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11話 僕とドラゴン。(1)


「ヨサクはクワをふるー、ほっほっ、ヘイヘイほっほっ、ヘイヘイほっほっ」

 

 クワを振るうたびに、乾いた土が小気味よい音を立てる。

 

 夢の中でドラゴンにペイされた恐怖を振り払うように、僕は黙々と畑を耕していた。

 

 一方で、隣に立つ相棒のエルフはというと、クワを杖のように突いたまま、完全に意識がどこかへお出掛けしている目(死んだ魚のそれ)でぼーっとしていた。

 

「おい、リア。口だけじゃなくて手も動かせよ。またクワが一ミリも土に刺さってないぞ」

 

 僕がツッコミを入れると、リアはハッと我に返ったように目をぱちくりさせ、それから大袈裟に抗議した。

 

「失礼な。ご主人様。私は今、この大地の有機物含有量と、上空の気流に潜む不確定要素をマルチタスクで並列演算している最中なのです。あー、忙しい忙しい。メモリの消費量が限界突破して、今にも熱暴走しそうですわー。ほら、ほっ、ほっ」

 

「僕の歌で忙しさをアピールするな! あとただサボってるのを難しく言い換えただけだろ!」

 

「チッ、バレましたか。ですが主人のツッコミの角度が昨日より鈍いので減点2です」

 

「なんの点数だよ! もう皿はあきらめたよ!早く手を動かせ!」

 

 ギャーギャーと不毛な言い合いを繰り返していた、その時だった。

 

 さっきまで適当に口を動かしていたリアが、急にピタリと動きを止め、森の向こうの上空に視線を固定した。

 

「……ご主人様。ふざけている場合ではありません。何か、来ます」

 

「ははーん、そうやって真面目な顔をして僕の追撃を誤魔化そうなんて、その手には乗らな――」

 

 言いかけながら、僕もリアと同じ方向の空を見上げて――そのまま全身が固まった。

 

 青空の向こう。遥か遠くから、一つの黒い点がものすごい速度でこちらに向かって近づいてきていた。

 

 ぐんぐんと大きくなるそのシルエット。巨大な翼、長い首。

 

 まさか、あれは……。

 

「ド、ドラゴン……!? うそだろ、あれは夢じゃなかったのか!?」

 

 脳裏に、サムソンがハエ叩きのように「ペイッ」と弾き飛ばされたあの光景が鮮烈によみがえる。

 

 冷や汗が滝のように吹き出し、僕はパニックに陥った。

 

「いや、待てよ!? まだこれは夢の続きなのか!? 僕はまだあの埃っぽいベッドの上で二度寝のバグに囚われているのか!?」

 

 混乱した僕は、隣にいるリアの肩を激しく揺さぶった。

 

「リア! ちょっと僕のほっぺたつねって! はやく! 夢かどうかデバッグして! はやく!!」

 

 リアは僕の顔をじっと見つめると、深く、重々しく頷いた。

 

「了解しました。システムチェックを開始します」

 

 リアが綺麗に右拳を引いた。

 

「セイ!」

 

 ぼぐほぁっっ!!!

 

 強烈なストレートが僕の頬に直撃した。

 

 泥の地面にキリモミ回転しながら吹っ飛んだ僕は、口の中に広がる鉄の味を感じながら絶叫した。

 

「ぐーで顔面殴れって言ってないよねえええ!? ほっぺたを! 指先で! つねれと言ったんだよ!」

 

「はっ!? す、すみませんご主人様。あまりにも自然な流れで『ほっぺたをつねる』という濃厚なセクハラ行為を要求されたため、防衛プログラムが過剰に作動してしまいました。完全に不可抗力です」

 

「それってセクハラかなぁ!? 夢か確かめるための合法的な手順だよ!」

 

 リアはさらに深く、重々しく頷いた。

 

「……セクハラではないかもしれません。が、純粋に主人への嫌悪感が深刻なエラーを起こしまして」

 

「もっとひどくないそれ!? 精神的な一撃が肉体を超えてきたんだけど!?」

 

 僕が鼻血を押さえている間にも、現実リアルの物理法則は無慈悲に進む。

 

 突風が畑の土を巻き上げ、凄まじい風圧と共に、漆黒の巨大なドラゴンがバサバサと翼を羽ばたかせながら、村の広場へと着地した。

 

「ひ、本当に来ちゃったよ……! どうするんだよリア! ほら、あれだ! さっきのやつ! カメ◯メ波だ! はやく構えて『かーめー』って!」

 

 僕が必死に叫ぶと、リアはゴミ個体を見るような冷めきった目で僕を睨みつけた。

 

「……ご主人様。正気ですか。そんな他社のライセンスを踏みにじるような暴挙、私の高貴なエルフの倫理観が許しません。それに、もしそんなデータを出力した瞬間、大人の事情でこの世界(作品)ごと一発でサーバーBAN(打ち切り)を食らいますわよ。二度と口にしないでください」

 

「夢の中ではノリノリでやろうとしてたのに!!」

 

 そんなやり取りをしていると、村のあちこちから「おい! 来たぞ!」「急げ!」と、村人たちがわらわらと武器も持たずに広場へと集まっていくのが見えた。

 

 僕とリアはクワを持ったまま、完全にへっぴり腰の及び腰で、遠巻きにその様子を伺う。

 

 ……しかし、何かがおかしい。

 

 さっきの夢のような阿鼻叫喚の悲鳴は一切聞こえない。それどころか、あの恐るべき黒いドラゴンは、借りてきた猫のように大人しく頭を下げて、村長と何やら親しげに話をしていた。

 

 すると、ドラゴンの首の後ろから、一人の人影がひらりと地面に飛び降りた。

 

「……あ、あれって、人間?」

 

 その小柄な人影はドラゴンから降りるなり、ドラゴンの近くに来たサムソンと、めちゃくちゃ楽しそうにお喋りを始めた。

 

 僕は目を細めて、全神経を視覚センサーに集中させる。

 

 見えた!

 

 小柄な女の子のシルエット。そして、その頭には……小さな、しかし確実に異彩を放つ「ツノ」が生えていた。

 

「頭に……ツノ! あれは……まさか、ドラゴン娘……!?」

 

 ドクン、と僕の心臓が跳ね上がる。

 

「モンスター娘キターーーー!!!!」

 

 うおおおおお!!!

 

 これだよ! これこそが僕の求めていた異世界ファンタジーの王道ステージ! ガチムチ全裸の男塾じゃなくて、こういう可愛いモンスターの女の子との出会いを待っていたんだ!

 

 ガッツポーズをキメてテンションが爆上がりしている僕の隣で、リアは深いため息をつきながら、哀れみの目を向けてきた。

 

「……ご主人様。現在、視覚センサーから『不純なログイン欲求』が最高値でオーバーフローしていますわよ。顔が引きつってて、最高にキショ……いえ、不審者そのものです」

 

「キショって言いかけたな!? いいんだよ、男のロマンだろ!」

 

 広場を遠くから見つめていると、そのドラゴン娘とサムソンが笑いながら何かを話し、不意に、こちらをビシッと指差した。

 

「あっ! 見てリア、こっち向いた! 絶対に僕たちのこと話してるよ!」

 

「主人の原始的な鼻息が、あちらの聴覚センサーに引っかかっただけでは?」

 

「違うって! サムソン、きっと僕の素晴らしい活躍(主にネズミから逃げ回っただけ)を話して、好印象を植え付けてくれてるに違いない!」

 

「ご主人様。サムソンさんのメモリは『脱衣』と『ソイヤ』のデータで九割九分が埋まっている仕様です。主人のマヌケな逃走ログなど、とっくにゴミ箱へパージ(消去)されていますわ」

 

「あのガチムチ、僕のデータ全消去してんのかよ!?」

 

 夢にまで見た美少女(ツノ付き)とのイベント発生の予感に、僕はもうじっとしていられなかった。

 

「よし、挨拶に行ってくる! 異世界のトモダチ作りのスタートだ!」

 

「……はぁ。仕方がありませんね」

 

 僕はクワを放り出し、輝かしい異世界ライフの幕開けを信じて広場へと駆け出した。リアは「本当に、欲望の処理速度だけは光の回線並みですね……」と呆れ果てた声を出しながらも、いつものように僕の後ろをトボトボとついてくるのだった。


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