

 

 僕は大きく頷いた。


 口を開けば減点だの不審者だのと言ってくるどこぞの毒舌エルフとは大違いの、本物の可憐な天使が都会には実在したのだ。

 

「……ご主人様。いま、私のスキャンセンサーが、主人の脳内から『都会の美少女に対する身の程知らずな期待バグ』を検出しました。今すぐ初期化することをお勧めします」

 

 僕は重々しく頷いた。

 

「リア、よく聞きなさい。男という生き物は、ジャガイモを掘っている時以外は、常にこういう身の程知らずな期待だけで生きている生き物なんだよ」

 

「……ハァ。主人の動力源、やはり不燃ゴミレベルの妄想で稼働していたのですね。早く永久にシャットダウンしてください」


 と、言いながらも、歩き出すと僕の袖を掴んで離さない所が、リアらしい。

  

 スターター村の全裸地獄を乗り越え、僕たちはついに都会にやってきたのだ。

 

 これから始まる新しい学園生活。きっと、あの可愛い令嬢みたいな女の子との、甘酸っぱくて平穏な日々が僕を待っているに違いない。

 

 足取りも軽く、僕たちはきらびやかな都会の喧騒の中へと、足を踏み入れたのだった。

 

すいません、風邪をひいて一日遅れてしまいました。

基本、一日おきの更新です。

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