12話 僕とドラゴン。(2)
僕は鼻血も拭わずに、欲望に身を任せて広場へと突撃した。
「やあ、僕はユーキ! キミは? おいサムソン、紹介してくれよ!」
「おう、ユーキ! 早いな! この子はラフェってんだ」
サムソンが紹介してくれたツノ付きの赤髪美少女――ラフェちゃんは、僕の突然の乱入にも怯むことなく、眩しい笑顔で両手を振ってくれた。
「ラフェだよ! よろしくね、ユーキ!」
「よろしくラフェちゃん! いやぁ、異世界最高。トモダチ登録完了!」
うおお、無邪気で元気で最高にかわいい! ガチムチ全裸の男塾で擦り切れていた僕の精神が、今、劇的に回復していく!
僕らがわいわいと楽しく自己紹介を交わしている少し後ろでは、巨大な黒竜が、村長と何やら真面目な顔で交渉を行っていた。
見れば、黒竜の足元には、鈍く光る巨大な折れた牙や、頑丈そうな鱗が並べられている。
どうやら、愛娘であるラフェちゃんのために、人間の食べ物とこれらを物々交換しにやってきたらしい。
ファンタジーの災害指定個体のくせに、めちゃくちゃ家庭的なお父さんだな!
と、その時。
さっきまで僕の後ろで「不審者ですわ」とか言っていたリアが、不意に、すたすたと正面へ歩み出た。
「おいリア!? 待て、相手はドラゴンだぞ!」
僕の制止も聞こえていないみたいだ。人間だとおどおどして僕の後ろに隠れるクセに、相手が人外のモンスターなら平気らしい。
リアは黒竜の巨大な前足の前に立つと、平然とした声で問いかけた。
「……大きな身体ですね。単なる興味なのですが、やはり、その巨体を維持するための食料は……人間などを定期的に捕食しているのですか?」
『いや食べん!!! 食べんわ!!!』
黒竜が凄まじい大音量(焦り声)で即座に否定した。
『人間は味が薄くて腹に溜まらんわ! 普段は魔獣の肉を食うとる!』
と、見た目に反してめちゃくちゃ必死に弁明してくる。
「…普段は野獣を? では、その野獣が捕獲できない時には、人間を新鮮なうちに踊り食いしている、と?」
『だから食わんと言っとろうがー!!』
リアは納得がいかない様子で、広場に集まっている村人たちをじっと見つめ、それから深く頷いた。
「なるほど。つまり彼らは、現行のストレージ(倉庫)に余裕がない時のための『歩く非常食』という認識でよろしいですね」
「勝手にこの村をバイオハザードの備蓄基地にするなよ!!! 村長たちを消費期限付きの缶詰みたいにカウントするんじゃないよ!!!」
リアはふむ、と頷くと、今度は黒竜とラフェちゃんを交互に見比べた。
「それにしても、父親がそのように禍々しいトカゲの外見であるのに対し、娘さんが完全な人間体(美少女)なのはなぜでしょうか。整合性が取れていません」
『トカゲ言うな! ……ああ。それについては、私の亡くなった嫁が人間だったのだ』
「なるほど、異種族間のマッチングですか」
黒竜が少し寂しそうに遠い目をすると、リアはふむふむと言いながら、黒竜の巨体の「下半身」のあたりを、じろじろと、それはもう舐めるように観察し始めた。
「な、なんだ? その、エルフの嬢ちゃん……。私の身体に、何かついているか?」
さすがの黒竜も、エルフの少女からのあまりに熱烈な視線に戸惑い、巨大な巨体をモジモジさせ始める。
するとリアは、今日一番の真面目な、真剣な顔で言った。
「いえ。純粋な物理演算としての疑問なのですが。さすがにおかしくないですか? どう考えてもサイズが合いません。あ、サイズというのは、その、夜のログインの際の、オスとしての出力ポートの――」
「リア!? ストップ! ストーーーップ!!!」
何を言い出すんだこのエルフは!!!
僕はマッハの速度でリアの背後に回り込み、その不謹慎すぎる口を両手で全力で塞ぎにいった。
「なひほすつ……(何するんですか……)」
もがくリアをホールドしながら、僕は引きつった爆速の愛想笑いを浮かべ、唖然としている黒竜と村長に向かって激しく頭を下げた。
「あはははは! すみません! うちの相棒がちょっと熱暴走して、お下劣なシステムエラーを起こしまして! 気にしないでください! ハハハ!」
「……?」
きょとんとしているラフェちゃんを前に、僕はリアをズルズルと引きずって強制撤退させる。
ようやく手を離すと、リアは衣服の乱れをスマートに整えながらも、まだ納得がいかないといった様子でブツブツと呟いていた。
「……私はただ、生命の神秘(物理的な衝突判定)について考察していただけです。……それとも何ですか。あの巨体に似合わず、実はあちらのポートは、主人の小指並みの『極小サイズ』だということでしょうか」
「ドラゴンのプライドを粉々に砕くようなログを出力するな!! あと僕の小指を世界の基準にするんじゃないよ!!!」
「……とにかく、あのお父さんトカゲのことは、サイズ未登録のバグとして登録しておきます。それよりご主人様、村長さんがこちらを見ています。……ひっ、今、完全に目が合いましたわ。緊急シャットダウン(逃走)を要求します」
「逃げるな! さっきまでドラゴンにセクハラまがいのスキャンしてた奴が、なんで人間相手に戻った瞬間におどおどし出すんだよ!」
僕がリアの服の裾を掴んで引き留めていると、村長がハハハと笑いながら僕たちの肩にクソデカい手を置いた。
「ガハハ、相変わらず仲が良いな! ユーキ、ちょうど良いところへ来た。ラフェとサムソンのことで、お前さんにも伝えておくことがあってな」
「二人のこと、ですか?」
村長は大きく頷くと、楽しそうに話しているラフェちゃんとサムソンを指差した。
「おうよ。ラフェとサムソン、来月から二年間、街の『辺境伯の学園』に入ることになっててな。ラフェ、サムソン! こっちへ来い!」
「はーい!」
「おう、村長!」
ラフェちゃんは、それはもうキラキラした笑顔を浮かべていた。
「うん! 学園、すっごく楽しみ! 街のおいしいお菓子、いっぱいたべるんだー!」
「おいおい、勉強もしろよな。まぁ、俺もラフェと一緒に行けるのは嬉しいぜ!」
サムソンが豪快に笑いながら、丸太のような太い腕で自分の胸を叩く。
……が、僕はその会話の端々に混ざった、あまりにも聞き捨てならない「単語」に、脳の処理速度が完全に追いつかなくなっていた。
「……ちょっと待って。サムソン。お前、来月からいなくなるのか?」
「ん? ああ、そうだけど」
「いやいや、学園って……お前、そんなガチムチの肉体で、一体何歳なんだよ!?」
サムソンはきょとんとして、自分の太い二の腕を見つめた。
「何歳って……俺もラフェも、今年で十六だぞ? 学園に入る歳だろ。ユーキは見たところ、まだ十三か十四くらいだな! 学園に入るのは、まだ数年先の話だろ?」
(……じゅう、ろく……?)
十六歳。日本の感覚で言えば、高校一年生。ピチピチのティーンエイジャー。
僕は目の前の、浅黒くテカり、どう見ても修羅の国を三つほど滅ぼしてきたような仕上がりの大胸筋を見つめた。
いやサムソン十六なの!? そのガチムチで!? 完全に三十路の貫禄だろ!!!
「いや……僕も、今年で十六だけど!?」
僕が全力で自分の年齢を口に出した瞬間、広場にいた全員の動きがピタリと止まった。
「「「「えっ」」」」
サムソン、ラフェちゃん、村長、そして後ろにいた黒竜(トカゲお父さん)まで、全員が驚愕の表情で僕を凝視した。
「な、なんだと……!? お前、十六なのか!?」
村長が、まるであり得ないものを見たかのように頭を抱える。
「ば、馬鹿な……。これから数年間、我が村の最高機密である『芋掘り職人』として、みっちり泥まみれに調教する長期ロードマップが……一瞬で終了した……」
「どんな絶望の仕方だよ!!」
一方で、サムソンとラフェちゃんは、パァァァと顔を輝かせて僕の手を握りしめた。
「マジかよユーキ! 同い年じゃねえか! じゃあお前も来月から一緒に学園だな!」
「わーい! ユーキも一緒だ! 学園でトモダチいっぱい作ろうね!」
「えっ、僕も行っていいの!? 泥と同化する人生からログアウトしていいの!?」
突然の学園編のポップアップに僕のテンションが急上昇する中、サムソンがふと、僕の後ろで気配を消そうとしているエルフに目を向けた。
「あ、でもリアは? エルフだし歳が全然わからないな。お前は何歳なんだ?」
急に話題を振られたリアは、ピクリと長い耳を震わせると、明後日の方角の空を見つめ、数秒間の深刻な沈黙を挟んでから、ボソッと呟いた。
「……十六ですわ」
「いや、いま絶対言い淀んだだろ!!! 目が泳ぎまくって完全にシステムエラー起こしてたじゃん! 絶対に十六じゃないでしょ! 」
僕がすかさずツッコミを入れると、リアは顔を真っ赤にして、持っていたクワを僕の足元に突き立てた。
「うるさいです、不燃ゴミ! 大体、うら若き乙女に対して年齢のログを要求するなんて、深刻なプライバシー侵害であり、セクハラですわ! 訴訟の準備を始めますよ!?」
「いやそれ聞いたの僕じゃないよね!? サムソンだよね!? なんで僕にだけ百パーセントの毒を吐くの!? 嫌悪感の出力先を間違えないで!?」
「ガハハハ! いいじゃねえか、全員同い年(?)だな!」
村長の豪快な笑い声と共に、四十人以上の村人たちが「じゃあ来月は全員まとめて送り出さないとな!」
と騒ぎ出す。
ガチムチ男たちの裸踊りに絶望し、泥まみれの農家として一生を終えるかと思われた僕の異世界ライフ。
だけど、どうやら来月から、待望の『学園編』とい
う名の大型アップデートが始まるらしい。
超楽しみ!!




